第14話 告白
電車が混み始める前に家を出た。智行くんからもらった手袋は持ってきたが、今は拓海と手を繋いでいるので手袋はしていない。拓海の手は温かい。
「義弥も初日の出、一緒に見るってさ」
「ほんと? 彼女さんは大丈夫なんだ」
「今の彼女は地方の子だから年末年始は実家に帰るんだって。そのかわりこの連休から彼女と温泉にお泊まりだとさ」
「へえ。さすがだなあ」
「来年のクリスマスはオレたちも温泉行く? なーんてな。母さんが付いてきそうだ」
「うちのお母さんも来たりして」
「いろいろ予定は考えておかないとなー」
「何の?」
拓海が私を見る。
「自分でも意地悪だって思うけど、やっぱりこれは譲れない」
「何が?」
ホームに電車が入ってくる。その風で少しよろめいた私を拓海は抱きとめた。
「今度の花音の誕生日も、一緒に過ごすのはオレだよ」
「? うん。急にどうしたの? 意地悪ってなに?」
「やっぱり気づいてないんだ」
電車に乗り込み、空いている席に並んで座った。
「トモは花音と一緒に居たいんだよ。でも二人で過ごすことが出来ないからみんなで行こうって言ったんだ」
「え、そうなのかな」
「きっとそう。あいつの考えることは分かる」
「あ……あのとき言ってた先手って、このこと?」
拓海は頷いた。
「トモに譲ってあげたい気持ちもあるけど、やっぱ無理」
「拓海は……私に彼氏が出来たら嫌でしょ」
「嫌だな。唯一トモなら許せるんだけど、でもやっぱモヤモヤするし、気持ちは複雑。トモが少しずつ花音に近づこうとしてるのが分かるからさ。いっそ花音が付き合うって決めてくれた方が楽な気もするし、そうなったらなったで落ち込む気もする。オレもうじうじ悩んでるんだよ」
「──ごく普通のイトコになれたら楽なのにね」
「そうだな……」
そんなことは無理なのは分かっている。私たちは普通のイトコの関係にはなれない。あまりにも小さな頃から一緒に居る時間が長すぎた。
だからと言って、周りに自分たちの気持ちを認めてもらえるほどの覚悟も勇気もない。うじうじ悩むだけだ。
*
新しい年が来て、定期試験も無事に終わり、春休みに入った。四月になれば二年生。拓海や智行くんの学生生活は今年で終わる。
就職活動もあるので忙しくなるだろう。四年間学生生活のある私や義弥くんとは時間の流れが違うとしみじみ思う。
お正月は四人で初日の出を見た。辻堂海岸には地元の人が集まっていて、水平線の向こうがオレンジ色に染まり、今年初の太陽が現れたときは歓声が上がった。
波の音を聞き、神々しさを感じる眩しい太陽を見ながら、今年一年の平穏を願った。
智行くんにはクリスマスプレゼントのお返しを用意していた。拓海に教えてもらった智行くんが好きなメーカーのクッキーだ。
渡すタイミングを考えていると、拓海が気を利かせて義弥くんを連れて海岸沿いを先に歩き始めてくれた。智行くんに近づき、
「これ、クリスマスプレゼントのお礼なの。クッキーなんだけど受け取って」と、鞄から袋を出して渡した。
智行くんは驚いた顔をしたが、ニッコリ笑って受け取ってくれた。
「別に良かったのに。でもありがとう」
袋のロゴに気づいた智行くんは、
「オレの好きなお菓子、拓海に聞いたの?」と尋ねてきた。
「智行くんの好きなもの分からなくて。拓海に聞いちゃった」
「そっか。ありがとう」
前を歩く拓海の背中をチラリと見た智行くんは、私の手に視線を移した。水色の手袋を見ていることに気づいたので、
「この手袋、とっても暖かいよ」と言うと「良かった」と言って小さく微笑んだ。
*
試験後の春休み。三月上旬までは長野の実家で過ごした。東京に戻るとき母も便乗して遊びに来て、伯母とあちこち出掛けていた。
私はバイトもしていたので自分のアパートに居たが、母は伯母の家に泊まっている。
拓海も春休み中だが、課題がいろいろ出されているので学校で作業する日も多いようだ。帰りに私の家に寄って、一緒に夕御飯を食べることも度々あった。
「母さんも
「ほんっとゴメン。お母さんにちゃんと言っておくから」
「いいんだけどね。ここで過ごす口実になるから」
そう言うと拓海はゴロンと寝転がり、私を見上げて微笑む。夜遅くまで家に居ることはあるが、泊まらず帰っていくので部屋に置いている着替えを使うことはない。拓海の着替えは衣装ケースに入ったまま眠りについていた。
私の誕生日当日は、伯母の家で祝ってもらった。母も一緒に過ごし、その翌日長野に帰っていった。
拓海からの誕生プレゼントは口紅。さすがに二年連続でアクセサリーだと、二人の親が怪しむかもしれないと思ったからと言って笑っていた。
