出会い
第1話 ~ 復讐心
「おい、いい加減起きろ」
店主の声とともにユリシーズの視界がまぶしくなった。髭の濃い店主の手には、居眠りしていたユリシーズの顔から剥ぎ取った新聞がある。
「ずいぶんなご身分だな、この野郎。俺が働いてるのにお前は新聞読んでお昼寝か?」
明らかに店主は機嫌が悪くなっていたが、ちょうど酒場の扉が開いて客が入ってきた。店主は舌打ちしつつも新聞をテーブルに置き、カウンターに戻って客に応対した。
ユリシーズはテーブルの上にある新聞と杖をとって、ギプスをした左足を引きずりながら立った。
イスから立ち上がったユリシーズを見て、店主があごをしゃくった。裏で作業してこいという意味だろう。
また文句を言われても面白くないため、ユリシーズは無言でカウンター脇の扉から出ていった。扉の先は廊下が続き、奥には階段がある。
仕事をしろと言われても、自分ができる雑用は昼前に済ませた。居眠りしていたのも仕事が終わったからであって、店主が叱ってきたのは単なる八つ当たりだろう。
階段を上がって二階の奥の部屋に入った。部屋は狭いがタンスと机があり、天井からハンモックが吊るされている。ここが今のユリシーズの生活空間だ。
杖を乱暴に机の上に置き、ハンモックに飛び乗って新聞を広げる。左足にギプスをしている人間の動きではない。
『テューダー卿、ダービー制覇の夢かなう』
彼が見つめるその記事は、大きな見出しから始まっている。
記事に載っているテューダー卿とは、この大英帝国で近年最も話題に上がる貴族だ。領地はウェールズ地方にあるためロンドンには滅多に顔を出さないが、テューダー卿のことを知らない人間は少ない。
テューダー卿、そのフルネームはロザリア・スカーレット・テューダーという。帝国でも名門である伯爵位を継いだ女性で、巷では『女伯爵』という呼び方が定着している。
ロザリア・テューダー卿は元々後妻の子で、父と兄が相次いで亡くなったことで家督を継いだ。はじめは若くして伯爵になった彼女を軽視する人間が多かったものの、彼女の領地経営の手腕は見事なものだった。みるみるうちに領内の経済が右肩上がりすると、表立って彼女を侮る者はいなくなった。
また彼女は競馬の馬主としても評判を上げている。優れた血統の馬を集めて育て上げ、成績優秀な騎手の引き抜きすらも迷わず行う。時には強引なやり方を批判する声もあったが、ついにその努力が実り、今年のダービーで彼女の所有馬が栄冠に輝いた。
所有馬がダービーに挑戦するということで、テューダー卿は現在ロンドンに滞在している。記事には彼女の経歴や手腕の他に、追っかけの記者が書いた滞在中の情報が書かれている。若い女性貴族をつけ狙って、思わぬゴシップがないだろうかと多くの記者が考えているのだろう。
新聞を閉じて、ユリシーズは上半身を起こした。
「ついにこの日が来た……やってやるぜ、テューダーの悪魔どもが」
ユリシーズにとってここ数日の新聞は大きな助けになった。下手に自分で嗅ぎまわらなくても、新聞さえ買っておけばテューダー卿の動きがわかる。
彼が狙うのはただひとつ、ロザリア・スカーレット・テューダー卿の命である。
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