第73話 古代獣人族の子

「なーーーう」


 発見した川辺近くにある木の根元に腰をおろし、あぐらを組む。


 拠点から数キロ北上しただけで一帯の景色はガラリと変わり、蛮族じみたゴブリン達は鳴りを潜めて、周囲には動物や獣系のモンスター達が顔を出す。


 そんな場所で、自分のあぐらの上に寝るのはやけにケモ度が高い猫科の獣人の子供だった。


 アルメヒ前線基地で何度か獣人族の人を見たことはあるんだけど、そこに居る人達はフロウゼルさんのような人間族とそこまで見た目が変わらない、ただ人に獣耳と尻尾をつけただけのまるでコスプレをしている感じだった。


 実際、獣人族にも人間要素が大きく出る人と獣要素が大きく出る人が居ることは知っていたんだけど、実際にこうやって獣要素が大きく出る獣人族の子を見るのは初めてだ。


 これらを研究する学者は多いそうで、〈空想図書館〉にもこの人間要素が大きい獣人、獣要素が大きい獣人の違いについて研究された本が幾つか存在する。


「ほれ、ここが気持ちいいのか?」

「んなぁ」


 頭の天辺を軽く撫でれば気持ちよさそうに目を細める獣人族の子、森に住むにしてはやけに目立つオレンジ色の毛並みを持ち、大枠で言えば人間なんだけど全身の体表が毛に覆われ、顔立ちも幾つかのパーツが人よりも動物寄りだ。


 手には人と獣を半分ずつ含んでいるようで、肉球みたいなのはあるんだけど形自体は人の手に近い。


 そして彼?彼女の頭には獣人族なら誰もが持つ獣耳、ただその大きさがそれまで見てきた獣人族の比じゃないほどデカい。


 サイズだけで言えばアルメヒ前線基地に居た獣人族の耳の三倍はあり、その耳の内部もぴょこりと白い毛が飛び出したりしている。


『獣要素を多分に含む獣人は古代獣人族の血を多く受け継いだものだと思われる。事実、人間と獣人が入り混じった結果、これら獣要素を含んだ獣人は減少しつつある』


 そんな仮説を提唱する学者が書いた本を読んだ覚えがあり、獣人族を多く受け入れているエマネス帝国や獣人族の国であるソバネ連邦でもここまでケモ度が高い獣人は珍しいみたい。


「こんな森の中で住んでいるからなのかなぁ・・・・・・」


 アオの大樹海という自然の要塞に守られて、外界からの接触がないこの場所でこの子たちは生活しており、血が入り交じる事無くここまで繋いできたということだろうか


 そんな事を思いながら一瞬、獣人の子の頭を撫でることを止めると気持ちよさそうに寝ていた獣人族の子がどうしたの?と言った様子で見上げてくる。


「あぁごめんごめん」


 その目は明るいオレンジ色の瞳、人よりも眼球自体が大きいようでどこかパッチリとした印象がある。


 んーーーー


「・・・・・・そんなに僕の臭いが気に入ったの?」


 なでなでを再開したことで見上げていた顔は満足そうに自分のお腹に埋めてぐりぐり押してくる。


 そしてすんすんと自分の匂いを嗅いでいるようで、腰の付け根にあるしっぽは満足そうにゆったりと揺れていた。







(何処から来たんだろう、この子)


 ふさふさな毛並みを触りながら、発見した川の周辺を探索中に急に現れた獣人族の子について考える。


 川辺にあった大岩の反対側に居たようで、獣人族の子と初接触したのは手が届きそうなほどの至近距離。


 当然、自分もこの子も森で行動する都合上、当然周囲の警戒は怠らなかったんだけど、川辺には水を求めて動物たちが多くいた事や川のせせらぎで足音がかき消されていたのも急な接敵の要因だと思う。


 自分は勿論、この子も最初お互いを見たときには目を大きく見開くほどの驚きがあったし、何ならこの子は自分よりも先に相手を無力化しようとバネのように跳ねた高い瞬発力を生かして組み伏せてきた。


 見た目は小学生ぐらい、決して大きくない身体にしてはかなりの力の持ち主で、力比べならフロウゼルさんよりも全然強いと思う。


 強襲を受けて自分は獣人族の子に組み伏せられた状態だったんだけど、それを解くのはそう難しくない。


 力には結構自信があったし、不利な体勢を覆すことは至難の技だと思うけど、そこには子供と大人よりも大きな力の差がある。


 ただ強引に解けば怪我をさせてしまう可能性があったし、パッと見ではいま現在襲われているんだけど、その目にはゴブリン達と違い理性が宿った目をしていた。


(攻撃してくるわけじゃないし・・・・・・)


 フーッフーッと息を切らし、若干興奮気味ではあるものの特に噛みついてきたり引っ掻いてきたりする訳じゃない。


 見た感じスキを見て逃走を図ろうとしている様子だった。


 でも折角話が通じそうな人を見つけたので、個人的にはこの子を逃したくない・・・・・・多少身体を痛めてしまうかも知れないけど拘束を振りほどこうかと考えている最中だった。


「んぅ?」


 獣人族の子が組み伏せてくると言うのは当然、お互いがまるで抱き合う様に近づくわけであって。


 この子はまだしも、自分はサバイバル中で碌に水浴びもせずこの場所まで来ている。


 一応、身体を洗わないと全身が痒くなるので水浴び程度はやっているんだけど、巨樹の森で使っているシャンプーのような物は存在しない。


 ・・・・・・つまりは、幾ら水浴びしていても今現在の自分は近づけば臭いがするということ。


「ど、どうした?」


 両手を上から押さえつけていた獣人族の子はその黒い鼻をヒクヒクと動かすと次第に、周囲を探るように嗅ぎ回る。


 その様子はまさに動物と似た行動であり、嗅覚に優れている証拠でもある。


 そして、数秒嗅ぎ回ったあと、この子が探す臭いの発生源が自分だということに気がついたみたい。


「うなぁ・・・・・・」


 先程まで最大級の警戒をしていた獣人族の子は猫にマタタビを与えたかのように、目をトロンとさせて惚けたように擦りついてきた。


「とりあえず警戒は解けたのかな?」


 どうやら獣人族の子は自分の臭いを大層気に入ったようで、何回か身体を擦りつけてきた後、香箱座りで自分のお腹の上で眠り始めたのだった。


 ・・・・・・何故こうなったのかは分からないけど、とりあえず警戒は解けたようで良かったのかな?

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