第59話 虫ノ皇①

「ふんっ、なんともやる気があってよろしい」


 椅子に座るカスティオの正面には、昨日よりも明らかにモチベーションが上がっている様子の遺跡調査の隊員達。


 同行する聖王国の学者達も昨日に比べて明らかに人数が多くなっていた。


「仕方ないでしょう、アルメヒ調査隊が結成されて初の功績なんですから・・・・・・」


 カスティオの隣に立つライも、沸き立つ自陣の隊員達を呆れた様子で見るが、一方遺跡調査反対派のカスティオにとっては面白く無かった。


「確かに生成装置は凄いが、まともに複製出来んだろう?」

「それでも本国に持ち帰れれば特級レベルの功績です。彼らが色めき立つのも仕方のないことでしょう」


 昨日、遺跡から発掘された人工龍石生成装置は既に極秘裏に運ばれている。


 重量があり、破損も許されないので万全を期して輸送されているのでその歩みは遅いが、アルメヒ前線基地まで運べたら後は心配無いだろう。


「カリアだったか?君の妹は、与えられた輸送任務に対してかなり不満を持っていた様だが」

「・・・・・・私の愚妹が粗相をしてしまい申し訳ありません。未だ英雄気分が抜けないようでして・・・・・・」

「幾ら可愛い妹だからといえ教育はしっかりとやるように、戦だけの馬鹿はこの調査隊には要らんぞ」

「はい、心得ています」


 ライの妹であるカリア・オルフィネスは柔和なライと違い上昇志向の高い女だ。


 未だ18だと言うが、15の時には聖王国の軍に入隊しており、軍で定期的に行われる亜人狩りでは多大な戦果を挙げたという。


 今回彼女がこの調査隊に選ばれたのも、彼女自身が自薦したのも大きい、一方では未開の土地に左遷とも取れるが、もしこの調査隊で多大な功績を挙げたのなら更なる栄転は間違いないだろう。


 実際に彼女の隊がこの古代遺跡を発見した事実があり、同じく調査隊に派遣された軍の幹部からの評価も高い、直情的で指揮官としての適性は低いと見られているが、判断も悪くなく時としては撤退も良しとする素直さもある。


 なので現在、彼女の評価は前線の小隊長としてなら活躍が見込めるだろう・・・・・・祖国に対しての忠誠心も高く、任務の遂行能力も高いので特殊部隊の隊員としても期待されていた。


 ただ調査隊の最高司令官であるカスティオに対して、不満げな顔を浮かべたのはいただけない、それだけでカスティオのカリアに対しての評価はとても低かった。


 それをわかっているのか、カリアの兄であるライ・オルフィネスはカスティオの嫌味じみた会話に付き合っていた。


「報告します!黒の陣営本日の早朝に基地へ帰還する為、遺跡から出発したとのこと!」


 遺跡の最深部を調査する寸前に一人の隊員から気になる報告を受けたカスティオ、彼の記憶では確かに黒の陣営が今日のうちにアルメヒ前線基地へ帰還するとあったが、幾ら何でも行動が速すぎる。


「心配ですか?」

「あぁ、幾ら何でも行動が速すぎるだろう」


 何をそんなに急いでいるのか、カスティオは黒の陣営の長であるフロウゼルについて考える。


 彼女は先の大戦で聖王国に対して多大な被害を与えた人間の一人、鷲の様な目に大地を燃やし尽くすほどの強力な火炎魔法を使える紅蓮の公女。


 火魔法の上位魔法である火炎魔法を使えるだけでカスティオに取って大変脅威な存在なのだが、それに加えて強力な風魔法の使い手としても知られている。


 基本的に戦況を左右する大魔法の魔法使い、区分的には戦術魔法使いと呼ばれる人間は総じて格闘戦に弱い傾向にあるのだが、少人数戦で真価を発揮する高い練度の風魔法を使え彼女自身も有名な剣の使い手だ。


 そして指揮官としても優れており、特にに防衛・退却戦に置いて彼女以上に優れた将官は居ないだろうとさえ言われていた。


 優秀すぎるが故に、彼女の生家である東アーマレア家の人間は扱いに困り、公爵の娘だと言うのに未だ結婚相手も決まっていないと言う。


「フロウゼル嬢ですか、あの様な方が我が国に居れば今頃」

「言うな、全く・・・・・・我が国のアーマレア家の方々と交換して欲しいぐらいだよ」


 敵ではあるが、カスティオは彼女の事を高く評価していた。


 多くの辛酸を嘗めさせられた相手ではあるが、基本的に優秀な人間は男女の性差や敵味方問わず好ましいと思っている。


 敵国に優秀な将官が居るが、自国はどうだ?


 昨今、聖王国の軍幹部はだらけた空気を纏っている。


 貴族たちの助力を得るために社交界へ出席する事は理解する。大国であるゴーヴィス聖王国を守護する東西南北に分かれた軍派閥の中で、より多くの貴族達を抱え込もうと積極的に交流を図る事は間違っていない。


 だが、現状彼らはどうだろうか?


 鍛錬を怠り、かつては鋼のような肉体を誇っていた人間も、今では豚の様にでっぷりと肥えた腹をしている幹部も珍しく無い。


 かつて大陸全土で繰り広げられた凄惨な戦争がなくなり、仮にも平和になった今の状況で、緊張感を持てというのが難しいのも理解している。


 ただ貴族達のようにだらけきった彼らに対して苛立つ感情を抑えきれない、だからこそこの慣れない調査隊に参加したのだ。






「ライ君、フロウゼル嬢の隊を尾行してくれ」

「いいのですか?私が現場を離れても」

「この状況で幹部が二人も要らないだろう、フロウゼル嬢の動きも気になるし監視しなさい」

「承知しました。数名の隊員を連れていきますが良いでしょうか?」

「構わん、ただヘマはするなよ?」


 カスティオがそう言うと、分かっていると言わんばかりにライは静かにその場を退室した。


 本人は上手く隠しているつもりの様だが、妹同様、ライもまた高い向上心が見え隠れしており、まだまだ若いとカスティオは小さく笑った。



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