第8話 プレゼント探し
七月は拓海の誕生日がある。今年は拓海が生まれた二十日は、第三月曜日で海の日の祝日。連休のどこかのタイミングで伯母も拓海の誕生祝いをするだろうから、私も家に行くつもりだ。拓海の誕生プレゼントを何にするかはまだ決めていないが、私は本屋でバイトを始め、プレゼント代を稼いでいる。
バイトの休憩中に控え室に置かれている男性向けのファッション雑誌をパラパラ見ているが、拓海へのプレゼントのヒントはなかなか見つからなかった。
「お疲れさまー。あれ、まだ探してるの?」
控え室に入ってきたバイトの先輩が雑誌を見て声を掛けてきた。
「お疲れ様です。なかなか難しいですね、プレゼントって」
「相手はイトコでしょ。趣味のものをあげれば良いんじゃない?」
「サーフィンなんですよね、趣味。ボードは高くてとても無理だし」
サーフパンツも拓海はたくさん持っているので今更感が強い。サーフィンのグッズはもう必要ないんじゃないかと思ってしまう。
「サプライズ! ってわけでもないんだったら欲しいものを聞いちゃえばいいじゃん。本人もそれが嬉しいんじゃないかな。私も彼氏には何がいい? って聞いちゃうよ」
「そうなんですね。そっかー。聞いてみようかな」
私の誕生日のとき拓海がくれたネックレスはサプライズに近かった。私もそんなふうに拓海に何かを贈りたかったが、やはり直接欲しいものを聞くことにしよう。
帰りの電車の中から拓海にメールをすると、すぐに返信が来てまだ学校に居るらしい。もうちょっとしたら帰るということだったので、駅で待ち合わせることにした。
改札を出て待っていると、大通りを歩いてくる拓海が見えた。私に気づき笑顔を見せる。
「ずいぶん遅くまで学校に居たんだね。お腹空いてるんじゃない?」
「実習が長引いて、そのあとちょっと復習してた。腹減ったからそこのバーガー屋入っていい?」
ハンバーガーをぺろりと平らげた拓海は人心地付いたようだ。
「あとは家に帰って伯母さまのゴハンだね」
「それまでは持ちこたえられそうだ。メールサンキュー。誕生日に欲しいもの、ね」
「うん。いろいろ雑誌も見ていたんだけどね。何がいいか分からなくなっちゃって」
私がそう言うと、拓海はニンマリと笑う。
「欲しいものあるよ」
「ほんと? なに?」
「花音と一緒に買いに行きたいからまだ言わない」
「えー、そうなの? 買いに行くとしたら週末かな。あ、でも今度の週末はバイトが入ってるんだよね。あとは……」
私が鞄からスケジュール帳を出そうとすると、拓海は笑って
「いやいや、誕生日当日でもいいよ」と言う。
「当日すぐに買えるものなのね」
「うん。多分大丈夫」
「拓海さま。予算的にはどのくらいのものでしょう?」
上目遣いにちょっとふざけて聞くと、拓海はニヤニヤ笑った。
「オレがプレゼントあげたとき、拓海の誕生日にも奮発しなくちゃって言ったよな。期待してるよ」
「なんかすごい怖いんですけどー」
「ははは。まあ大丈夫、大丈夫。さ、帰るか」
駅で別れるとき、
「そういえば最近トモとは会ってないの?」と聞いてきた。
「うん。私もバイト始めちゃったから。でもメールで本の話はしてるよ。ほら、本屋さんに居るから面白そうなのが出たら教えてるの」
「なるほどね」
「学校では会ってないの?」
「授業が違うからな。たまに学食では見かけるけどね。週末はオレは海だし」
「夏休みに入ったらまた連れて行ってね」
「もちろん。みんなも花音に会うの楽しみにしてるよ」
大学に入って初めての定期試験も無事に終わり、これで秋まで長い休みに入る。この夏は拓海のサーフィンに何回付き合うのかと想像すると気持ちも高まる。蒸し暑い空気を纏った日差しや賑やかな蝉の声すら楽しく感じてしまう。
夏休みに入る前にサークルでコンパがあったので、正直あまり気が進まなかったけど参加した。今回もやはり何故彼氏を作らないのかと根掘り葉掘り聞かれる始末だ。
「花音ちゃんって男嫌いなの?」
「そういうわけじゃないです。でも今はイトコや友達と遊んでる方が楽しいんですよ」
「海の日の絵画鑑賞合宿も欠席だもんね。せっかく箱根の美術館なのに」
「すみません、その日は伯母の家に行くことになってるので」
「伯母の家って、そのイトコの家なんでしょ。もしかしてイトコとデキてるの?」
「え! まさか」
そうは言ったけど一瞬心臓が掴まれたようにギュっと痛かった。
「えー、怪しいー!」「イケナイ関係?」
などと周りが勝手に盛り上がる。こういうとき彼氏が居れば面倒臭くないのだろうと思う。
溜息をつきながら烏龍茶のグラスを持つと、隣に居た同じ学年の子がこっそり耳打ちしてきた。
「前に
「え」
「絶対落としてやるって言ってる。もう彼女作ったのに。あの先輩モテるからプライドが許さないのかもね」
「──」
「その気がないなら気をつけてね」
ゴールデンウィーク前に告白してきたのは磯貝さんだった。すごく優しくて人当たりが良かった。彼の描く絵は色使いがポップで見ていて明るい気持ちになる。だから会話をしていても楽しかったのに、そういう話を聞いてしまうと興ざめだ。
拓海にはこういう話はしていない。話せば余計な心配をするだろうし、私の気持ちを無視してやっぱりトモと付き合った方がいいなんて言うかもしれない。
私の気持ち──
もしも拓海が私の彼氏だったら──そんな考えはすぐに打ち消す。気持ち以前に、拓海とはイトコだからこそ一緒に居られるのだ。それ以外の選択肢も人生も無い。
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