第90話 太陽のような
アーマレア公爵が主催する城内の食事会は、思っていたよりも穏やかに進んだ。
綺羅びやかなシャンデリアが城内の大ホールを照らし、片隅ではアーマレア家お抱えの音楽家が自ら指揮棒を握ってクラシックの様な曲を演奏していた。
(流石に自惚れていたかな?)
当初の考えでは、それなりに挨拶へ来る人が居るかもしれないと身構えていたんだけど、今のところ自分の所へ挨拶しに来てくれた人は片手で数えられる程しかない。
むしろ、その目的はアスカティア調査隊の総隊長であるヘラクさんに挨拶しに来たというのが大きい、いうなれば自分はオマケの様な扱いだ。
これに関しては特に思うことはない、むしろ下手に話しかけられてもこの手の経験が無い自分からすれば、受け答えに困ってしまうだけだからだ。
一方で、今回の食事会にやってきて正解だったとも思っていた。
三百人にも上るアスカティア調査隊を率いるヘラクさんを含めた七人の幹部の人達と会話をすることが出来た。
それまでは基本的にリアナさんが側にいたし、調査隊に関する詳しい話はヘラクさんが直接僕の元までやって来て説明してくれる。
だからこそ、一ヶ月もの旅の間で面識のある人はとても少ない・・・・・・顔を見たことがあったとしても話したことは無い。
「黒兎族のギルロと言います。調査隊では第二班を指揮しています」
アスカティア調査隊の面々は、大ホールの入り口からほど近い場所で固まっていた。基本的に側にはヘラクさんが居て、ヘラクさんが居ないときは黒兎族の男性であるギルロさんが隣にやって来る。
ギルロさんはリリィと同じ様に、獣要素を多分に含んだ獣人だった。全身が黒い毛に覆われ、切れ長の目には美しい紫玉の瞳が特徴的だ。
身長は170ぐらいの自分に比べて少し小さいけど、少し猫背気味なので背を伸ばせた場多分同じぐらいだと思う。
「第二班というと何をされるんですか?」
「私の率いる第二班は、主に機動力を生かした索敵部隊です。なので移動の際は基本的に隊の外側に陣取っています」
アスカティア調査隊では、1~7までの班が存在しており、それぞれの役目に則って神の地を目指している。
自分は基本的に調査隊の補給を担う第三班に所属しており、第三班はアスカティア調査隊の中心に居るため、ギルロさんのような広域を索敵する人達とは面識が殆どない。
・・・・・・まぁ、同じ第三班の人でもまともに話したことは無いんだけど。
だからこそ、今回の食事会を通じてアスカティア調査隊の人達と話せて良かったと思っていた。
「・・・・・・例の人物はどうたったかな?」
大ホールで食事会が行われている頃、セレモニーが終わった後そのまま大ホールを抜け出したアーマレア公爵は、大ホールからほど近い別室で一人の若い女性と話していた。
「大勢居るホールでもはっきりと分かる程の魔力量でした。フロウゼル姉様が蝋燭の灯火とするなら、あの人は空に爛々と輝く太陽でしょう」
アーマレア公爵が別室で話している相手は先程、大ホールで多くの人々を驚かせた渦中の人物であるフロウゼルの妹、レイア姫だった。
彼女も帝国貴族らしく優れた魔力量を誇り、見た目こそ手弱女のような少女ではあるが、その内包する力は一端の冒険者が束になっても敵わないほどである。
そんな彼女はエマネス帝国内では、姉であるフロウゼルと合わせて黄金の双姫と呼ばれ、その優れた魔力量に大変美しい顔立ち、そして帝国北部を支配するアーマレア公爵家という貴き血筋もあって、社交界においてフロウゼルと並び大変人気な女性だ。
まだ大衆の面前では顔を出していないとは言え、既に帝国各地から縁談の話が大量に入っているからして、国内における黄金の双姫の人気ぶりが分かる。
「うぅむ、あのフロウゼルが歯牙にも掛けない程とは・・・・・・」
そしてレイラ姫は、優れた魔法使いでありながら優れた魔眼使いとしてアーマレア家中で知られていた。
魔法の才能とは関係なく、偶発的に発現することが多い魔眼使いの中でも、レイラ姫は比較的ポピュラーな魔眼である『魔視』と呼ばれる魔眼を持っており、その能力は魔力を視覚的に捉えることが出来るというもの。
