第87話 闇夜に紛れる使者

 自分が泊まる宿屋は、事前にヘラクさん達が予約を取っていた場所になる。


 ヴァリンバーグの都市の住民を護る二重の城壁の中で、一番外側にある二の壁がすぐ見える場所にある程、今回借りた宿屋は都市の中心部から遠い。


 本来であれば、ヴァリンバーグに特に用が無い様な旅人が泊まる場所なのでヴァリンバーグへ補給に立ち寄ったアスカティア調査隊の目的と一致している。


(なんか妙な気配を感じるな・・・・・・)


 木造の二階建ての宿屋には何十人と宿泊出来る部屋があるんだけど、その全てがアスカティア調査隊の人達が泊まっている。


 自分が泊まっている場所は、窓の無い内側にある部屋だった。


 宿屋の二階の丁度真ん中にあって、隣にはリアナさんやヘラクさんが挟むように宿泊している。


 基本的に自分が泊まっている宿に居る人達は、都市へ遊びに行かない人達が集まっているので、廊下を歩けば見知った顔の人達が何人も見えた。


 今日と明日に限っては、宿泊施設の従業員すら排除された空間に置いて、セキュリティーは万全なんだけど、どうもみんなが寝静まった時間帯から、誰かから見られているような気配を感じた。


(うーん、気になる)


 最初は連邦の人達が、今日宿泊している施設の警備でもしているのかと思ったんだけど、足音的に多分違う気がする。


 音の出どころは、丁度自分の部屋の真上、天井裏だ。


 ・・・・・・ん?天井裏?


「夜分遅くに失礼します」


 自分が泊まっている部屋には窓がなく、月明かりも差し込まないために非常に暗い。


 なので部屋には備え付けのランプが壁にかけられているので、何処か観られている気配を感じて壁にかけられていた備え付けのランプの手に取り、灯りをつけた瞬間、背後から急に声をかけられた。


 真っ暗闇の自分以外誰もいない部屋の中、いきなり背後から声を掛けられたので、思わず叫び声が出かけるけど、手で抑えてすんでのところで留まる。


「・・・・・・誰?」


 声を掛けてきた人物は、闇夜に溶けるような黒い服装を身に纏っていた。その表情はまるで猫の様な仮面を被っていて分からない。


 体つきからして・・・・・・多分女性、声は男性とも女性ともとれる中性的な声だ。


「私はアーマレア公爵家からの使者になります。今回はご当主からの手紙をお渡しに参りました」


 スッと胸元から取り出されたのは、飾り気の無いシンプルな白い手紙。


 アーマレア公爵家の当主、となればフロウゼルさんのお父さんになるのかな?


「今見ても?」

「はい、私はソラ様のお返事をご当主に伝える義務がありますので」


 使者の顔を一瞥して、渡された手紙を開封して内容を読む。


 手紙に書かれていた内容は・・・・・・


「城へ招待したい、それもアスカティア調査隊の面々も一緒にですか?」

「はい、アーマレア公爵家はソラ様の現状についてある程度把握しております。ですので、アーマレア公爵家からアスカティア調査隊に対して激励も兼ねたお食事会を・・・・・・とのことです」

「それなら大丈夫なのかな?」


 一応、アルメヒ前線基地に赴任しているフロウゼルさんから自分についてそれなりに話を聞いているからこそ、夜分遅くにこうやって侵入する形で接触してきているんだと思う。


 だけども、今自分は神の地へ戻る為に連邦の方々にお世話になっている状態だ。厚顔無恥な性格であれば、このまま宿を抜け出してアーマレア公爵家の世話になる・・・・・・ってこともあるんだろうけど、それはしたくないの自分の心情だ。


 そんな自分の考えを、ヴァリンバーグを治めるアーマレア公爵家の人達は知っているからこそ、アスカティア調査隊の人達を巻き込んで大規模な激励会をしたいとのことだ。


「僕は構いませんけど、ヘラクさん―――――調査隊の責任者の方が駄目だと言われたら無理ですよ?」


 神の地まで行けば、ある意味自分のホームグラウンドみたいなものなので、色々と出来るんだけど、今の自分の立場的に色々とやろうとするのは多方向に迷惑がかかる。


 正直言えば、このまま大人しくしていればアルメヒ前線基地まで行けるので何もしない方が正解だとさえ思う。


「えぇ、ソラ様の意思さえご確認出来れば問題ありません」


 使者の方は満足そうな声で頷くと、自分に対して軽く頭を下げた後暗闇に消えるように、部屋から居なくなった。


(・・・・・・神の地以外でも凄い人達が居るんだな)


 まるで影狼の夜と月のように、直前まで気配を悟らせない高い潜伏スキルに、神の地以外にもこれほどの実力者が居ることに、自分は素直に驚いた。


 少し、過小評価していたのかもしれない。

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