第62話 青と銀の瞳を持つ少女
「これは・・・・・・」
これは無理だ。アルメヒ前線基地まで走り、後ろから調査隊を追ってくる様に迫りくる脅威を見てそう感じた。
遺跡の方角にはまるで火山から噴煙が立ち昇るように、黒いイナゴが絶え間なく空へ広がっている。
一瞬、無規則に広がっているように見えるけど、イナゴ達は辺りを旋回しながら周囲を漂い、その殆どがアルメヒ前線基地へと向かってきている。
どうして基地へ向かってきているんだろう?
理由は分からないけど、明確な理由を持って黒いイナゴ達はアルメヒ前線基地に向けて向かってきていた。
イナゴ達は何かを感じ取っている?明らかにこちらへ向かって飛んでくるイナゴの大群、その光景はまさに世界の終焉のようだ。
「これは・・・・・・とんでもない物を復活させてしまったのかもね」
「フロウゼルさん・・・・・・」
遺跡から基地周辺までの長い距離を走った隊員の方達は疲労困憊と言った様子でその場で座り込む。
自分の隣に並んでいるフロウゼルさんも肩で息をする様に、呼吸が荒く何処か苦しそうだった。
彼女の凛々しい横顔は何処か諦めにも似た感情が見て取れた。
「私はね、国でも数少ない戦術級魔法使いって言われているんだ」
「戦術級魔法使いですか?」
俺フロウゼルさんが喋った言葉を繰り返すように聞き返せば、彼女はうん、と軽く頷き続きを話してくれる。
「戦術級魔法とは一般的な大規模魔法の更に上に位置する魔法だよ、私が使える戦術級魔法〈火砕〉は一度で数百から数千の敵を葬れる魔法なんだ」
「凄い魔法ですね・・・・・・でも」
それでは目の前に広がるイナゴ達を全滅させるには至らない。
ソラ自身、火力の高い魔法を覚えては居るが強大なモンスターとの戦闘を想定していた為、どれも範囲が狭くこの状況では使えない。
「シロ、どうしたんだい?」
「んぅ・・・・・・」
建設途中のアルメヒ前線基地外縁街・北区、周囲には未だ建設途中の建物や資材が放置されており、そこに腰をかける形でイナゴの大群を眺めていた。
この状況、どうすることも出来ないし基地へ入った所で死期が若干遠のくだけなのだと思う。
やはりと言うか、様々な冒険をしてきた調査隊の人達は何処か達観した様子で苛立つ訳でもなく、騒ぐわけでもなく、ただジッと遺跡の方角を眺めていた。
これでいいのか?
何か出来るのではないか?
そう思ったけど、この状況を打開する術を俺は持たない。
一対一ならと思わなく無いけど、そんな都合よく黒いイナゴ達が襲ってくるわけもなく、こういう時頼りになる太郎もいない。
ただ、俺の周囲を取り囲むようにシロ、夜、月の三匹が目の前の脅威に対して警戒している。
強いな、シロ達は・・・・・・
俺や調査隊の人達は、みんな既に半ば諦めた様子でその場に立ち尽くしているんだけど、シロや夜、月の三匹の目には諦めの感情が無かった。
「ん」
「どうしたんだい?シロ」
イナゴ達がアルメヒ前線基地に近づきつつあり、それに合わせて周囲も段々と暗くなり始めた頃、周囲を警戒していたシロが俺の目の前に立ち、手先をペロペロと舐める。
それはまるで、俺に対し事前に謝るかのような雰囲気を感じる。
「!?、シロ・・・・・・どうして!」
「君は・・・・・・」
俺とシロの間で束の間の交流が終わると、シロはその影狼の姿を変身させ、人の姿の状態になる。
変身する際、シロはその身体が輝くので俺の横で傍観していたフロウゼルさんもシロの異変に気が付き、人の姿に変身したシロを見て驚いた様子を見せる。
「・・・・・・何故?いや、今ここでそんな話は止めておこう」
フロウゼルさんだってシロについて問いただしたいと思っているんだろうけど気持ちを切り替えるように止めた。俺も何故シロがこの状況で人の姿に変身したのか問いただしたい気持ちがあるけどこの場においてそんな話をしている暇は無いんだろう。
ただ、シロは困らせるような事を決してしない優しい子だということを分かっている。
『大丈夫、私がなんとかするから』
「えっ?」
水色の生地に白の宝石が散りばめられた華やかなドレスを着たシロは何処かのお姫様といった雰囲気がある。
シロの目はドレスや髪に似た青と銀の瞳を持つオッドアイ。
・・・・・・青色の瞳?
