第4話 四日目
人はきっと弱いところを隠したがるのだと思う。母も父も僕が見ないとわかってよく泣いて、自分を責めている。
面と向かって言えばいいのにと思う。そう考えてしまう僕はまだ大人たちが言う子供なのだと思う。
父がニートになったのは、母がキャバクラで働いていると知ったときだと思う。僕は知っていて、父は知らなかった。自分だけが知らされていなかった。父は精神が弱かったらしい。全部全部、自分の思い通りに頭で変換してしまったらしい。だから、会社も行けなくなって、ニートになってしまった。
母はそんな父を咎めなかった。そして、母はキャバクラからバーに働き場所を変えた。一度、やめてしまった仕事をもう一回やろうとしても、自然とできなくなるものである。他の会社で、働き始めてもすぐにやめてしまった。
母は父の分のお金をバーで全て集められるわけではなかった。そのため、スーパーでパートを始めた。
母と父はあれから喧嘩しなくなった。というより、別々の場所で愚痴を零すようになったという方が正しい。
皆、バカだなと思う。言いたいことはちゃんと言えばいいのに……と。
なんだかんだ、また来てしまった。あの後、彼女は「ありがとね」と言って瞼を少し腫らせて帰ってしまった。僕も彼女があのアパートの中に入った後、家に帰った。やはり、話し相手が居ないとつまらないものだなと思った。
「昨日はごめんね」
今日は酒飲んでなかったし、煙草も吸ってなかった。
「あ、いえ。別に。よくあることだし」
「そっか。君の中ではよくあることなんだ」
母が酒を飲みすぎて、吐きそうになった時は背中を擦っている。それに、愚痴とかもよく聞くし、そんな気にしていなかった。
「座って」
小さい、でも優しい声だった。
僕は言われた通りに座る。
「なんかね……なんか、君の方が辛い経験をしているはずなのにさ、私ばっかり弱いところ見せてばっかだ……」
多分、僕はそういう良し悪しが分かる前にそんな状況になっていたからだと思う。物心ついた時には母と父はもうああなってたし、それを理解するまでに時間はかからなかった。
他の子は授業参観に母か父のどちらかが居るのにも関わらず、僕には誰も居なかった。父は家でずっと酔っていて、そんな話を出来るはずもなく、母はお金を稼ぐのに必死で子供ながらに空気を読んでいた。
「なんで、お母さん居ないの?」
一年生の時、純粋な隣の女子にそう聞かれた。その女子の母親はなにか事情があるのよと言っていたが、子供はそれで納得しない。自分が納得するまで同じ言葉を繰り返すのだ。
「忙しいから来れないんだ」
「ふーん。そうなんだ。あたしのママは忙しくても来てくれたよ!」
女子は母親に視線を移したが、母親は気まずそうな顔で僕のことを見ていた。
それをふと思い出した
「僕にとってはそれが普通でしたから」
「……そっか」
少しの間の後、彼女は吹っ切れたかのようにその言葉を言った。
「会社、もうやめようかなって」
彼女は少しの間の後、続けた。
「セクハラ、気持ち悪くて……会社に行こうと起きる度に嫌になるの。全部ぜんぶ終わらせたいなってベランダに立って、でも……勇気が出なくて、結局会社に行くの。辛くて、辛くて、誰にも打ち明けられなくて……そんな時、君に会ったの。君は優しくて、話聞いてくれて、嬉しくて……」
「辛い時は辛いって言ったほうがいいですよ。我慢してた方が後々辛くなるんで」
彼女は今度は顔を隠さず、涙を拭いて「……うん」と返事をする。
「あと、なんでもかんでも酒で流そうとしない」
「うん」
「それと……僕、あなたのこと好きかもしれない」
「はあ!?」
こんな雰囲気で言えば「うん」と言ってくれると思った。僕は言った後に恥ずかしくなって「やっぱ、嘘です」と言ってしまった。
「君……ここで言えばおーけーもらえると思ったんでしょ」
「……」
図星で何も言えない。
「でもさー。君、高校生じゃん。私、成人してるんだけど。ちなみに十八歳超えてる?」
「……十七……です」
「あと、一年おあずけだねえ」
「……そしたら、少しは考えてくれますか?」
すると、彼女は少し顔を赤くして「まあ」と一言言う。
「なんだか、別にいいよって言うと思いました……あ、飲んでないからか」
「飲んでても流石におーけーしないって」
「本当ですか?」
「……多分」
「ほら」
この人をからかうのは本当に楽しい。
「少年。なんだか、私をからかうのに慣れてきてない?」
「そりゃあ、あなたがからかいやすいから」
その後は小さなことで笑ったり、彼女の高校生活がどんなだったとか、そんな他の人にとってはつまらないことで笑っていた。
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