第32話 フロウゼルの独白
フロウゼル・アーマレアにとって、ソラという神の地に住む原住民の男は警戒の対象だった。
彼がこのアルメヒ前線基地へやって来た経緯は、国の期待の若手冒険者であるアーシェを救助したというからだ。
当時、私たち上層部では壊滅した調査隊の隊員達の生存は絶望的
そして彼らが身につけていた聖遺物や武具なんかも回収が不可能だと思われていた。
アルメヒ前線基地の基礎が完成し、初の調査が行われた日の夕方
「第2調査隊は壊滅したとモロウ様から報告が」
第2調査隊はエマネス帝国の冒険者を主軸とした、関係の良い国と合同で結成された調査隊だ。
基地に存在する10名のS級冒険者のうち、2名を隊に編入させ、その他構成員もこのアルメヒ前線基地の中で有数の実力者達が揃っている。
そのハズだった。
「第2調査隊が壊滅!?そんな馬鹿な!」
アルメヒ前線基地基地の第3塔〈黒の塔〉にはエマネス帝国を始め、関係の深い国家から派遣された人々が集う場所
その塔の中枢、他国からの盗聴を防ぐ為、部屋全体に防諜魔術が組み込まれた恐ろしい程金がかかった部屋、ただそれでも見た目は何処かの下級貴族の家のようなみすぼらしい部屋
その部屋の中で、悲鳴に似た叫びが聞こえた。
その声の主は40代半ばの既に第一線を退いた男性冒険者
名前をガレオと言う
今ではエマネス帝国の属国であるサラン公国で地方の冒険者ギルドを纏めていた人物だと記憶している。
その立ち姿は第一線を退いたとはいえ、鍛え抜かれた身体は未だに衰えた様子もなく、その気になれば現場復帰だって叶うだろう
サラン公国から派遣された冒険者たちの表情を見ても、ガレオは尊敬に値する人物のようで、彼の武勇は祖国まで轟いている。
そんな彼が狼狽えた様子を周囲に見せるのはとても珍しいようだ。
ガレオの後ろに控える子飼いの冒険者たちも非常に驚いた様子でガレオの様子を見ていた。
「生存者は!」
「モロウ様が単独で帰還された以外誰も、モロウ様自身怪我が酷く今は……」
「なんという事だ。壊滅ということはアレス殿も既に」
「ありえん!あの〈蒼炎のアレス〉だぞ!他にも我が国からアリアも出ているはずだ!負けるはずがない!」
なるほど
かつてエマネス帝国との戦争でも勇猛果敢に最後まで抗ったあの、ガレオが狼狽える理由はコレか
アリア、彼ら公国で最も有名な、サランの聖女と呼ばれる私から見ても非常に美しい顔立ちをした少女
公国の傍系王族の末端にその名前があり、王位継承権は果てしなく遠いものの、その美貌や冒険者としての実力から帝国でも有名な女だ。
数少ない回復魔法の使い手で、その魔力量も王族の一員らしく膨大だと言う
であればその価値は高く、将来は帝国にて皇帝の側室入りするなんて話もあるほどだ。
だからこそアレスとモロウが同じ隊に入る訳だ。
万が一にでも彼女を死なせる訳には行かない
だからこそS級冒険者を同じ隊に2名も入れたのだ。
彼女を護るには充分な戦力だと言える。
だがアリアは死んだ。
そして、その壊滅した調査隊の中には、帝国でも多大な功績を残し、貴族入りを果たした〈英雄爵〉のアレスも居るそうだ。
そうか、あのアレスが
私としては〈英雄爵〉でありながら、貴族らしからぬ粗暴な振る舞いが目立つあの者を私は嫌っていたが、それでも彼の実力は認めていた。
好色で、酒を好む人間ではあったが人一倍責任感も強く、人望もある。
だからこそこのエマネス帝国調査隊の中で私に次ぐ副隊長の座に着いた訳だが
人生何があるか分からないものだ。
ただこの状況は不味い
帝国勢力の中でも一番の実力者であった彼が亡くなったとなれば、その他勢力はどう動く?
赤や青はいいだろう
ただ〈白の塔〉の勢力、聖王国の連中が勢いづくのはいただけない
私個人としても、皇帝に従える一貴族としても、奴ら聖王国の連中の台頭を許すことは出来ない
このアルメヒ調査隊は人類の進化を目的とした多国籍の組織だ。
理念としては各国が手を取り合い、御伽噺として唄われる神の地を調査し、人類の更なる発展を目指すものだ。
かつて旧人類が誇った力を獲て、新人類は旧人類を超えると
そんな壮大な理念が存在する。
だがそれは表向きの話
裏では熾烈な足の引っ張り合いが起き、その過程で何百との人間が死んだ。
ただそれでもマシな方だろう
エマネス帝国がゴーヴィス聖王国と仲が悪いように、この前線基地でも各国が陣営を組んで仮想敵国の陣営を警戒している。
亜人至上主義から人間至上主義
戒律に煩い様々な宗教国家も入り交じって、この基地はカオスな状況が生まれている。
そんな組織が何故か成り立つのかって?
この調査はある意味戦争でもあるのだ。
人類みな血みどろの大戦ではなく、私たち冒険者を使った代理戦争
勝者は蘇生薬の原料とされるププ草の入手と、強大な力を持つS級聖遺物の発掘
これらを成し遂げた国が次世代の覇者となると言われている。
実際にそう上手く行くかは甚だ疑問ではあるが、既に私たちは後戻り出来ない所まで来ている。
この地を離れるのは目的を達成するか、死んだ時
私は貴族の娘なので帰ろうと思えば国に帰れるだろうが、他はそうもいかない
ある意味この前線基地は牢屋なのだ。
一生出ることの出来ない檻
ここにいる人間よりも多くの事を知る私がそう思うのだ。
もし、目の前で議論を交わす彼らがこの事を知ったらどう思うのだろうか?
出来ることなら、皆死なずに国へ帰りたいものだ。
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