第二章

第67話 聖女の復活

 人体錬成において、人間の体は水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏―――――――なんて、複雑な材料が必要なわけじゃなく、カルッサ草と呼ばれる希少な薬草の球根をすり潰し、搾り取った汁で出来た液体、〈再生薬〉のでそれら人体の元となる部分を賄うことが出来る。


 一株のカルッサ球根から取れる液体は大体小瓶一つ分、これを適切な濃度で希釈して〈再生薬〉が完成する。


 ゴリゴリと、造形魔法で作られた巨大なすり鉢を使い、シロと一緒に共同作業で先日収穫を迎えた新鮮なカルッサ球根をすり潰していく。


 ジーンと鼻に残る強烈な臭いが辺りに充満し、周囲には俺とシロしか居ない。


 鼻の良い太郎はいち早く狩りに出かけてその場から退散した。


 ワン、ワンワン!!


 同じく優れた嗅覚を持つ狼種の夜も何事だ!と言った様子で勇ましく吠えているが、流石の臭いに押され自分やシロの近くまではやってこない。


 それでも家族を放置しては置けないのか、異臭漂う研究スペースで己が耐えられるギリギリの場所まで近づいて俺とシロに対して避難を促すように吠える辺り、何処か愛くるしさを感じる。


「夜、大丈夫だよ・・・・・・ほら、子供たちの世話をしてあげなさい」


 つい先日、4児の母となった月は少し立派になった厩舎の中で育児に励んでいた。


 俺やシロが近づいても特に吠えたりすることは無いんだけど、余り子育てに干渉すぎるのも良くない、と思い遠くから見るだけになっている。


 その一方で父親となった夜は、何処か自覚が無いというか・・・・・・むしろ月が生まれた赤子達を構っているせいもあってか、自分の元に良く遊びに来ていた。


 夜も身体が大きくなりその結果なのか、最近の流行りは自分を乗せて散歩することらしい。


「ふぅ、とりあえず予定の量は集まったかな?準備は良いかな?」

「ん!」


 行けるよ!と言った様子で大量の〈再生薬〉が入った容器を研究小屋から持ってくるシロ、そこに出来たばかりの〈再生薬〉を入れて大体浴槽の1.5杯分の量が集まった。


「やっぱり人体錬成ってなると量が必要だよなぁ」


 比較的作物の成長速度が早い巨樹の森の拠点内でも〈蘇生薬〉の原料のププ草と〈再生薬〉の原料であるカルッサ草は取り分けて成長スピードが遅い。


 植えてから収穫まで約一週間、普通に考えればかなり早い成長スピードなんだけど、一般的な作物が植えてから数十秒で芽が出ることを考えれば大分遅い。


 なのでププ草とカルッサ草を栽培する面積を増やし、念のため土を休ませながら育てている。


 そして大人がすっぽりと入れる程の大きさの容器を造形魔法で作り、そこに〈再生薬〉の液体を流し込んでいく。


(うん、やはり造形魔法は便利だ)


 滑らかな表面をした硬いコンクリートのような物体を作れる造形魔法。


 これはアルメヒ前線基地の外壁建設にも使われ、この世界では広く普及している魔法の一つだそうだ。


 ただ造形魔法は土と水を消費するので、水は魔法で賄うにしても土は他から持ってこないといけない。


 しかし拠点周りの土を使ってしまうと穴だらけになってしまうので、近辺で土を採取する場所を決めてそこから造形魔法用に持ってきている。


(まさか土から鉱物が沢山出てくるとは思わなかったけど・・・・・・)


 拠点近くから離れて、良質な土が採取できる川周辺を掘っていたら色鮮やかな鉱物がたくさん取れたのは予想外だった。


 ただ今はアリアの復活研究が最優先なので、一応希少な鉱石は別で保管している。


 閑話休題・・・・・・







「よし、じゃあシロ頼めるか?」

「ん」


 俺がシロに頼むと、シロは指先をナイフで浅く切って〈再生薬〉が入った再生槽に血を垂らす。


 するとシロが垂らした血液の雫を中心に泡立ち、その姿は何処かメロンソーダの様なイメージを思い浮かべる。


 激しく泡立ち、強烈な反応を示す再生槽を注意深く観察しながら、アルメヒ前線基地で貰った白い用紙とペンを取り出し記録していく。


「うん、濃度15%で一番反応が激しいね、やっぱり保存する際も密封状態にしたのも正解だったか」


 復活研究を初めて半年、これまでにないほど手応えを感じている。


 といってもマトモな実験記録を取るのはつい先日からなんだけど。


 ぶっちゃけ、〈再生薬〉の保管技術だったり、調合や濃度調整が鬼のように難しく、精度もあんまりよろしくない。


 本があるからと言ってすぐ作れる訳でもないし、正直実験道具を作る事が一番大変だった。


 一部はフロウゼルさんから鍛冶師を紹介してもらって作った物もあるし・・・・・・


〈空想図書館〉に存在する〈再生薬〉の研究資料も少ないし、その大半が腕や足といった欠損した部位を再生させるのがほとんどで。


 一番大きい事例で下半身の全再生で、この事例に関してはそのかかった莫大な費用についての方が多く書かれている始末だ。


(っていうか、あれで国が傾いたって話だけど、大丈夫なのかな?こんな豪快に使って)


 時の権力者が戦死した息子を復活させるために下半身を再生させ、〈蘇生薬〉まで使用したというお話。


 愛する我が子のために莫大な費用を投じて行われたんだけど、結果として息子は復活せず。ただ国を傾けるだけの歳費が嵩んだというオチだ。


 どうも理由としては肝心な〈蘇生薬〉が死後三日以上経つと蘇生出来なくなるようで、主な理由として遺体に残る魂が天界へと誘われるからだと言う話だ。


 ただこれは仮説に過ぎず。どうも個人差もあるみたい。


 総じて遺体の破損が大きいと〈蘇生薬〉の猶予時間が短くなり、逆に病死とかの場合は、死後一週間近く経った後でも蘇生出来た事例もあったそうだ。


 なので一から身体を作り直し、復活させるというのは思っていた以上に難しい案件で、今までに使われたカルッサ草の量も凄いことになっている。


 下手すれば国家予算数百年分とか平気でありそうだ。


 正直、今回の実験はシロがアリアの魂を引っ張ってこないと前提が破綻する。


 なので今回の研究の要であるシロに聞いてみたところ、多分出来ると思う・・・・・・とひどく曖昧な答えが帰ってきたが、シロ自身、遺跡事件で人格が変わるとは思っても居なかったようだ。


 ただシロの瞳には魂が映っているようで、基本的には放置しているが今俺やシロの周りにも漂っているらしい。


 なのでこうやって・・・・・・とシロは空中に漂う何かを掴み、食料になる予定の、動物の死体にその何かを突っ込んだ。


「あ」


 シロがその動物の死体を最初に再生させていたので、やりたいことは分かっていたけど生き返った動物はそのまま立ち上がり逃げていった。


 多分だけど、動物を狩ってきたのは太郎なので俺とシロは後で怒られると思う。


 とりあえず先の話は置いといて、シロの感覚的な話では空中に漂う魂を身体に突っ込めば生き返るということ。


 ただ時間が経つと魂はどこか遠くへ行ってしまうので、復活に時間がかかる場合はちゃんと管理して置かなければならない。


〈蘇生薬〉は亡くなった身体の持ち主の魂を引き寄せる性質があるようで、時間が経つと蘇生出来なくなるのは蘇生薬が引き寄せれない程、魂が何処か遠くへ行ってしまうからだそうだ。


 極論的に言えばどんな生物であっても、身体を用意して世界の何処かで漂っている本人の魂をシロが持って来れば誰でも生き返らせることは可能みたい。


(魂を管理か・・・・・・本当に神様みたいな能力だな・・・・・・シロの力って)


 身体の錬成によって減ってきた再生槽の液体を補充しながら、何やら空中をぼんやりと眺めるシロを見る。


 多分、今もアリアの魂と会話でもしているのだろうか?


 シロは様々な生物の姿や能力を模倣出来て、しかもその記憶や経験といった物を読み取ることが出来る。


 ただそれは魂を管理する能力の一端だと思えば少しは納得がいくが、そうなれば正しく神の権能に近いだろう。









「おぉ、本当に出来ちゃった」

「ん!」


 再生槽に入っているのは全身がやせ細ったガリガリの白い肌の人体。


 まだ髪も生えておらず。骨が浮き上がった酷い状態ではあるけど、全身を皮膚で覆いちゃんと人の形をしている。


 プスリ


 俺は腕や足に注射針を刺し、そこに再生槽に入れた液体とはまた違った濃度の〈再生薬〉を点滴をするように注入する。


 ちなみにこの注射針はアルメヒ前線基地の人に作ってもらった特注品だ。


「そっちはどうかな?」

「ん」


 大丈夫、といった様子でシロはその十本の指を電源コードのように伸ばし、アリアの頭の部分に突き刺していた。


 アリアの身体と同化したと言ったほうが正しいだろうか?


 シロが指を突き刺した部分から血は出ておらず、チューブのように〈再生薬〉が流し込まれている。


「ほら、シロ」


 俺は体内へ注入する用の〈再生薬〉をシロに飲まして、シロはシロはその飲んだ再生薬を脳へ注入する。


(これ、シロが居なかったら絶対ムリだったよね?)


 錬成されたばかりの脆い骨とは言え、今の技術力で人体の頭蓋骨をかち割り、脳へ直接薬を注入できるとは思えない。


 今現在、心臓も動いていないので血管を通して循環させることも難しい、なのでこの復活研究はシロが居る前提で行われている。


 ただシロが飲んでいる〈再生薬〉はすっごく不味い。


 基本的に臭いがきつい薬草をすり潰した液体なので、口に広がる青臭さが刺激臭にランクアップして喉に残るような感じだ。


 良薬口に苦し、なんて言うけど良薬過ぎて苦すぎる・・・・・・それが〈再生薬〉の味だった。


「・・・・・・大丈夫?」

「ン!」


 多分、シロは俺や太郎と味覚的な物は変わらないと思う。


 美味しいものを食べれば幸せそうな顔をするし、微妙な物を食べれば眉をひそめる。


 基本的に好き嫌いは無くていい子なんだけど、流石に〈再生薬〉をのみ続けるのは最早拷問に近い。


 そう思ってしまうが、元々〈再生薬〉は飲み薬じゃないので不味いなんて言うのはお門違いだ。


 念のためにシロに声をかけるけど、問題は無いと力強く頷くのでこのまま続行する。


 最初の時みたいに劇的な変化は無いけど、まるで風船が膨らんでいくかのように、アリアの身体は徐々に丸みを帯びてきて健康的な体つきになっていく。


 まだ髪の毛が生えきっていないのでマネキンの様な格好だけど、その体つきはやはりシロに似ている。


(血液の一滴から出来たんだよな・・・・・・)


 最初研究を始めるときはシロがいきなり片腕のぶった切って再生槽に入れようとしたので、流石に止めた。


 確かに腕からやったほうが良いんだろうけど、家族がいきなり片腕を切り落とすなんて下手なホラーよりも怖い。


 なので素体となる血液を垂らしてもらい、そこから人体錬成を始めたんだけど、まさか見事に出来るとは思いもしなかった。


 流石神の薬の一つと呼ばれるだけある。再生槽に入っていた液体は大分減っちゃったけど、丸ごと人体が出来るのは流石というべきか。


 残りの仕上げはシロが行っており、触手?のような物をアリアの口の中に突っ込んで内蔵部分も見ているようだ。


 うーん、と唸るように内臓を調べているようで、なんとなく子供に見せてはいけない光景な気がする。


 美少女が白いマネキンを触手プレイするってどういうシチュエーションなんだろう?


「ン!」


 そんな自分の邪念を終わらせるように、シロはあらかたアリアの身体を調べ終わって触手を引っこ抜いた。


 シロ的には今のアリアの身体の状態は花丸みたいだ。


「シロ、一応蘇生薬もあるよ」


 シロが身体を調べている間に用意していた〈蘇生薬〉、魂を呼び寄せると言われるこの薬が実際に必要なのかは分からない。


 ぶっちゃけシロがその上位の力を使えるので、念のために用意した形だ。


「ん~?」


 アリアの人体が完成し、再生槽の横に立つシロは何もない空中で何かを探すように手を動かす。


 アリアの魂を探しているのかな?


 寝起きでメガネを探している人みたい。


 そんな事を思いつつシロを見ていると、アリアの魂を見つけたのか目をカッと開き、空中に存在するであろうアリアの魂を手で掴み、そのまま勢いよく口に突っ込んだ。


 食料となる予定だった動物を復活させた時も思ったけど、やることが豪快だなぁ・・・・・・






 魂を入れたその直後に、心臓は鼓動を始めて動いたり止まったりするハプニングはあったものの、抜けかけそうなアリアの魂をシロが必死に止めていてくれたお陰もあり、今は容態が安定している。


 アリアを再生槽から出して、今は家に運び寝かせている。


 その呼吸はまるで眠っているかのようで、3時間前に血液一滴から作られた身体とは思えない。


(やってしまった感があるけど、後の祭りだよなぁ)


 人体錬成から亡くなった人の復活って、あまり良くないイメージがあるし、この研究が他の人にバレたら俺とシロがどうなるか分からない。


 実際は太郎が居るし、この森を越えてくる人なんて早々居ないと思うけどアルメヒ前線基地には居られないだろうなと思う。


 ただ寝ているアリアの横で目覚めを待つシロを見ているに、やって良かったとは思う。


 俺はアリアとの約束や、今後何かあった時のために研究をしていたんだけど、シロは純粋にアリアと会いたいようだ。


 シロの様子を見れば、結果的にはやって良かったとは思う。


 ただシロがアリアを気に入っている理由ってなんだろう?


 元からアリアの姿を好んで変身していたし、何処か気が会うのかな?


 アリア自身もシロに対してそこまで気を悪くしていなかったし。


 そんな事を考えていると・・・・・・


 ワン!―――


「あ、太郎だ」

「ん」


 空も赤くなり、夕焼けに差し掛かる頃。


 狩りに出かけていた太郎が戻ってきたようだ。


 出迎えようとシロと一緒に家から出たんだけど、肝心の太郎は拠点の敷地内のギリギリの場所で吠えていた。


「何しているんだ?」

「ん?」


 何やっているだろう?と思い、太郎の方へ向かうと俺とシロが一歩進めば太郎は一歩下がる。


 逆に一歩戻れば太郎は一歩進む。


 近づかないでくれ、と言わんばかりの動きだ。


 おかしい、何時もなら目にも留まらぬ速さでやって来てもふられにくるのに・・・・・・


「シロ、俺たちまだ臭うかな?」

「ん?」


 いや、そんなことないよ?と言った様子で、俺とシロは互いに付着したと思われる再生薬の臭いを嗅ぐけど、特に臭いはしないはず。


 ただ太郎も厩舎に居た夜も吠えて近づいてこない辺り、まだ俺とシロは臭いが残っているみたいだ。





 ちなみに、太郎はこの後三日間は家に入らなかった。

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