第61話 世界を凍らせる魔法

 遺跡に到着して次の日の早朝には基地へ帰還すると最初言われた時は何故?と不満に似た疑問を浮かべていた。


 ただえさえ、黒の陣営は一度調査に失敗し壊滅的な被害を受けている。


 アルメヒ前線基地には補充員が集結しつつあるけど、初期メンバーに比べて実力も遠く及ばない。


 その多くが現地の要求を満たすために、国によって急遽引き上げられたB級冒険者であり、今後の調査に多大な支障が出ると黒の陣営の隊員達、A級冒険者兼高位従魔調教師であるサナはそう思っていた。


 このままでは帝国が危ない。


 かつて聖王国と繰り広げられた凄惨な戦争に従軍していたマイナは聖王国を敵視している。


 かと言ってタカ派のように広場で、不機嫌な様子のフロウゼル様に逆らってまで・・・・・・というほどでもない、知り合いは何人か戦争で亡くなってしまったが、マイナの家族は無事だし、ただ昔戦争に参加していたこともあって嫌いというだけだった。


 そんな聖王国の調査隊があろうことか、遺跡を発掘し、何やら重要な遺物を見つけたという。


 他国の調査隊は遺跡調査にて、主導権を持つ聖王国によって動きを制限され、撤収を余儀なくされていると聞く、黒の陣営と同じ様に聖王国と仲の悪い緑の陣営も早々と遺跡を後にしていると聞く。


 批判を覚悟し、他国の調査隊を排除してまで得たものとは一体・・・・・・


 遺跡に残った調査隊の人達がそう危惧するのは分かる。実際、マイナも親兄弟が戦争によって死んでいたら同じ道を歩んでいたかもしれない。


 ただ―――――――


(フロウゼル様に従ってて良かった!!)


 エマネスの大盾、防衛戦や撤退戦において彼女の右に出る者はいないとさえ言われたフロウゼル・アーマレア、彼女に従ってて良かったと、マイナは人生の中でこれまで他人に感謝した事はない。


 従っていなければ、既にマイナはあの黒いナニカに飲み込まれて命は無かったことだろう。


 ハッハッと肺が軋む程の長距離を全速力で走ったことは数年ぶりだ。


 息が荒れ、今すぐ立ち止まって休みたいぐらいだけど、後ろから巨大な砂嵐の様な黒いナニカがマイナ達、黒の陣営へと向かってきていた。


 移動力があまりない、大型の従魔達は既にその黒いナニカに飲み込まれ生死は不明、遺跡に残った隊員たちも生存は絶望的だろう。


 バキリと森の木々がなぎ倒される音が遠くから聞こえてくる、それは黒いナニカが森を侵食するように、段々と近づいてきており、フロウゼルが早朝に遺跡から出発していなければ既に追いつかれていた可能性が高い。


(彼が言っていた嫌な気配ってこのこと・・・・・・?)


 遺跡へ向かう道中、以前から何かと調査隊の上層部が気にかけているこの地の原住民と呼ばれる少年。


 大陸人ではあり得ない、白い髪色に血に染まったかの様な赤い目をしたその少年をフロウゼルは気に入っていたが、黒い陣営の半分以上がその異質な見た目に嫌悪感を抱いた。


 マイナ自身は従魔使いであり、その関係で稀に脱色したかのような白い髪と白い肌を持つ動物や人間を見たことがあるのでそこまで嫌悪感は無かった。


 基地に招かれ、おどおどした様子は年相応の初々しさがあり、こんな少年が神の地を生きているとは到底思えなかった。


(やはり、フロウゼル様を一騎打ちで倒した人間って訳ね)


 そしてあの場に居た誰もが彼への認識を変えた出来事であるフロウゼルとの一騎打ち。


 強大なモンスターが蔓延る神の地で生きていると言われれば、即ちA級冒険者と肩を並べる実力はあるだろうと言われていた。


 ただ相手は先の大戦で女でありながら、特級功績に幾つもの勲章を受け取った才媛。


 国で数十名としか存在しない戦術級魔法の使い手であり、軍で定期的に行われる決闘クラブの戦績も上位に位置する。


 A級冒険者となっているがとんでもない、彼女は高貴な家の出身であり、様々な要因が重なってA級に留まっているが、マイナや他のA級冒険者達は口を揃えて彼女のS級冒険者と同等の実力者だと答えるだろう。


 そしてそんなフロウゼルとの一騎打ちで、彼はあろうことか彼女の代名詞の一つである〈首切りの風鎌〉と呼ばれる高い練度の〈風刃〉をその身で受け止め、直後に大地を破壊して彼女の体勢を崩し無力化したのだ。


