第13話 水色の手袋
十二月に入ると紅葉していた木々の葉が落ち、一気に冬が訪れた。木々の枝はまとうものがなくなり寂しくなったが、街はクリスマス一色で華やいでいる。
その日は智行くんと一緒に夕御飯を食べることになっていた。拓海にも声を掛けようと思ったが、いつものガパオライスではなく、ちょっと小洒落たイタリアンのお店を指定してきたので二人で会うことにした。
店内は明るく開放的で、多くのカップルが食事を楽しんでいる。私たちはまず本の貸し借りをしてから食事を楽しんだ。パスタは具材がとても新鮮で彩りも良く、本当に美味しかった。
食後はコーヒーを飲みながら講義で聞きかじった話をしたり、気になる新刊の話をしたり、気づけばまもなく九時になろうとしていた。
「あ、そろそろ帰らないと、トモくん遅くなっちゃうよ」
「ほんとだ。もうこんな時間か」
「楽しかったね。お腹もいっぱい」
「花音ちゃん、クリスマスは予定入ってるの?」
「クリスマス?」
智行くんからそんな言葉が出てきたので驚いた。
「予定っていうか──伯母さまのところに行くよ。冬休みはそっちで過ごすんだ。クリスマスは伯母さまがご馳走作るから──」
「やっぱりそうか」
智行くんは小さく微笑むと、鞄から赤いラッピングの箱を出して私に差し出してきた。
「これは?」
「クリスマスプレゼント。ちょっと早いけど……当日はきっと拓海の家なんだろうなって思ってたから」
「──ありがとう。ごめん、私、なにも用意してない」
「気にしないで。オレが一方的に贈るだけだから」
「ありがとう。開けてみていい?」
智行くんが頷いたのでリボンを解き、包装紙を開く。薄い箱の蓋をあけると綺麗な水色の手袋が入っていた。見ただけで高そうなものだと分かる。
「とっても素敵。こんな良いものを──ありがとう。すごく好きな色」
「花音ちゃんがいつもしてるネックレスの色に合わせてみた」
その言葉にチクっと胸が痛む。そっと触れた手袋はカシミヤ独特の柔らかさがあって、とても肌触りが良い。
「ホントにありがとう。大事に使うね」
智行くんは少し照れた笑顔を見せてくれた。
「冬休み、拓海のところに居るなら、みんなで初詣でも行こうか」
「うん。そうしよう」
「初日の出もいいな」
「あ、それ見たい」
「拓海に予定聞いておいて。さ、帰ろうか」
ワリカンにすると言ったけど、智行くんは自分が出すといって会計を済ませてしまった。お礼を言って駅で別れる。帰路につきながら智行くんのことを考えた。
一緒に居て楽しいと思う。話も合うし気兼ねなく過ごせる。きっと彼氏になってもこんなふうに変わらずに過ごせるんだろうと思う。でも……拓海のことを思うと、どうしても踏み出せない。
──もし花音がトモを選んでも……オレもこのネックレスは外さないから
拓海はそう言った。私も拓海からもらったネックレスは外せない。イトコ以外の関係にはなれないのに、どうしても踏み出せない。その勇気がない。
もしも智行くんと付き合うことになって、拓海との距離が離れてしまったら……私はそれが怖いんだと思う。拓海や伯母たちの近くに居たくて長野から出てきた。この居心地の良い環境が変わるのも怖い。
それだけじゃなく、智行くんを選ばないことで、智行くんと拓海の仲が壊れてしまうのではないかと思うのも怖い。
だって……本当は……私は拓海が良いんだから。
手袋をもらったこと、言っておいたほうがいいよね。そう思って家に帰って拓海に電話をした。
「おぅ、花音。オレも連絡しようと思ってたんだ」
「ん? なんか用だった?」
「天皇誕生日の日、家に居る?」
「うん。夕方からそっちに行くつもりだよ。講義もないからその日から冬休み」
「そっか。午前中ちょっと学校に行くんだ。課題提出しなくちゃいけなくてさ。そのあと顔出すから、そしたら一緒に帰ろう」
