第68話 エマネス帝国とサラン公国

 アリアが復活してから一週間、それまで家に近寄らずに野宿していた太郎も家に入れるようになった頃、彼女は未だ目覚める様子はない。


 ただ寝ていてもアリアが夢で魘される様子は見て取れるので、目覚めるのも時間の問題だと思うけど、シロは暇があれば寝ているアリアの横で世話をしていた。


 自分も手伝ってはいるんだけど、アリアを甲斐甲斐しく世話をするシロを見ていたら、なんかシロの精神年齢が急激に上がった気がする。


 前線基地の人たちに対してはかなり警戒していたんたけど、アリアは別なのかな?


 変身する際に記憶も読み取っているわけだから、彼女の人となりを知っているからかもしれない。


(やっぱり改築しないとだよなぁ・・・・・・)


 アリアが窓際で眠っており、俺とシロが反対側の暖炉付近で眠る。


 太郎は最近、家の出入り口付近で眠ることが多いので、場所が被る事はあんまりないんだけど、元々の家がこんな大人数で住む為に作られたわけじゃないのでとても狭い。


 人の背丈以上の体格を誇る太郎が居れば尚更だ。


 まだまだ成長中の太郎はこれからもどんどん大きくなるし、家の改築及び建築は必須だと思う。


(でも家の建て方なんて知らないしなぁ)


 向日葵の小屋や研究小屋は作ったことあるんだけど、それも一年近く経てば早々にガタがくる始末。


 使用した建材を特に加工せずそのまま建ててしまったせいか、日が経つにつれて骨組みや張った板が曲がってしまい、所々に隙間が出来ている。


 なので夜になると向日葵の輝きが外へ漏れ出して明るい。


 造形魔法で建てようとも思ったんだけど、大自然の中でコンクリートのような建物は建てたくないと言う気持ちが少しあった。


 地下室とかなら全然いいと思うんだけど、せっかくの大自然だし、木の家を建てたいというのは我儘なのかな?


 少し手狭な感じはするんだけど、まだ直近で困っていないのが大きいかもしれない。


 ただこの森で取れる木材はかなり質が良いと素人目でもわかる。


 昔、自分がまだ村に住んでいた頃、村一番の狩人が建てたこの小屋は黒い木を骨組みに、茶色の木の板を張って石を敷き詰め囲んでいる。


 今でこそ周囲にお花畑が咲いているんだけど、当時は一面は森になっており、カモフラージュという点では凄い出来だった。


 村を追放され、小屋に住み着いてから間もない頃はあまりにも周囲に溶け込んだせいもあって、小屋が何処にあるのかすら分からなかった事がある。


 小屋が建てられて結構年月が経っていると思うんだけど、古ぼけては見えるけど未だに朽ちた様子は無く、むしろ年季によって味が出ていい感じになっている。


 だからこの小屋はそのまま残したいなんて思っているけど、じゃあ全員で住める家を建てる場所を何処にするかと言われたら難しい。


 つまりは何も決まっていないのが現状だった。







「調子はどう?」

「最悪よ、ただ気分は良いわ」


 一週間経過して、意識が戻り上半身を起こして話せるぐらいに回復したアリアの体調は、自分の予想通りかなり悪いようだ。


 実際には一昨日の時点で意識は戻っていたんだけど、先程まで高熱でうなされており、こうやって話せるようになったのは今日の明け方頃。


 下手すればまた黄泉の国へ誘われる可能性すらあった。


 蘇生後に起こった謎の高熱の理由は不明、ただ見様見真似で作った解熱薬を調合して何とか症状を抑えたと言う感じ。


 それらの事もあってか、アリアの顔は何処かやつれた感じがする。


(こうやって見ると、やっぱり似てるな二人共)


