第83話 その頃の前線基地にて
古代遺跡の一件で、アルメヒ前線基地は甚大な被害を被った。
幸いにも帝国の調査隊は現地の協力者であるソラの忠告によって難を逃れたものの、それ以前に当時の調査隊隊長を含める帝国のS級冒険者2人を含めた有力な隊員が神の地の調査で亡くなっているので他陣営の方が被害は大きいとはいえ、帝国もかなりの被害を被っている。
それでも、神の地では本来不可能であるはずの上級薬草の栽培の成功から、多大な被害を被りつつも入手した現代では解明出来ない聖遺物が複数見つかったことにより、前線基地は更なる拡大計画が提案された。
アルメヒ前線基地を象徴する6つの塔である〈万色の塔〉に訪れる人間達の殆どがアルメヒ前線基地が完成してから後に来た補充員が殆どで、帝国でも調査が行き届いていない人間が多く存在する。
特に人員の入れ替えが激しいのが白の陣営、先の古代遺跡の一件でも特に甚大な被害を受けたコーヴィス聖王国はその被害を補おうと、今では大樹海や西側の白麗地方の調査隊を一部解体して、この前線基地に送っているという。
そこまでして、聖王国が神の地を重要視する理由は何だ?
エマネス帝国も、現地民であるソラという少年と接触したことにより、大きなアドバンテージに加えて帝国世論も神の地の調査を推し進める風潮が出来ている。
だからといって、他から人員を引き抜く様なことまではやっていない。
これは国防上の理由が最も大きいのだが、平和になった時代だとはいえ、隣国であり潜在的な敵国である聖王国が国防にすら響きかねない程、前線基地へ人員を送り込んでいる事に私は不気味さを感じた。
・・・・・・もしかしたら、聖王国は私の知らないところで神の地にまつわる重要なナニカを手に入れたのかもしれない。
「・・・・・・どういうことだ?何故、ソラ君の従魔がここに居る」
「い、いえ・・・・・・理由は分からず。銀の大狼は昨夜から前線基地の渓谷橋の周辺に陣取ったまま動きません」
アルメヒ前線基地の拡張が決まってから、数ヶ月が経ったある日のことだった。
以前と比べて様変わりしたアルメヒ前線基地の設備の一つに、サンレーア王国領と神の地の間にはまるで大陸の裂け目と言わんばかりの巨大な渓谷存在し、前線基地の拡張計画に基づいて、神の地を隔てる渓谷に設置する橋を新しくしたのがある。
万が一を考え、以前は破壊魔法一つで完全に破壊できる様な木造の大橋ではあったものの、今では造形魔法を使用した強固な作りの橋に生まれ変わっている。
一度に通れる商隊の数も格段と増え、これから大きく発展していくであろう前線基地の大動脈として期待されていた。
そんな大橋の前に、一体の美しい銀の毛並みをした大狼が居座りついた。
その姿は人の背丈を優に超えており、人類の敵である魔物という生物の枠を超えた神々しさすら感じる。
その姿を晒すだけで、周囲の生き物たちを威圧する程の圧倒的な存在感を放っていた。
「下手には接触できないな、あの大狼の主人であるソラ君しか認めていないはずだ」
あの美しい銀狼はかなり人嫌い、だということを以前、銀狼の主人であるソラが言っていたことをフロウゼルは思い出した。
フロウゼルの記憶が正しければ、あの銀狼は大の人間嫌いで、実際にも基地の近くまでやってきても、基本的近くの森で待機しており、姿が見えるところまでやって来ることは殆ど無かったはずだ。
「では、橋を封鎖しますか?」
「いや、そこまでしなくてもいい・・・・・・ただ興味本位で近づく事は絶対に辞めさせるんだ」
報告しにきた隊員によれば、その銀狼は橋の周辺に居座っているものの、直接道を防ぐ様な場所には居ないということが分かった。
何が目的か、その理由は不明ではあるが、通行する分には問題ないだろう。ただちょっかいを出せばどうなるかは分からない。
神の地を知らない人間が、不用意にソラの従魔に接触し不興を買えば滅ぼされるのはこちらが側だ。
少なくとも、あの銀狼にそれだけの事が出来る程の力を持つとフロウゼルは思っていた。
ソラの従魔がアルメヒの渓谷橋に居座って、一ヶ月が経過した。
それまでの間、渓谷橋に居座る銀狼は一度も動かず。飲み食いどころか、一度すら短い睡眠すら取っていないという状態で居座り続けていた。
今では遠目から監視するぐらいに留めており、まだ神の地を知らない新参者が不用意に接触しないようこちら側から警備を出している状態で、無駄な人員だとは感じるものの、今のところは問題が発生していない。
その御蔭もあり、かの銀狼が牙を向くことも無く、未だに一部の従魔が萎縮して使い物にならないことはあれど、前線基地は通常通りに開発が再開されつつあった。
「明日には連邦の方から補充要員が到着するようです」
以前よりも増した書類をある程度、決済し終わった頃合いを見計らって、フロウゼルの執務室に帝都から派遣された学者であるらロッソが入室してきた。
彼もまた日々増え続ける書類に辟易としながらも、忠実に職務を全うしており、その中にフロウゼルが注目すべき事案があったそうだ。
「ふむ、予定よりも補充要員が多くなるのか、連邦も本気を出してきたということかな?」
ある程度仕事も片付いた事もあり、フロウゼルは強張った身体を解しながら、ラロッソに対して軽く冗談を言う。
「それはどうでしょう?今回の増員は予定の三倍以上です。これは連邦で何かあったのかもしれません」
冗談のように語るフロウゼルと違い、ラロッソは無難に答えた。彼が持ってきた書類には、予定の三倍以上・・・・・・300人以上もの隊員を派遣するとあった。
「受け入れきれない人員は、連邦の居住区内に臨時の仮設住宅を建てて補うそうだ。聖王国といい、何を掴んだんだろうね」
「情報部から連邦に対して気になる報告はありませんが・・・・・・」
フロウゼルとラロッソはまるで息を合わせてように同時にはぁ、とため息を吐いた。
・・・・・・その数日後、2人はさらなる衝撃に襲われることをまだ知らない。
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