5、膨大なチリツモのヤマ
従前生制度、いわゆる”前世”システムが私たちの町あがす市で採用されてからちょうど20年目の10月に侃は生まれました。
彼自身は自分の誕生日を誕生日だとあまり認めていないようですが、とにかく生まれました。少なくとも記録にはそうあります。
その頃にはすでに従前生システムはウォッチャーズネットワークと社会信用評定制度を前世の生成に組み込んでいたということなので、侃は――そして私もですが――生まれてからずっと、あがす市のデータベースの中でその行動を記録され、解析され、分類され、過ごしてきたことになります。
そんな風に役所のどこかに積み上げられた膨大なデータの中から、私たちの前世は生まれます。
市民全員分のささやかな、かつ凄まじい量の記録。
週に何度喫茶店を訪れるかだとか、
道の右端を歩くか左端を歩くかとか、
行列は好まないとか、レジ袋をもらうかもらわないかとか、
無人の交差点でも歩行者信号を守るかどうかとか、
入院の経験はあるか、食生活はきちんとしているか、過激な思想に染まっていないか染まっていたとしてもちゃんと社会生活を営んでいるか太っているか痩せているか遺伝子の配列は綺麗なものか綺麗でないとしたらどんな特徴があるか親や兄弟はどういう人間かどういう関係か……。
それらの膨大なチリツモのヤマ(と、私の妻は言います)の結実として16歳の秋に侃のもとに届けられた前世は、1930年頃に生まれたオレゴン州(という州がかつてアメリカの内にあったそうです)の運送屋でした。
ちなみに私の前世は日本の、明治時代の、落語家でした。
当然ですが当世流行のリバイバルAIではなく生身の落語家です。
侃よりも2年先にその通知を受け取った時、少女の私は笑いました。
小噺の一つでも覚えようかねえ、と侃に肩をすくめて見せました。
私より2年遅れてその通知を受け取った時、少年の侃は無表情でした。
私が何を話しかけても、無表情のままでした。
教室の隅で、椅子をきしきし揺らし揺らし、無表情のままじっと、その朝届いたばかりの今となっては珍しい再生プラスチック製のハガキを指で弾き続けていました。
そしてその数時間後、彼の8年にわたるルーティンワークの記念すべき第一回目、初めての問い合わせは始まるのでした。
「――僕の前世……ええ従前生のことなんですが」
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