第88話 立場の弱さ
本来の予定だと、ヴァリンバーグへの滞在期間は3日程度であり、隊員の休息や物資の補給を済ませた後はそのまま帝国領内に立ち寄らずに一気に北上してサンレーア王国まで入る予定だった。
しかし、都市の外れにある宿屋に宿泊してからかれこれ5日間も経過している。アスカティア調査隊の隊長であるヘラクさんが言うには、物資の補給が思っていた以上に進んでいないとの事だそうで、明日明後日には出発できるだろうと言っていたんだけど、現状は今でも出発の目処は立っていない。
(やっぱりアーマレア家の人達が何かやっているのかな?)
アスカティア調査隊にとって、ヴァリンバーグという都市は初めて他国で補給する場所だ。それまで自国の都市で補給した時と状況が違うだろうし、意思の疎通が出来ていない事も十分に考えられた。
ただここで思うのは、ヴァリンバーグへやってきた初日の出来事、このヴァリンバーグという都市を統治しているフロウゼルさんの実家であるアーマレア公爵家の人が、秘密裏に接触してきたことだ。
よくよく考えてみれば、このヴァリンバーグという都市はアーマレア家のホームグラウンドと呼べる場所だ。それこそ外様であるアスカティア調査隊を妨害しようと思えば、いとも簡単に行えてしまうだろう。
エマネス帝国とフォーラン連邦は、コーヴィス聖王国という共通の敵を持っているのもあって、隣国同士ではあるが比較的仲の良い国同士だ。
それこそリアナさんのように、帝国で勉強をしたことの連邦の人だって多いだろうし、その逆だってあるだろう。
帝国と連邦は仲が良いけど、それはそれ、といった感じに表面上は仲が良いと言い繕っていても互いに何処か油断ならないといった様子で緊張感があるように感じる。
少なくとも、アスカティア調査隊の人達からはその様な警戒心を感じた。
転機が訪れたのは、ヴァリンバーグへやってきてから丁度一週間が経つ頃だった。
幾ら〈空想図書館〉というスキルがあって暇を潰せるとはいえど、流石に一週間近く部屋に籠り続けるとなれば、少し外出したいという気持ちが浮かんでくる・・・・・・そんな時だった。
「・・・・・・今日の夕方から、ヴァリンバーグの領主であられるゼスト様からご食事会が開催されるとのことで、調査隊も含めソラ様もご出席をとご指名されました」
突然部屋に訪れたヘラクさんはどこか疲れ気味な様子・・・・・・そして悔しさを滲ませた表情で、今日の夕方から行われる食事会の用意をして欲しいと言ってきた。
この一週間、アスカティア調査隊の責任者であるヘラクさんは様々なトラブルに見舞われてストレスが溜まっていたのだろう、いつもはキリッとしている凛々しい表情も何処かくたびれた雰囲気を漂わせていた。
(・・・・・・こうなるのか)
表面上はヘラクさんの会話に返事を混ぜつつ、内心でアーマレア家のやりたい事が少しわかった気がした。
それはアーマレア公爵家からやってきた使者の人の意味深な言葉の謎が、まるで最後のピースがピタリとハマって完成したイメージに近い気がする。
「僕は大丈夫ですよ、出席させてもらいます」
「・・・・・・わかりました。ではそのように手配させて頂きます」
では、と簡単な挨拶をした後、ヘラクさんは部屋を出た。そしてそう間を置かずに食事会の準備をするために、お手伝いの人がやってくるんだと思う。
「僕からじゃなくて、ヘラクさんから食事会を要請させるのか・・・・・・凄いな」
使者の人が言っていた状況を把握しているという言葉、これは多分だけど自分がアスカティア調査隊においての立場を知っているということだと思う。
自分は調査隊の同行者ということになっていて、立場的には外部の人間だ。なのでアスカティア調査隊の方針に対して口を出せる立場じゃない。
それに加えて自分は調査隊の中でもかなり特別な待遇を受けていて、道中も快適な環境で過ごしている。これもアスカティア計画を立案したマグスさんの計らいであり、自分の為に大型従魔であるバルファを一頭追加してくれたぐらいだ。
だからこそ自分はこれ以上、ヘラクさん達に対してワガママを言える立場では無いと思っている。
そんな中で、自分がアーマレア家の人達と会いたいといえばどうなるか?
まず間違いなく不興を買うと思う、今の自分が一週間近くも同じ宿泊施設に留められている状況からして、ヘラクさんは自分を帝国の人達と会わせたくないのは間違いないだろう。
それはアーマレア家の人達も知っているからこそ、夜間に忍び込む形で自分に接触してきただろうし、様々な力を用いてアスカティア調査隊の補給を妨害したんだと思う。
その間に何の取引があったのかは知らないけど、アーマレア家はヘラクさんから自分に対して食事会に出て欲しい、という言葉を出させることに成功した。
(フロウゼルさんから何か聞いているのかな?)
アーマレア家のが行った今回の行為は、下手すれば外交問題に発展しかねない危険な物だ。
自分に会いたい、というだけで下手すれば大事になりかねない危険な行為をするか?と思わなくはないけど、相手はフロウゼルさんの実家、もしかしたら何かしらの情報を握っているのかもしれない。
少なくとも、夕方から行われる食事会はただの歓談の場では無いというのは間違いなかった。
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