 一週間も経って薄っすらと髪の毛が生えてきたアリア。


 髪色はやはりシロと同じアイスブルーの綺麗な髪だ。


 そりゃシロがオリジナルであるアリアをコピーしたんだから当然なんだけど、こうやって見ると顔立ちもそっくりなので、双子の姉妹に見える。


 一日経って顔色も多少戻ってから、余計にそう感じた。


 アリアが目覚めてからは、消化がしやすいように流動食を作って、シロが嬉しそうにアリアに食べさせている。


 そんなシロの表情は花満開といった感じのすっごい笑顔。


 あまりにも嬉しそうに食べようとしてくるので、アリアも何処か照れた様子でシロが口元に運んだ流動食を食べていた。


 一方、俺と太郎はそんなやり取りを部屋の隅で見ている。


 気分は部屋に置いてある観葉植物。


 太郎や向日葵はアリアに対して特に思うことも無いようで、呑気に欠伸をしていているけど、夜や月は若干警戒気味。


 生まれたばかりの子供たちも居るから余計に神経質になっているのかもしれない。


「まさか本当に生き返るなんてね・・・・・・」

「予想外だった?」


 太陽が空高く昇ったお昼すぎ、太郎は森に入りシロは今では日課となっている薬草の手入れに出ている。


 なので手狭な家の中でも、今いるのは本を読んでいる自分とぼーっと窓の外を見ているアリアの二人だけ、どちらも話すことはなく静寂とした時間が過ぎていた。


 そんな中でアリアが呟くように喋り始めた。


「蘇生薬と再生薬は神の薬って呼ばれているけど、過去の文献からそこまで万能な物でもないわ・・・・・・正直生き返れるとは思いもしなかった」

「まぁ、実際シロが居なかったら無理だったと思う」

「あの子、一体何者なのかしらね?神の如き力を持っていながら、まるで幼子の様な無邪気さで接してくるし、調子狂っちゃうわ」


 アリアがなんとなく言いたい事は分かる。


〈黒翅蝗〉の大群を凍らせた始原の魔法もそうだし、今回の蘇生実験でもシロは大活躍をした。


 シロが行った事はまさしく神の如き力であり、永遠に溶けない氷の魔法に魂を操る技。


 あらゆる生物に変身出来る力を持ち、特徴的な銀の瞳は一般的な生き物では無いと思う。


 出会いからして隕石が堕ちたクレーターの中心に居たわけだしね、もしかしたらシロは宇宙人なのかもしれない。


 まさかね。


「シロの事は嫌い?」


 これだけ聞けば、他人にとってシロは不気味な存在なのかもしれない。


 強大な力に自分そっくりに姿を変身できる力。


 シロが特に気に入っている姿が本人であれば尚更かもしれない。


 これに関しては気味悪がっても仕方のないことだと思うし、もしアリアが嫌ならばシロと距離を遠ざける事も吝かではない。


 無理に二人を突き合わせても互いに不幸になる訳だし、こういう事をやるもの自分の役目だと思っていた。


 自分が直接的に聞いたことに対して、多少の驚きの表情をみせつつも、軽く首を横に振り「そんな事はないわ」とアリアは言った。


「不気味・・・・・・だと思う気持ちは少しあるかもしれないけど、助けてくれた人物に対して嫌い、なんて恩知らずでは無いわ、むしろ・・・・・・」

「むしろ?」

「多大な感謝と・・・・・・強い興味の方が勝っているかしらね?」


 基地で話した時に、彼女は何処か学者気質な人物だと思っていたけど、その予想は間違っていなかったみたい。


 未知なる強大な魔法、変身、魂を操る力を持つシロに対して彼女は凄く興味を持っているようだった。


「言っておくけど、私の興味の対象はあなたもよ・・・・・・むしろあの子よりも興味深い存在よ、貴方」

「そうかな?」


 個人的には彼女の琴線に触れるような事をした覚えはないけど・・・・・・シロと違い、サファイアの様な青い瞳でコチラを除いてくるアリアの表情を見る限り、その言葉には嘘が無いようだ。







「それで、体調が安定したらどうするの?」


 話は変わり、彼女の今後について質問する。


 正直言えば、シロの秘密やこの場所を知っている彼女に対して警戒している訳なんだけど、あまり強硬的な対応はしたくないと思っている。


「ここに住まわせて貰う・・・・・・ことは出来ないかしら?」

「ここに?」


 アリアは少し言いにくそうに答える。彼女の提案は秘密を護るという意味では個人的にありがたいんだけど・・・・・・


「基地の人達はどうするの?故郷の事だってあるだろうし」


〈黒翅蝗〉の件から半年が経ち、その間に自分なりに彼女の情報を集めていた。


 といっても、言語の壁があるので情報元は限られてくるんだけど、それらをまとめると彼女は一国の王女様のようなものだ。


 正しくはサラン公国と呼ばれる国の公女様になる。


 彼女は一国の君主の娘であり、公位継承権こそ低いものの立派な後継ぎの一人でもある。


 更にその美しい顔立ちや希少な回復魔法の使い手ともあって、アリアは〈エマネスの大盾〉と呼ばれたフロウゼルさんに追随するほどの有名人だ。


 近隣諸国で彼女を知っている人達は、アリアのことを〈サランの聖女〉と呼ぶらしい。


 そんな重要人物が国へ帰らないと言うのは正直不味いと思う。


 ただえさえシロの一件で、フロウゼルさんらに動いてもらってその一見を揉み消して貰ったので、これ以上隠し事をしたくないというのもある。


「私、何故調査隊に入ったか分かる?」

「それは、未知を調べるためじゃないのかな?」


 唐突に聞いてきた彼女の質問に対して、俺は思ったことを素直に答える。


 学者気質である彼女にとって、この場所は正しく羨望の地になるんだと思う。


 貴重な薬草から鉱石、山の方には聖遺物が眠っていると聞けば誰もが気になるはずだ。


 そう思い、アリアに聞いたら「確かにそれもあるけど・・・・・・」と、言葉を一旦区切り、まるで懺悔するかのように話し始めた。


「私、本国に戻ったら帝国へ嫁ぐことになるの、現皇帝の側室としてね」

「帝国ってフロウゼルさんの所の?」

「えぇ、数年前に終結した大戦において帝国からは多大な支援を貰ったからその見返りと今後も懇意にして貰う貢物としてね、60歳過ぎの人の所によ?冗談じゃないわ」


 アリアの祖国であるサラン公国は、エマネス帝国と隣接していて過去に戦争をしていたそうだ。


 当時はエマネス帝国の敵国であるコーヴィス聖王国と挟む形で戦っていたそうだけど、サラン公国は一地方の小国。


 例え戦線の殆どをコーヴィス聖王国が担っていたとしても、大陸有数のエマネス帝国相手に敵うわけがなく、サラン公国の主要都市が幾つか陥落した時点で降伏したそうだ。


 その際、サラン公国はエマネス帝国に組み込まれる可能性もあったそうなんだけど、未だ東側には強大なコーヴィス聖王国と激しい戦闘が繰り広げられており。


 強引に組み込めば、内憂外患の危険な状態となるのでエマネス帝国はサラン公国を属国化という形にしたそうだ。


 その際に、エマネス帝国の皇族の身分から離脱した傍系貴族にサラン公爵家の娘が嫁ぎ、血縁関係を結ぶことになり大戦が終わった今でもその関係は続いている。


「嫁ぐのが嫌だから調査隊に入ったってこと?」

「理由の半分がそうよ、残りの半分はやはり好奇心といった所ね・・・・・・まぁ、そのせいで一度死んじゃったんだけど」


 嫁ぐのが嫌で辺境の地にやって来たのに、死んでしまったら元も子もないわと自虐気味で話すアリア。


 50近くも年上の異性と結婚する。言葉にするのは簡単だけど、実際自分の身に降り注いできたらどう思うだろうか?


 その人が好きだったら年齢差なんて関係ないと思うけど、顔も見たこと無い人物だとしたら?


 この手の政略結婚話って数多くあると思うけど、自分がもしその対象になったら嫌だと思う。


 本来ならこの話は逃げることの出来ない不幸話として終わるんだろうけど、幸いにもアリアには逃げる事の出来る言い訳があった。


 アルメヒ調査隊への参加、A級冒険者よりも更に希少で優秀な回復術師であるアリアの調査隊への参加は、サラン公国がエマネス帝国に対する誠意として立派な物だ。


 エマネス帝国が盟主とする黒の陣営に自国の姫を参加させるとなれば、叛意は無いと見なされるし、一度結ぶと関係解消が難しい婚姻よりは良いだろうと両陣営が考えた結果、アリアがアルメヒ調査隊に参加する事になったそうだ。


 ただそんな中で黒の陣営の調査隊が壊滅するという事件が起こってしまった。


 その一件で彼女が死んでしまったというのは、両陣営にとって青天の霹靂だったのだろう。


「私が死んだことは本国に伝えられているわ、大っぴらに発表はされてないでしょうけどね」


 影響力のある自国の姫が亡くなったという知らせはいきなり大衆へ知らせれば混乱が起きるのは必定。


 なので内々では知られているけども、多くの人はまだ〈サランの聖女〉が亡くなったことを知らないそうだ。


 ただサラン公国の上層部の人からすれば、アリアは死んでくれたほうが都合がいい・・・・・・とのことらしい。


 サラン公国がエマネス帝国に叛意を持っている訳じゃなく、アリアが生きています・・・・・・となって、本国に送還されればどのみち彼女は帝国へ嫁ぐ事になり、サラン公国はより一層属国化は進む。


 アリアを調査隊へ参加させた時点でエマネス帝国に誠意は見せており、実は生きていますとなってもメリットは無いし、この一件でエマネス帝国に対して譲歩を引き出せる可能性もある。


 サラン公国の人達はそう思っているそうだ。


「それじゃフロウゼルさんはどう伝えているんだろう?」

「そこなのよ、私はあの人の考えが分からないわ・・・・・・」


 困った。と言った様子で小さく息を吐くアリアの悩みの種はそこだそうだ。


 サラン公国の人達がアリアが亡くなっていた方が良いと言うのはわかった。


 ただエマネス帝国側で、黒の陣営の最高司令官であるフロウゼルさんはどう思っているのだろうか?


 アリアはそこが気になっているそうだ。


「この前、基地に行ったらアリアは死んだということになっていたけど・・・・・・」

「約束が反故されていなければそうなるのでしょうけど、あの人にとって本国に伝えない理由が分からないわ」


 フロウゼルさんからしてみればサラン公国との結びつきが強くなるのは歓迎すべき事だと思う。


 少なくとも、今回は皇帝の側室というのが大きくて、まさにエマネス帝国とサラン公国の力関係を表している。


 だからアリアが復活した・・・・・・という報告はするべきなんだろうけど、フロウゼルさんはそれ情報を基地の中に押し留めて情報統制を敷いた。


「・・・・・・事実として情報はあの人によって抑えられて都合が良い様に事が進んでいるわ、正直今更何かが出来るわけでもないし、今考えても仕方のないことかもしれないわね」


 そうアリアは締めくくり、気分を変えようと他愛もない話を始めた。












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