第92話 貴族の女と公爵の直感

(これほどまでとは・・・・・・)


 公爵はレイラ姫のように魔視の力を持たないが、一方で優れた魔法使いであった為、例の少年が同じ一室に入った際にその力の奔流を感じ取った。


 よほど上手く隠しているのか、その場に居合わせる衛兵や女中達では感じ取れない程の、細長い糸の様な気配、まるで魔力操作に熟達した暗部の者の様な技能だが、少年が帯びる質は善そのものだ。


「どうされましたか?」

「・・・・・・いえ、お気になさらず」


 思わず少年をボーッと見てしまい、不思議がられてしまう・・・・・・いきなりの失態に公爵は己の散漫した集中力にハッと気が付き対応する。


「もぅ、お父様・・・・・・」


 公爵が目の前の少年に圧倒されている中で、娘であるレイラ姫は楽しそうに会話をしていた。その姿は親の欲目を抜きにしてもレイラ姫の姿は大変美しく、今後帝都で予定されている社交界では、自分の娘が大衆の目を奪うのは間違いなかった。


 そう考えていると、チラリとサファイアの様な美しい青の瞳が公爵を覗いていた。


その瞳には大丈夫?と問うものだ。


(・・・・・・我が娘ながら恐ろしいものよ)


 レイラ姫が例の少年としていた会話は、貴族たちが初見の相手に会った際に使う常套句の様なものだ。

 これは相手との立場の差、家同士の関係、同性か異性か、既婚か未婚で色々と変わってくるものではあるが、これら術を弛まぬ努力で習得したレイラ姫は完璧な受け答えで例の少年と楽しそうに話に花を咲かせている。


 レイラ姫の対応の仕方は、同じか家格が上の未婚の男性、内容も今後お互いに関係を築きたい相手に使う話の広げ方である。


 今、例の少年と話している内容は、そのまま社交界などで使われるテンプレートでは無いものの、おおよその型に合わせて使っている。


 気になる異性、しかも今後関係を築きたい相手なら、最初は無難に趣味の話から入り、相手の動向を伺う。


 普通であれば、いきなり込み入った話はしない、相手の性格や趣味嗜好を会話の中からそれとなく聞き出し、次の面会の際にそれとなく相手の趣味嗜好に合わせるのだ。


 意中の相手を射止めようとする貴族の女は聞き出した情報に合わせて、髪型、体型、性格、喋り方、あらゆる物を相手の好みに合わせ気に入られようとする。


 こうやって、貴族の女は気に入った男を射止めて実家と自分自身の人生をの両方をより良いものにしていくのだ。幾ら家格や顔が良かったとしても、性格が破綻した者であれば、その先に待ち受けるは地獄だからこそ、貴族の女は幼少期の頃からそれら勉学に励む事により、人を見る目や話術に長けて感情の機微に鋭い。


 処女信仰、という程では無いが正妻は未婚の女性から選ばれることが多い。


 少なくとも公爵クラスの大貴族となれば、ほぼ確実に未婚の女性から正妻が選ばれる。


 なので、何かしらの理由で再婚や、やんちゃをして貞操を守れていなかった場合、ほぼ確実に正妻への道は閉ざされる。


 そうなれば側室の道しかなく、実家や嫁入りした家からの対応は歴然とした差になってくる。その為、貴族の娘は実家も含めてそれら男女関係に対してかなりの注意を払っていた。


 そうでなければ、そもそも少人数で行われるような会談の場に出て来ないし、話す際も最低限な受け答えになる。


 下手な疑いをかけられないようにする為だ。


 だからこそ、レイラ姫の積極的な姿勢に対して、この様な裏の部分を知る部下達は声には出さないものの、驚愕の表情でレイラ姫と例の少年を見ていた。


 この人が、将来レイラ姫の夫になるかもしれない・・・・・・と思って。







 外部の者から見れば、今の公爵の立ち位置は娘が気に入った異性と楽しそうに話している姿を見守る父である。


 明らかに異性として意識したレイラ姫の話の内容に口を挟まない様子を見る限り、周囲の者たちは公爵もこの名の知れない少年を気に入っていると勝手に解釈した。


 しかし、公爵の内心は全く別のものであった。


(ふむ、どうやって話を切り出していこうか・・・・・・)


 公爵は立場上、目下の者と話すことが多い。


 その多くは格下の貴族や軍部の人間だったりと、立場は平民であっても常日頃から貴族に慣れている者たちばかりだ。それ相応の礼節と知識を持ち合わせている。


 では、目の前にいる例の少年はどうだろうか?


 公爵の目の前にいる少年の立ち振る舞いは、帝都の上級都民もしくは地方の騎士家出身の人間と思える程には高い知性を感じる。


 本当に辺境の地で住んでいた人間か?と疑う程度には、レイラ姫との会話の端々からそれなりに学のある者の会話をしている。


 表情には出ていないが、話し相手であるレイラ姫も内心では驚いているだろうと公爵は考えていた。


 会話のレベルもそれ相応に上がっていることからして、少なくとも気がついてはいるだろう。


 しかし一方で、少年から漏れ出る貴族に対する畏怖の感情は、学のない平民と変わりない。


 圧倒的な権力の前に平身低頭としている姿に卑屈さはなく、思考がそのまま平民なのだろう。


 だからといって、この少年をただの平民として扱うのは危険だとも感じた。


 少年の複雑な立場や前線基地との関係もあるが、なによりもこれまで魑魅魍魎が蠢く帝国社交界で長く生きてきた自身の直感がそう言っていた。


 だからこそ、公爵はこれまで経験したことの無いやりにくさを感じていた。




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