第60話 虫ノ皇②
ジメッと肌に張り付く様な湿気と何処かカビ臭さを感じる古代遺跡の最下層。
薄暗い地下にはボンヤリと青白い燐光が流れ、この場所が最も龍脈が活性化している場所だと分かる。
「すごい、これが龍脈!」
隊の中央で護衛されている聖王国の若い学者が一人、星空のように輝く龍脈を見て感動していた。
「ここまで龍脈が活性化している場所も大陸では殆ど見ないです。ただ・・・・・・」
「ただ・・・・・・」
男性の隣を一緒に歩いていた学者の女性が同意するように話すが何処か言い淀む。
どうした?と言った様子で男性が言い淀む女性の言葉を催促するが、女性自身考えが曖昧で言い表せないでいた。
「ただ・・・・・・この規模だったらもっと龍脈が活性化していても可笑しくない筈です。計算より溢れ出ているエネルギーが少ないと言うか・・・・・・」
「そんなバカな、ここの龍脈は他に比べて倍近くエネルギーが観測されているんだぞ?」
男性は嘘だろ?と言った様子で手元に持っていた紙の束が入ったポーチを漁り、明かりを灯して先日観測されたデータが書かれた紙を見せる。
「えぇ、それは承知しています・・・・・・ただ計算だと今より3倍以上のエネルギーがあるはずなんです。最初はこの遺跡の装置で消費されているかと思ったんですけど、そういう訳じゃ無さそうですし」
感情を押し込める様に、不安げに話す女性に怪訝な様子を見せる男性、彼ら以外にも話を聞いていた学者たちが己の考えを話しながら遺跡の奥地へと向かう。
「ここが龍脈の洞窟ですね、これは・・・・・・封印装置?」
遺跡の奥へ進むと、遺跡の壁が崩壊する形で自然に出来た洞窟がむき出しになっており、その一帯は暗闇で輝く龍脈がこれまで以上に流れている場所になっていた。
そして、更に奥へ進めば朽ちた木材で作られたボロボロの木の壁で塞がれており、その表面には様々な言語に精通する学者達でも見たことのない文字が描かれている。
「封印装置?何のためにだ?単純に龍脈の核がある部屋だろうし、注意書きとかじゃないのか?」
それまで彼らが見てきた遺跡は朽ちた様子があっても、未知の技術で建てられており、遥かな時が流れたこの時代でも当時の形を保っており、調査隊の人間達を大いに驚かせた。
学者達にとって、自分らより遥か格上である旧人類の科学は畏敬の念を持ちつつも、何時かは乗り越えなければならない壁でもある。
しかし、遺跡を調査するにつれて新人類と旧人類の科学力の差を思い知った中でその遺跡の最奥には、まるで田舎の素人が建てたようなボロボロの木の壁が調査隊を阻み、彼らを困惑させた。
「壊す?」
「いや、それは勿体ないだろう・・・・・・何か意味があるのかもしれない」
学者の性質というか、彼らを護衛する冒険者からすればこんな場所で議論を始める彼らの気が知れない。そう思いつつも、丁重に扱うようにと言明されているので、いつになったら終わるのか分からない彼らの小難しい話を聞き流しながら待機していた。
「じゃあやはり開けると言うことで?」
「あぁ、ただなるべく壊さないように、慎重にやろう」
学者たちが議論を始めて半刻程が経っただろうか、学者たちを待っていた調査隊の冒険者達も呆れて近くの人間と他愛も無い会話を始めてからやっと彼らの議論は終わったようだ。
「あぁっ!?そんな強く叩かないで!なるべく慎重に」
うるせぇ・・・・・・壊すって決めたのはお前らだろう、と言いたくなる言葉を心のうちに秘め、なるべく愛想よく学者たちの要求を聞く。
本来なら調査隊の隊員達はA級冒険者と呼ばれ、他者から敬われ、人を顎で使う様な存在だ。
準英雄と呼ばれ、何時かは正真正銘の英雄と称されるS級冒険者に・・・・・・そんな野望を抱きつつ、さらなる高みを目指すためアルメヒ調査隊に入ったのだ。
そして今やっていることは考えることしか才がない貧弱な学者達の子守り、後ろからガヤガヤ騒ぐ彼らにうんざりしながらも最奥へ続く木の壁を破壊した。
「なに・・・・・・ここ・・・・・・」
学者たちの予想を越え、木の壁は3重になっておりボロボロな割りには厳重に遺跡の最奥、龍脈の核が存在する空間へと繋がっていた。
今回、アルメヒ調査隊に派遣された学者のうちの一人、ネイサは奇しくも龍脈研究を専門とする学者、本来自らの研究とはかけ離れた神の地の調査に当初乗り気ではなかった彼女は、今回発見した遺跡に多大な感謝をしていた。
龍脈とは大地の奥深くに存在し、何かしらの理由で大地が隆起して地中奥深くに存在していた高濃度の龍脈がむき出した状態の事を言う。
なので究極的には地中深くに穴を掘れば必ず龍脈を見つけることができ、一部の貴族や学者たちは龍脈を場所や用途が限定的過ぎて使い物にならないと言って龍脈を軽視している部分があるが、そんなことはないとネイサは思う。
龍脈には様々な可能性が存在し、近年の人口増加で逼迫を見せる食料自給率の改善や同じく消費量が多くなっている魔石の代替。
これらを自ら解明して、人類を更に豊かにするのだ!
そう意気込み、本来では危険地帯にしか存在せず。非力な学者では調査することが出来なかった龍脈の核があると思われる空間へ遂に足を入れた。
「卵?一体何の?」
「モンスターの住処か?」
そこに映し出されるのはこれまで見たことのない高密度の龍脈エネルギー。
それらをまるで栄養として吸い取るように広い空間ビッシリと敷き詰められた謎の卵。
高濃度の龍脈エネルギーを吸っているためか、乳白色の卵はボンヤリと青白く光り、一見幻想的な光景に見える・・・・・・と学者が考えている中、同行していた調査隊の冒険者達はかつて無いほど第六感が警鐘を鳴らしていた。
ここに居たらマズイ!
十数名の遺跡奥地の調査へやってきた調査隊のメンバー全員が一斉にそう思い、ぼんやりと眺める学者たちに退避するよう促そうとした瞬間、パキリと壁や天井に張り付いている謎の卵が孵化を始めた。
パキ、パキキ――――――
まるで調査隊がやってきたことによって封印が解かれたかのように、卵の表面にヒビが入り一斉に孵化を始める卵たち。
もう待っていられない!その光景すら楽しそうに見つめる呑気な様子の学者達を待つ余裕もなく、護衛をしていた冒険者たちは一斉にその場から逃げる。
間に合うか?
既に覚醒は始まっており、何処へ逃げれば良いのか分からない、それでもこの場で立ち止まっているよりはよっぽどいいと思い全速力でその場を後にし、地上へ向かう。
「地上だ!」
先頭を走っていた人間が光のある方向を指差し、何とか逃げられそう・・・・・・そう一安心した瞬間だった。
突如として遺跡の奥から濁流の様な轟音と、カサカサと生理的嫌悪感を催す不気味な音が混在した黒いナニカが猛烈な勢いでこちらへ向かってきていた。
そのスピードは冒険者達の足よりも数倍も早く、逃げることは出来ない。
あぁ、そう嘆くように彼らは諦めその場に立ち止まる。
そしてその濁流は冒険者達を包み、一瞬にして彼らの意識は途切れた。
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