第63話 サラン公国の聖女
シロが放った銀の風は空を覆い尽くすほどのイナゴ達の殆どを凍りつかせた。
ただそれでもシロの魔法の範囲外に居たイナゴが何匹か存在し、黒の陣営やその他基地に残っていた冒険者達総出でイナゴの残党の討伐に乗り出している。
強いのは間違いないが、イナゴ達は決して倒せないレベルではなく真の脅威はその圧倒的物量だということ。
その脅威がシロによって払われた結果、俺や異変が起きているシロが出払わなくても調査隊の人達で対処が可能みたいだ。
では俺とシロが今どうしているかというと・・・・・・
「君はシロ?でいいのかな?」
遺跡へ出発する前にフロウゼルさんから貰ったアルメヒ前線基地の拠点となる家。
自分が居ない間に家具や調度品が持ち運ばれていて、上品かつ落ち着いた雰囲気の内装になっている。
『シロ・・・・・・でもあり、また違う存在でもある・・・・・・ってところかな?』
一階のリビングとなる場所で豪華な作りのソファーに腰を下ろし、勿体ぶるように、指先を下顎に当てた可愛らしい仕草で話す女性は、青と銀の瞳を持った人型シロのオリジナルと思われる女性。
シロの人格は今、フロウゼルさんが言っていたアリア、という女性なんだと思う。
「最初に言わせてほしい・・・・・・助けてくれてありがとう」
『あら、意外な答え、私としてはシロはどうなった!?って声を荒らげてくると思っていたんだけど』
俺の第一声が意外だったのか、目を真ん丸にしてこちらを見てくる。
その目はシロと同じ銀の瞳と、サファイアのような透き通った青色の綺麗な瞳をしている。
顔立ちは人の姿のシロと全くの一緒なんだけど、幼気のあるシロと違い今俺の目の前に居るのは何処か大人びた雰囲気のある少女だった。
その立ち振舞は何処かフロウゼルさんに似た高貴さがあって、自分が使う古代魔法言語も使えていることから学問にも精通している人なんだと思う。
「シロがどうなったのかは気になる。ただシロは必ず戻ってくるって信じているから」
自分がそう言うとアリアはその青と銀の目でじーっと見つめて、はぁとため息をついたかと思えば、至極つまらなさそうな様子で話し始めた。
『あなたの従魔は大丈夫よ、今は先程の魔法を使用して疲れているみたいだけど、半刻もすれば戻るはずよ』
半刻、となれば大体一時間ぐらいか・・・・・・シロが戻ってくると信じていても、こうやって無事なことを聞けばほっと安心できる。
「じゃあ、君はどうなるの?」
『分からないわ、私は既に死んだ存在なんだもの、このまま再び天に召されるのか、また貴方の従魔に呼び戻されるのか・・・・・・それはあなたの従魔によるわ』
「・・・・・・君はそれでいいの?」
『どうにもならないわ、それこそ今この状況でさえ神の御業の様なものでしょうし』
彼女が諦めに似た表情で語るその姿は、先程の絶望的な状況を眺めていたフロウゼルさんに似ている。
『でも・・・・・・貴方が持つ神の薬とシロが居れば復活出来るかもしれないわね』
「ッ!?、知っているの!?」
俺が巨樹の森の拠点に保管してある復活薬を彼女は知っているようだった。
『意識が復活してから、貴方の従魔の記憶が私の頭の中へ一気に流れてきたのよ、随分と面白いことをしているみたいね』
「そ、そうかな?」
『そうなのよ、時代によっては焚書となるはずの本ですら異空間から取り出して、まるで子供が絵本を読むように禁書や封印指定の魔術本を読んでいるのよ?魔法士として羨ましい限りだわ』
彼女が言うには魔法士とは主に失伝した魔法を復活させたり、新たな魔法を創り出す人のことを指すようだ。
他にも考古学者の一面もあって、魔法を学ぶということはすなわち歴史を学ぶことらしい。
「じゃあフロウゼルさんとかは?」
『あの人は魔法使いよ、ただ魔法を使うだけでそれ以上に価値を見出していないわ』
魔法士と魔法使いは全くの別物、幾ら優れた魔法を使えるフロウゼルさんであってもアリアから言わせてみれば彼女は魔法士では無いそうだ。
『じゃあこうしましょ――――今回の騒ぎを私が鎮めてあげるから、その代わりに私を復活させて頂戴?』
「騒ぎを?」
『貴方も貴方の従魔も今回基地の皆を・・・・・・いえ、世界を救った訳だけど、だからといって全てがハッピーエンドで終わる訳じゃないわ』
「・・・・・・」
明言こそしなかったけど、彼女が言いたいことは何となく分かった。
シロは身を挺して自分や基地の人達を助けてくれた訳なんだけど、彼女が言うように、シロが人の姿に変身してアリアの姿を晒したことによって周囲は凄く混乱した。
喜び半分、戸惑い半分といった複雑な感じだ。
今は基地内が酷く混乱していることや、黒いイナゴの残党狩りをしているだけで状況としては問題を先送りにしている事に近い。
シロが黒いイナゴを凍らして、落ち着きを取り戻した直後の様子を見る限り、彼女はフロウゼルさんと同じ様に貴族かそれに準ずる家格の高い家の出だと思う。
大柄な男性が真っ先にシロの下までやって来て涙を流しながら敬服していたのも印象に残っている。
実際はシロは変身できるスライムで、その姿は彼女が持っていた〈白夜之聖杖〉に付着していた彼女の血から接種し姿を模倣した訳なんだけど、人によっては不敬として感じ取られかねない行為だ。
他に、血やその遺伝子情報を得ることによって様々な姿に変身できるシロの存在は、喉から手が出る程欲しい人も居るだろうし。
シロがアリアの姿をしていた事について批判されたら、俺は言い返せるほどの説得材料を持っていない。
この基地を救ったんだから全員俺の言うことを聞け、は暴論だし自分自身やりたくない。
少なくとも俺がこの基地を救ったわけじゃないけど、シロを護るためなら最悪の場合この基地の人達と敵対することを辞さないつもりだ。
『貴方、色々考えている時にでるその顔、結構表情に出てるわよ?』
「えっ、ほんと?」
『えぇ、本当』
そうなのか・・・・・・だったら基地へ初めてやって来た時とかも結構顔でバレていたのかな?
『少なくとも、司令官がフロウゼルさんでいる限り、貴方と敵対する様な事は絶対にしないはずよ、私が動かなくても彼女がもみ消すんじゃないかしら?』
そうなのかな?フロウゼルさんには結構良くしてもらっている自覚はあるけど・・・・・・
ただ今回は事が事なのでどうなんだろう?下手に俺を庇ってフロウゼルさんが不利な状況になったら困る。
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