比較的分かりやすい能力ではあるが、シンプル故に強力な能力だ。
生き物は誰しも強弱はあれど魔力を帯びており、それは人間や獣人や魔物だって変わらない。
上手く自然に隠れていようが、漏れ出す魔力によって看破出来るし、設置型の罠魔法であっても事前に発見することが出来る。
一流の魔法となれば、魔法が発動する直前に練られた魔力を見て、どの様な魔法が使われるのかすら分かる為、魔視という魔眼はシンプルでありながら当たりの能力だと言われていた。
そんな魔視の魔眼使いであるレイラ姫曰く、戦術級魔法使いとして各国に名を轟かせている姉すらも軽く凌駕しているらしい。
「それほどまでか?」
「それほどまで、です。あの様な方は初めて見ました。思わず目が焼ききれるかと思うほどに」
太陽を直視すれば、人は誰しも目を焼いてしまう。それは魔眼使いであるレイラ姫も変わらない様子だった。
広々とした大ホールの壇上にて、多くの招待客が所狭しと詰め寄る中、それら大衆の朧気に輝く魔力の中で、一際目立つ天に昇らんばかり立ち込める圧倒的な魔力の柱。
これだけなら、一流の魔法使いが威嚇するために故意に魔力を高めれば似たような事が出来るだろうが、レイラ姫が驚いたのはその質だった。
一般的には得意な魔法の属性によって赤、青、緑といった色の魔力が半透明の炎の様に見えるのだが、公爵が言う例の人物・・・・・・あの姉ですら人の形をした神、と呼ぶ神の地の原住民は、白で塗りつぶされた極光を身に纏っていた。
「あれで自然体なら、正しく姉様が神を見た。と言われても私は疑いません、あれは間違いなく人ならざる者でしょう」
「・・・・・・見た目はただの少年だったのだがな」
「前線基地に居る姉様も、あの方は普段とても気の良い御仁だと言います。何の拍子かはわかりませんが、気質は至って一般的な善人なのだと思います」
アーマレア公爵が今回食事会を開いた最大の理由は、魔視の魔眼を持つ己の娘であるレイラ姫に、件の人物であるソラを鑑定させることだった。
一流の魔法使いとして名を馳せるもう一人の娘すら、思わず畏怖してしまう程の実力者、それを己の目と魔眼を持つ娘の2つの目で確かめたいと考えていた。
「・・・・・・そこまで言うのなら、接触しなければならないだろう。幸いにもフロウゼルと親しい間柄だという。不興は買われまい」
長女であるフロウゼルは、自由奔放な質、それも己より強い者じゃなければ結婚しない、と言って北の大地まで向かってしまった困った娘だ。
一方で妹であるレイラは比較的貴族女性に多い従順な性格をしており、家を第一に考えそれに応じて結婚先も決められる娘だ。
帝国北部の支配者であるアーマレア公爵家は、今では他を圧倒するほどの力を持ち、その実力はかの皇帝すら気を使う程だ。
だからこそ、一般的な貴族と違い、家と家を繋ぐ縁談目的な婚約はしない、アーマレア公爵家が第一に考えるのは優れた魔力を持つ伴侶だった。
魔法素質は遺伝する。時折、血の定め無くして覚醒する者も居るが、基本的には優れた魔法使い同士で生まれた子は優れた魔法素質を持って生まれてくる。
だからこそ、この世界で民を支配する貴族質は一般市民よりも魔法素質の部分で優れており、それが貴族が貴族たる由縁となっていた。
だからこそ、アーマレア家は一番に優れた魔法使いの伴侶を探していた。
「・・・・・・もし、お前があの原住民と子を成せと言われればどうする?」
「寧ろ私からお願いするところでしょう。私だって一人の女でございます。出来るのならば、良い伴侶を願うのは偽りのない本心ですので」
「そうか」
確かにあの少年は顔立ちも良く、気難しい上の娘すら気の良い人物と言っていたな、と公爵は先程の会話を思い出した。
アーマレア公爵は短くそう答えると、思考の海に浸かっていった。
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