第74話 森の賢人
獣人族の子に連れられてやってきたのは、集落ではなく、ファンタジー世界らしい巨木の空洞をそのまま住処にしたような家だった。
系統だけで言えば自分も同じ様に木を家なんだけど、獣人族の子が住んでいる家にはちゃんとしたドアが建てつけられ、窓にはガラスが張られている。
周囲には家庭菜園にしては大きな畑が幾つか存在しており、木の柵に囲われ獣避けの罠が設置されていた。
(森の奥地だけど、結構文明が進んでいるのかな?)
侮っていた訳ではないけど、獣人族の子が案内してきてくれた場所は、自分が思っていた以上に文明が発達していていた。
「なーう」
こっちだよ、と言わんばかりに獣人族の子が、思わず立ち止まっていた自分を不思議そうな目で見て、家の前まで手を引っ張ってくれる。
やっぱりここがこの子の住む家なんだと思いながら、一緒に家のドア前までやってきたら、獣人族の子がドアを開ける前に勝手にドアが開いた。
「これはこれは、珍しいお客さんですね」
家の中に入って見ると、まるで揺りかごのような椅子―――まるでロッキングチェアの様な椅子に座って本を読んでいた女性がこちらを見ていた。
その瞳はまるでシロを彷彿とさせるような、美しい銀色の瞳をしていて、自分の横で手を繋いでいる獣人族の子と違い、同じ獣人族ではあるものの人間寄りの姿をしていた。
「初めましてソラと言います・・・・・・まさか、こんな場所で人とお会いできるとは思いもしませんでした」
部屋の内装は至ってシンプルではあるものの、テーブルや椅子の他に棚やキッチンといった基本的な物は揃えられていた。
他にもアーチ状の階段が上へと続いており、家の外見からして多分3階建ての家だと思う。
自分が軽く挨拶をしたところで、一緒に手を繋いでいた獣人族の子に案内される。
窓際に設置されたテーブルには女性と獣人族の子が普段使っているのであろう2つの椅子が置かれており、自分が片方の椅子に座ると、獣人族の子は奥から椅子代わりの箱を持ってきて横に座った。
「こちらこそ初めまして、私はミーア、ソラ様の隣に座っている子・・・・・・リリィと共に、この森で隠居生活をしております」
ミーアと自己紹介をしてくれた女性は軽く会釈をするが、ミーアの所作は素人目ながらちゃんとしているものだった。
下手すれば言葉も通じない可能性すら思っていたソラにとって、こうやって会話が成立するのは幸運なことだ。
「ミーアさんは、古代魔法言語を喋られるのですね」
「えぇ、私は以前学者をしていたもので・・・・・・」
古代魔法言語を喋れる人はそう多くない、アルメヒ前線基地でもその道の学者ぐらいしか喋れる人は居ないし、フロウゼルさんだって自分に出会ってから覚えたぐらいだ。
大陸には古代魔法言語とは違う共通語が存在するので、基本的に昔の言語を喋れる人は学者ぐらいに絞られてくるので、ミーアさんがその道の学者なのは間違いなさそうだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
軽く受け答えをしたところで、三人の間に静寂が訪れる。横に座っている獣人族の子は、不思議そうな目で自分とミーアさんを交互に見ているけど、自分としてはいきなりすぎてどう会話を続ければいいのか分からないでいた。
(どうしよう、少し気まずいなぁ・・・・・・)
自分の目標はこの樹海を抜けて家に帰ることなんだけど、下手すれば何年というレベルで森を彷徨う可能性を覚悟していたので、まさかこうも早く機会が訪れるとは思いもしなかった。
一方のミーアさんも自ら喋るタイプの人では無さそうで、静かに佇んでいた。
「あの・・・・・・ミーアさんは何故このような場所で住んでいるんでしょうか?」
暇になったのか、横に座っていたリリィが自分の太腿部分を枕にして寝始めたので、これを機にと当たり障りない質問をしてみた。
「私もリリィも、外の世界では既に同族が存在しません、私は龍人、彼女は古代獣人エフィ族の末裔です。連邦の方では何かと注目を集めてしまうのです」
聞けば、ミーアさんは龍と人との間に生まれた龍人と呼ばれる希少な種族の末裔なんだそうだ。他にも竜人族という似たような種族がいるそうなんだけど、この世界では龍と竜は明確に違う存在であるそうだ。
一方、横でスヤスヤと眠るリリィは古代獣人族エフィ族の末裔だという、既に隠居生活を始めていたミーアさんが倒れているリリィを発見して保護し、一緒に暮らしているんだという。
「私も元々はこのアオの大樹海を研究する連邦の学者でした。ですが、数少ない同族の者達が亡くなり、生き残りが私一人となったところで色々と問題がありまして・・・・・・」
「問題ですか?」
「えぇ、いわゆる世継ぎですね、龍と竜、違いはありますが近しい存在ではありますので、龍人族の私と竜人族の男性をかけ合わせて絶滅を防ごうとしたのです」
「あぁ・・・・・・」
その言葉だけで、何故ミーアさんがこのような森の奥で住んでいるのかが理解できた。
例え方が悪いけど、ミーアさんは絶滅寸前の希少な動物のようなもので、近縁種である竜人族とかけ合わせてなんとか絶滅を免れようと連邦の人達は考えたみたい。
前世でも似たような事例を思い出した。あの時は確か亀だったハズだけど、ミーアさんは人だ。そこには感情もある。ただ交配すれば良いという問題では済まない。
「そうだったんですね、すみません、変なことを聞いてしまって」
「いえ、随分と昔の事ですし、実害はありませんでしたから、お気になさらず」
ミーアさんはズズッとテーブルに置いてあったお茶を飲み、自分も合わせて飲んでみた。
(あ、美味しい)
アルメヒ前線基地では紅茶のようなタイプが多かったのに対して、ミーアさんから出されたお茶は烏龍茶に近い風味をしていた。
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