それでも口紅はちょっと意味深だ。使うたび拓海を思い出してしまう。私を見つめる拓海の顔を思い出してしまう。
智行くんも拓海同様忙しい毎日を送っているようだが、家業を継ぐ智行くんは就職活動は必要ない。そのぶん拓海よりは少し時間はあるようだ。
たまに一緒に食事をし、面白かった本を教え合う交流は変わらず続いていた。
磯貝さんはこの春卒業し、サークル内も平和だ。智行くんに彼氏役をお願いするような出来事はもう無さそうだと安堵した。
梅雨が明け、夏本番の日差しを肌に感じる頃、智行くんから本を借りたいから家に行っても良いかとメールが来た。
今までも何度か家に来たことはあったので、深く考えずOKの返事をだした。
日曜日の昼下がり。智行くんが手土産を持ってやってきた。
「あ、これトモくんが好きなクッキーだね。いまコーヒー淹れるね」
キッチンに立ってお湯を沸かす。智行くんは本棚の前に居るが真剣に本を見ているわけではなさそうに感じた。
コーヒーをテーブルに置き、智行くんを見ると、少し思い詰めた表情だ。
「どうしたの?」
私が聞くと、あのさ、と智行くんが切り出した。
「拓海がいつもしてるネックレス、花音ちゃんが贈ったの?」
「え」
まさかそんな話だとは思わず、私は言葉に詰まった。
「学食でオレの友達がたまたま拓海の斜め前に座っていたんだって。拓海は同じ学部のヤツらと飯食ってて、その会話が聞こえたんだってさ」
──拓海のネックレス、裏に何か文字があるよな。なんて書いてるんだ?
──ああ、FROM KANON って刻印してもらったんだ
──それっておまえがよく言ってる子の名前?
──そう。その名前
──なんだ、拓海が一方的に好きなんだと思ってたけど、刻印入りのネックレス贈ってくれるような関係なんじゃん
「それを聞いた友達は花音ちゃんとも何度か会ってるヤツ。だからその名前を聞いてオレに教えてくれたんだ。例の子と同じ名前だから気になったってね。花音ちゃんがあげたの?」
「うん──去年の拓海の誕生日に。ずっとネックレスが欲しかったんだって。刻印もお店で勧められたからしただけで、別に深い意味はないよ」
私は努めて普通のことのように返事をした。
「もしかして、花音ちゃんがいつもしてるそれは拓海から?」
私は無意識にアクアマリンに触れた。智行くんが溜息をつく。
「花音ちゃんにとって拓海はどんな存在?」
「──」
「拓海が花音ちゃんをどう思っているのかは分かってる。花音ちゃんは?」
なんて答えればいいのだろう。いろいろな言葉が、感情が、大暴れで頭の中を走り回る。その中から必死に返事の言葉を探す。掴み出した言葉は──
「イトコだよ」
そうとしか言えないではないか。
「そのイトコに恋愛感情は持っているの?」
まっすぐ見つめてくる真摯な目。その瞳に嘘はつけない。でも──
「──持っちゃいけないって思ってる」
精一杯の抗い。拓海が一番だってことは自分でも分かっている。
でも恋愛に発展させてはいけないということも分かっている。
智行くんが見つめてくるその目が苦しくてうつむいてしまった。
「オレはずっと友達のままかな」
「……まだ分からない。この先もしも付き合う人が……ってなったときは、トモくんなんだろうなって、そんな気はする。トモくんはいつも優しくて話も合うし……でもまだ──」
「そっか」
「ごめんなさい」
「本当はこれ聞いちゃったら、もう会えなくなるかもしれないって思ったけど、でも確認したかった」
「──」
「サークルの人の前では、オレはまだ彼氏ってことになってるの?」
「え? あ、うん。周りの人はそう思ってる」
「でも実際はクリスマスも誕生日も、一緒に居るのは拓海なんだよな」
「──二人きりではないけど……伯母さまの家だし……」
「どうすれば花音ちゃんを連れ出せるんだろう」
何も答えられない私を智行くんが見つめる。心臓の鼓動が激しくて苦しい。
智行くんの腕が伸び、私を包み込んだ。拓海以外の人に抱きしめられ体が驚き戸惑う。
「好きだ」
耳元で智行くんの声が響く。切なくて目を閉じた。胸が震える。
その言葉は口に出せない言葉。たった三文字のそれは、拓海の口からは絶対に聞くことはない言葉。
「いつか花音ちゃんがオレを選んでくれるのを待っていたい」
「──ありがとう。ごめんね」
涙声になりそうなのを必死に隠して、それだけ言えた。
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