 そしてマイナを含めたその場に居た冒険者は優しそうな一般人の顔をした少年を得体の知れない脅威として見ることになった。







「やった!基地が見えてきた!!」


 長いマラソンも終わり、森は切り開け周囲が開拓されたアルメヒ前線基地がマイナの視界に映る。


 なんとか拠点まで戻ってこれた。そう思いほっと一息つけるかと思い、後ろを見上げた。


「うそ・・・・・・」


 基地の人間も空を覆う黒い影に気がついたのか、未だ発展途上の外縁街には人がおらず。北門の連絡橋も早々と落とされていた。


 それは正しい判断だとマイナは思う、森を抜け、アルメヒ前線基地の畑を走っている中で切り開けた場所から後ろを見れば、既に黒いナニカは空を多い尽くす勢いで広がっていた。


「世界の終わり・・・・・・?」


 誰もがそう思っただろう、マイナの前を走る隊員達は長い距離を全速力で走ったこともあってか、既に疲労困憊の状況であり、後ろに広がる巨大イナゴの大群が基地へ逃げ込んでも無駄だということを直ぐに理解した。


 夥しいほどの数のイナゴ達、まさに虫の皇帝と呼ぶに相応しい災厄だ。


(駄目・・・・・・か・・・・・・)


 黒い嵐は始まりの森をなぎ倒し、噴火によって発生した火砕流の如く拠点付近の田畑へ流れ込んでくる。


 その速度は先程よりも明らかに速く、どんな魔法を持ってしてもマイナの手で止めることは不可能だった。


「えっ?」


 泣き崩れるように、マイナを含めた隊員たちがその場に倒れ込む中、その中心をひたりひたりとゆっくりと一歩ずつ華麗に前を歩く一人の女性。


「アリア?・・・・・・サランの聖女?」


 水色を基調とした所々白い宝石が散りばめられた華やかなドレス。


 それを身に纏っていたのは同じアイスブルーの髪が美しい、この世界でも五指に入ると言われた美姫アリア・アーネット・サラン。


 サランの聖女がマイナや他の隊員の目の前に現れたのだ。


「なぜ・・・・・・?」


 周囲の隊員達は何故今になってサランの聖女が現れたのかが理解出来なかった。


 それもそのはず。サランの聖女、アリアは第二次大規模調査にて現地モンスターの強襲を受けて死んだはずだ。


 彼女が使っていたB級聖遺物〈白夜ノ聖杖〉も彼女の血が付着した酷い状態で戻ってきており、戦死判定と取れる冒険者タグも回収されているはず。


 どうやって復活したのかは分からないが、この状況下で何故、彼女が調査隊の前に現れたのかがマイナには理解できない。


 無駄死にするだけだ・・・・・・


 黒いナニカが周囲を覆い太陽の光さえ遮る中、彼女はその暗闇を照らす一筋の光のように全身が光り輝き周囲を冷気で包み始めた。


「氷魔法?でもその程度じゃ・・・・・・」


特殊魔法と呼ばれる五大属性から外れた氷の魔法。


それに加え難易度の高いと呼ばれる回復魔法と氷魔法に長けた彼女が、得意な属性として氷魔法として使うのは理解できるがしかし。


 その程度じゃこの災厄は晴らせない、そう言おうと思ったが今、マイナ達に残っている希望は黄泉より復活したサランの聖女アリアだけなのだと気づいた。


 思わず喋りかけた口を手で塞ぎ、彼女の思考の邪魔にならないよう行方を見守る。


(なにこの魔方陣!?)


 アリアを中心に展開されたのは、規格外なほどの膨大な数と巨大な魔法陣。


 マイナは知識として、戦術級魔法等の大規模な魔法を使う際は通常よりも巨大かつ複数の魔法陣を展開することを知っている。


 だからといって今目の前で暗闇を打ち払わんとするアリアが展開した魔法陣はパッと見で数十にも及び、一つ一つの魔法陣が目が眩みそうな程の緻密に描かれかつその大きさも巨大だ。


「戦略級魔法・・・・・・?いや、それでもこの数は多い」


 かつて大戦時に一度だけ使われた超級魔法である戦略級魔法。


 数十の優れた魔法使いを生贄に捧げた道外れたその魔法は当時、帝都の大神殿から放たれ、空には魔法陣の柱が立ったと言われている。


 その効果は絶大で、当時圧倒的不利だった戦地を丸ごと消滅させたという。


 マイナはそれを遠くから見たことがあるが、アリアが展開している魔法は更にその上をゆく。


 そしてアリアは小さく呟くように、どう聞いても明らかに異常な量の詠唱を唱え始め、目の前に現れる黒の脅威が接する寸前まで詠唱を続けていた。


 その距離は既に黒いナニカの正体がはっきりと見える所までやって来ており、その凶悪な顎と悪魔のような形相に思わず悲鳴を上げそうになる。


 本当にこの悪魔達を倒せるのか?そうマイナが思った瞬間、アリアの長い詠唱は終わり、魔法が放たれた。


〈始原の氷・銀世界〉―――――――


 その瞬間、世界が凍りついた。



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