「君は誰?」
『それは後で説明する・・・・・・今はこの状況をなんとかしないと』
シロは基本的に銀の瞳を持つ。
意識すれば瞳の色も変えられるんだけど、それには相当な労力が必要な様で、基本的にシロは銀の瞳をしている。
そんな中で今変身したシロは右目が銀、左目が青の瞳の色をしていた。
そしてシロは今、俺と会話を交わしている。
んかンでしか感情を表せなかったんだけど、今のシロは流暢な古代魔法言語を使い、声質も何時もと違うような気がする。
なんとなく、耳に残る不思議な声だ。
「凄いな、アリアに似た彼女は」
「僕もシロがあんな魔法を使えるとは思っても居ませんでした」
シロはフロウゼルさんがアリア、と呼んだ人物の姿で調査隊の人たちが休む通路を歩き、黒いイナゴの大群に相対する。
既に周囲の空はそれらイナゴ達に覆われ、辺りは薄暗く、不気味だ。
イナゴ達の羽音が一斉に鳴り響き、それがまるで轟音の様に聞こえる。
俺とフロウゼルさん、夜に月が魔法陣を展開したシロをジッと見つめる。
シロが展開した魔法陣は上空の彼方まで広がり、彼女を中心とした全方位に広がってり、周囲に冷気が立ち込める。
魔法陣は俺やフロウゼルさんどころか、アルメヒ前線基地すらも覆い、何処か幻想的な光景にすら見えるシロの魔法陣をフロウゼルさんは何処か諦めに似た笑い声で見ていた。
シロの放った魔法は、その幻想的な光景を生み出した魔法陣の割りには至ってシンプルな魔法だった。
シロを起点として扇状に広がるように銀の風が吹き上がり、相対するイナゴ達に吹き付ける。
微かに残る日差しが乱反射して、キラキラと輝く銀の風は暗闇を切り裂くようにイナゴの大群に接触し、次の瞬間、銀の風が通り抜け、そのままボトリと一瞬にして凍ったイナゴ達が大地へ墜落する。
巨大な雹が硬い地面に接触し、砕けるように墜落したイナゴ達は粉々に砕け散る。
空を覆っていた暗闇はまるでドミノが崩れるように一瞬にして崩れ落ち、イナゴ達によって遮られていた太陽の日差しが燦々と周囲に降り注ぐ。
赤焼けた日差しが巨大なアルメヒ前線基地を照りつけていた。
「これは、戦略級の氷魔法か?いや、それにしても規模が大きすぎる」
闇を切り裂いた銀の風はそのまま遺跡方面へと吹き荒れ、周囲を瞬時に凍らせた。
神の地の季節はそろそろ夏を迎え、木々も青々としており深緑が美しい時期だ。
しかし、銀の風が通った場所は、凍てつく大地となって一面が銀世界へと変貌した。
その境目ははっきりとしており、銀と緑の境目が分かるほどだ。
「シロ・・・・・・大丈夫?」
『えぇ、大丈夫よ・・・・・・ただ今は私に話を合わせて頂戴』
神話に語り継がれるような強力な魔法を使ったシロ?は何処か気怠げな様子だ。
それでもシロはしっかりとした足取りで、こちらへ向かい両手で俺の手を包み込んだ。
「話を合わせる?」
『えぇ、これから一騒動起きるでしょ?この姿を晒しちゃった訳だし』
「あ、確かに・・・・・・」
フロウゼルさんが聞いてこなかったから、シロの大魔法を見て考えが消えていたけど、今シロが変身している姿はこの調査隊だった人物の姿だ。
闇が晴れ、未だ何が起こったのか分かっていない様子の人達が多いんだけど、その中には明らかにシロの姿を見て驚いている人達が居る。
その中には驚愕が大半なんだけど、一部の人達はシロの姿を見て泣いていた。
それほど、重要な人だったのかな?
『paoy831;nlkna!!』
シロは俺の目を見て意を決した様子で小さく頷くと、その場を振り向き、知らない言葉で高らかに話し始めた。
その言葉に対して調査隊の誰もが驚き、真剣な様子で聞いた後、全員が目を見開き驚愕の様子で驚きの声を挙げる。
シロは調査隊の人達に一体何を言ったんだろう・・・・・・
シロの話を聞いて明らかに動揺した様子が見て取れるんだけど、この場においてエマネス帝国の言葉を話せない俺に出来ることはない。
ただ俺はシロの言った通りに合わせるだけだ。
ただひたすら貼り付けるように笑みを浮かべ、やたら身体をくっつけてくるシロに対して俺は言われた通りにシロの肩を抱く。
指示されたからこうやってるんだけど、本当に大丈夫?
そうやって、なんとかその場をやり過ごそうと思っていた中・・・・・・
その一部始終を横で見ていたフロウゼルさんは、何故か楽しそうに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます