第12話 学園祭

 休日、バイト先の書店で本を並べていると智行くんが売り場に来たので驚いた。

「花音ちゃんの大学がある駅周辺、どんな雰囲気なのか見たくなってさ。今日はバイトだって言っていたから居るかなって思って。このあとは学校行って勉強するつもり」

「そうだったんだ。休みの日も勉強で大変だね」

「覚えることがたくさんだよ。あ、そうそう。拓海も学園祭行くって聞いた。詳しい日程が決まったら教えて」

「うん。そうするね」

「じゃあ、バイト頑張って」


 智行くんはそれだけ言うと歴史書のコーナーに向かい、平積みされている本を物色し始めた。それだけのことだけど、なんとなく積極的に見えた。

 拓海に言われた言葉が甦る。もしも智行くんが告白してきたら……私はどうすればいいんだろう。出来れば今のままでいたい。でもそれは許されることなのだろうか。



 学園祭の日はあっという間にやってきた。

 私の住む最寄り駅ホームで待ち合わせをして、それから三人で大学へ向かった。拓海も智行くんも普段のラフな格好とは違って、ジャケットを羽織り、少しだけ大人っぽい雰囲気だ。どんな格好をしていくか、二人で事前に相談していたらしい。


 キャンパス内は高校生と思われる子達もたくさん居て賑わっている。部やサークルが出している屋台もいろいろあったので、タコ焼きやホットドッグを食べながら歩き、軽音部のライブなどを観て楽しんだ。


 同じ学部の子たちもあちこちで見かけたので、拓海と智行くんを紹介する。このときは恥ずかしくてイトコの友達と正直に智行くんのことを紹介してしまった。

「それじゃダメなんじゃねえの?」と拓海が言う。

「今の子たちはサークルとは全く関係ないし……」

「トモもさぁ、もうちょっと堂々と花音の隣にいれば?」

「ああ、うん」

 智行くんも拓海に少し遠慮しているのが伝わってくる。

「花音も。何のためにトモが彼氏役買って出てくれたと思ってんだよ。今からその演劇部の楽屋に行っちゃおうぜ。さっさと終わらせちゃおう、こんなの」

 私たちを先に歩かせ、拓海は後ろを付いてくる。

 こんなの、か。智行くんが彼氏の役は今日限りだよというニュアンスにも聞こえた。


 楽屋のドアは開放されていて、中から多くの笑い声が聞こえる。顔を出すと先輩達は缶ビールを飲んでいた。もちろん演劇部の人たちも居るのでかなり賑やかだ。女の先輩が私に気づき

「あ、花音ちゃん、おいでおいでー」と手招きする。

「ちょっとだけ顔見せに来ました」

「あれ? その人たちは? お友達?」

 先輩が拓海たちに気づく。私が紹介しようとすると、拓海が一歩前に出た。


「初めまして。花音のイトコです。こいつはオレの友達で花音の彼氏です」

「えー! キミが噂のイトコくん? イケメンじゃん!」

「花音がお世話になってます。いつもコンパで話題にしてくださってありがとうございます」

 ちょっと嫌味な言い方だと思ったが、酔っている先輩たちは気にしてないようだ。

「キミは花音ちゃんの彼氏? 花音ちゃん彼が出来たの?」

 先輩たちが楽しそうに智行くんのことも見る。

「えっと、そうなんです。彼と付き合うことになりました」

 私がしどろもどろで言うと、智行くんが

「どうも」と、皆に頭を下げた。

「こんなイケメン二人にいつも囲まれてるなんて花音ちゃん贅沢ぅ。あ、キミたちもどう? 何か飲む?」

「いえ、結構です」と智行くん。

「クールなのね」「どっちから告白したの?」「イトコくんは彼女居るの?」と、先輩達は楽しそうだ。いつこの場を離れようか、そんなことを思っていると、背後から

「花音ちゃん、彼を連れてきたんだ」と声が聞こえた。磯貝さんだ。

 振り返ると楽しそうな顔をした磯貝さんが私を見下ろしている。

「はい。彼とイトコです」

「ほんの少し前までフリーだったよね。付き合ったばかりなんだ」


 智行くんの顔つきが変わった。この人が例の人だと気づいたようだ。そんな智行くんを見た拓海が磯貝さんに向き合った。

「付き合ったばかりだけど、お互いを大事にして長く付き合うと思いますよ。他の人がチョッカイを出すのは野暮というもんです」

 目は笑っていない笑顔で拓海がそう言うと、磯貝さんは一瞬ムッとした顔をしたが、

「イトコくんは生意気だね」と言って楽屋の奥の方に入っていった。拓海が私を見る。

「花音、そろそろ行こう。他の出店も見てみたい」

「あ、うん」

「じゃあ、みなさん失礼します。こいつ照れ屋なんで、コンパでの花音いじりはほどほどにお願いしますね」

 ニッコリ拓海が笑って言うと、今度飲み会にキミもおいでよーと先輩たちが笑って手を振った。


 楽屋を出て外に出ると

「終わった終わった。顔見せ終了。演技終了」と、清々した表情で拓海が伸びをした。

「あの男の人だったんだよね」と智行くんが聞いてきたので私は頷いた。拓海が吐き捨てるように

「顔だけ見たらイイ男だけど、ありゃ性格悪そうだ。あんな男に告られて花音がOKしないで良かったよ」と言う。

「しないよ、絶対」

「うん。男を見る目は信じてる」

「オレ、殆ど何も喋れなくてゴメン。彼氏っぽくなかったよな」

「え、そんなことないよ。ホントにありがとう」

「そうそう。付き合ったばかり感があって良かったじゃん」

「拓海はすげーよな。場に入るのがうまい」

「義弥には敵わないっていつも思うけどね。それにあいつなら嫌味に聞こえない嫌味を柔らかい感じで言いそう」

「確かに」

 そう言って三人で笑った。


 その夜、智行くんと拓海それぞれに改めてお礼のメールを書いた。

 智行くんからはすぐに返事が来た。

『あまり役に立たなかったけど、また何かあったらいつでも言って。でも花音ちゃんの彼氏役が居るのは拓海は喜ばなそうだけどね』


 やっぱり智行くんもそう感じていたのか。なんだか申し訳ない気分になる。お風呂から出て髪を乾かしていると拓海から電話が来た。


「メールサンキュー。親父たちと話してて気づくの遅れた。今日のこと話してたんだ」

「今日は本当にありがとうね」

「これからはオレが心配するからなんて余計なこと思わないできちんと話せよ」

「うん。わかった」

「ところでさ、冬休みはいつから? 年末年始は長野? うち?」

「クリスマス頃からだと思うよ。冬休みは短めだから、長野には年明けの試験が終わってから帰るつもり。だから年末年始はそっちで過ごそうかなって思ってる」

「了解。母さんが花音の年末年始のこと気にしていたから。花音が来るならクリスマスは間違いなくご馳走だな」

「鶏の丸焼きが出てきそうだね」

「それも母さんに伝えておく」と、屈託のない笑い声が聞こえた。


 電話を切ってカレンダーを見る。今年もあと一ヶ月。すごくいろいろなことがあった一年だ。環境も大きく変わったし、拓海と私と智行くんのことも──

 大学に入学したばかりの頃は、なんで皆「彼氏彼女」にこだわるんだろうと思っていたけれど、今、私はそんなことばかり考えているような気がする。いや、ちゃんと考えなければいけない気がする。

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