「了解」
「で、そっちは? なに?」
「あ、今日ね、智行くんと一緒にゴハンを食べたの。そのときクリスマスプレゼントで手袋をもらったの」
「へえ」
「私、なにも用意してなくて、やっぱりお礼したほうがいいよね」
「んー、別にいいんじゃん?」
「そうなのかな」
「花音からのプレゼントは期待してないと思うけど。トモは贈りたかったから贈ったんだろ」
「そんな感じのことは言ってたけど……」
「ならいいだろ」
「そっか──じゃあ、いいかな」
「まあ気になるならクッキーみたいなお菓子でもあげれば? あいつじつは甘いもの好きだから」
「そうなんだ。そのくらいなら気兼ねなく渡せそう。あ、冬休み伯母さまのところに居るって話をしたら、初詣みんなで行こうって言っていたよ。初日の出も」
「ああ、いいな。海からの初日の出が見られたらラッキーだ」
「綺麗だろうなー」
「あいつ、先手を打ったな」
「ん?」
「なんでもない。じゃあ祝日、そっち行くから」
「うん分かった。おやすみ」
「おやすみ」
電話を切って首を捻る。先手ってなんだろう。
*
冬休みに入る前、サークルのコンパがあった。イトコと彼の話も出たが、そこまで引っ張ることなく話題は他に移っていったので安心した。
磯貝さんもとくに何も言ってこなかった。彼が居る女にいつまでも固執するタイプではないようだ。
天皇誕生日の祝日。部屋の掃除をして、伯母の家に行く荷物をまとめていると昼頃に拓海がやってきた。大きめのリュックを背負っている。
「課題、大きなものを提出したの?」
「いや、違うよ」
そう言うと拓海はリュックから洋服や下着を出して、にっこり笑う。
「じゃーん! オレの着替えー」
「え! ホントに置いておくつもりなの?」
「うん。これでいつでも花音の家に泊まれる。ほら、歯ブラシも持ってきた」
「泊めないよって言ったでしょ」
「これから学校ももっと忙しくなるしさ、通学時間がしんどいときもあるんだよね。大丈夫、ほんとに何かあったらの場合だからさ」
「うー、そしたらこっちの衣装ケースに入れておくから」
押入の衣装ケースにスペースを作って拓海の着替えを入れた。拓海の私物がある──それだけでなんだか緊張してしまう。
「トモがくれた手袋って、この水色の?」
拓海がチェストの上に置いてある手袋を見て言った。
「うん。それ」
「へー。素敵じゃん。花音に似合う色だし」
拓海の視線がネックレスにいっているのに気づいた。
「いつもしてるこの色に合わせたんだって」
「ふーん」
そう言いながら拓海は私の隣に腰を下ろすと、アクアマリンに触れた。
「これ、オレからのプレゼントだってトモは知ってるんだっけ」
「知らないと思うよ。私は言ってない」
拓海の指が首筋を這うように動き、びくっと体が震える。
「やめて」
拓海の手を掴んで首から離すと、拓海は逆に私の手首を掴み返して自分に引き寄せた。
「拓海、もうふざけないでよ」
「二人のときじゃないと出来ないだろ、こんなこと」
そう言いながら抱きしめてくる。
ダメだ──こうやって触れていると、やっぱり拓海が一番だと思ってしまう。
「たまに全部を壊したくなるよ。そしたら花音を──」
そこまで言って拓海は黙ってしまった。それからゆっくり私を離す。
「壊さないけどね」
「うん──」
「昼ご飯どうする?」
「冷蔵庫にあるもの食べちゃおうと思って。それでいい?」
「もちろん。なんか手伝おうか」
「大丈夫。適当にしてて」
のろのろと立ち上がって私はキッチンへ向かった。拓海はこたつに入るとリュックからサーフィンの雑誌を出して読み始めていた。
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