第15話 心に居る人は
数日後、拓海が家に来た。きっと智行くんは拓海に言うだろうと思っていたので
「トモから告られたんだってな」という拓海の言葉も冷静に聞けた。
「ちゃんとした返事は出来なかったけどね」
「いっそ付き合っちゃえば良かったのに。トモのことだからずっと待つと思うぞ」
少し投げやりな口調にムッとした。そんなに簡単に決められたらどれだけ楽だろう。
「そうだよね。あまり待たせたら悪いよね」
少し私の口調も荒くなってしまった。気まずくて拓海から視線を逸らし、出していた麦茶を飲んだ。
「──そのうち返事して付き合うつもりなんだ」
「今のままじゃいけないとは思ってるもん。私、今年は拓海の誕生プレゼント用意してないよ。智行くんがきっと嫌がる」
「そのネックレス付けたままトモと付き合うんだ」
「これは……」
答えられない。
このネックレスはもう私の一部なのだ。小さい頃から一緒に居た拓海から贈られた私の一部。高校を卒業したら拓海の傍でまた暮らすんだと心に決めて過ごしてきた日々がふと脳裏をよぎる。
「どうすればいいのよ」
そんな言葉が出た。
「どうすれば──拓海と仲良く過ごせて、智行くんを傷つけないで済むの」
拓海がそっと私の肩を抱く。
「花音にとって今、一緒に居て安心できる居心地の良い人は誰?」
「そんなの……そんなの決まってるじゃない」
拓海が抱きしめてきて、私も拓海に抱きついた。変わるわけがない。そうだ、変わるわけがないのだ。この腕のぬくもり。此処が一番居心地がいいと、心が、体が知っている。
「オレもそろそろ限界かな」
拓海はぎゅーっと強く私を抱きしめて言った。
「まずは就活に集中する。そのあと、いろいろ考えよう」
*
秋が深まり、そろそろクリスマスシーズン到来という頃、拓海は内定をもらえた。川崎に本社がある電設関係の会社とのことだ。
内定通知書を受け取った週末、拓海の内定祝いをすると伯母から連絡をもらったので私も参加した。伯父も伯母も嬉しそうでいつもに増して饒舌だ。
拓海は既に二十歳なのでビールを飲んでいる。私はまだ十九歳だが、あと三ヶ月もすれば二十歳だし、拓海と同じ学年だから少しならいいだろうと伯父が勧めてきたビールを一口だけいただいた。
まだビールはほろ苦く感じて美味しさが分からなかった。
その夜、二階の伯母の仕事部屋に布団を敷いていると拓海が顔を出した。
「どうしたの?」
「久しぶりに花音の顔をまじまじ見たなーって思って」
「ずっと就活頑張っていたもんね。決まって良かった。おめでとう」
「会社も花音の家からそんなに離れてないし。会おうと思えば仕事帰りに寄れる」
拓海がイタズラっ子のような笑顔で言ったので、私も微笑んだ。
「自宅通勤するんだね」
「今のところそのつもりだけど、仕事内容によっては一人暮らしも考えると思う。あまりに残業が多ければ通いも辛くなるだろうから」
「そうだよね」
「一緒に住む?」
「なに言ってんの」
私が笑って言うと、拓海は私を優しく抱きしめてきた。
「わりと真面目に言ったんだけど」
「無理に決まってるでしょ、そんなこと。ビールで酔っ払ってるね」
「酔っ払ってるかな」
「思いっきり酔ってるよ。はい、酔っ払いさんは退場願います」
私が拓海の背中を押してドアまで連れて行くと、拓海は素直に出て行った。
自分の部屋に戻るとき、拓海は振り返って私を見た。その顔はどこか自信に満ちているように感じた。
『就活に集中する。そのあと、いろいろ考えよう』と拓海は言った。あの日の言葉を私は忘れていない。拓海は一歩進もうとしているのだろうか。
私はあれから智行くんとも少し距離を置いていた。友達としてなら会えるだろうけど、智行くんの気持ちをハッキリと聞いてしまったから──中途半端な交流は残酷かもしれないと思ったからだ。
かといって、智行くんの申し出を断るということは、拓海を選ぶということになる。イトコの拓海と恋人になることはない。
私の中では拓海が傍にいるなら別に恋人じゃなくても良いと思っているが、そういう気持ちを上手に智行くんに伝えられる自信がなかった。
大学二年の後期試験勉強、来年からのゼミの情報収集などもあって、私もけっこう忙しい年末年始を過ごしていた。それを理由に考えることをやめていたのは事実だ。
試験後は長野の実家に帰り、三月になって東京に戻ってきた。
拓海は三月十日に専門学校を卒業した。翌日の金曜日、バイトが終わったら私は伯母の家に行って拓海の卒業を祝おうと思っていた。卒業式があった日の夜、拓海から電話が掛かってきた。
「明日、学生課に書類をもらいに行くから、昼過ぎに学校に行くんだ。そのあと花音のところに寄るから一緒に家に帰ろう」
「うん、分かった。バイトは四時までなんだけど平気? 待たせることになっちゃうかな」
「平気。学校で時間つぶせるから」
「了解。たぶん駅に着くのが四時二十分くらいかな。着いたら電話するね」
「オッケー。じゃあ明日な」
「うん。卒業おめでとう」
「ありがとう。来月から社会人だよ。花音にいろいろ話すことがあるよ」
「ん。明日ね」
その日までは本当に、ごく普通の日常だった。
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