第29話 危険な甘味②

「これは・・・・・・蜂蜜かな?」

「はい、家で採取した自家製の蜂蜜です」


 フロウゼルさんの側で控えていた給仕の女性から小皿を貰い、そのお皿に持ってきた光蜂の蜂蜜を垂らす。


「ふむ、我が祖国でも蜂蜜は貴重な品だ。一部の東部貴族の連中が養蜂を生業にしていたはずだが・・・・・・」


 聞けば蜂蜜はフロウゼルさんの母国、エマネス帝国でも蜂蜜は存在するそうで、一部地域では養蜂業が行われているけど、その殆どが貴族向けに作られており、一般では出回らない希少な品だそうだ。


 その多くが薬やお酒の材料として使われ、お茶会に出す品としては少々豪華な物だという


「蜂蜜にしては香りが強い・・・・・・しかも粘り気も強いな」

「エマネス帝国の蜂蜜とは違うんですか?」

「うむ、我が国の蜂蜜はもっとサラッとした水気が多いし、香りもそこまで強くないはずだ」


 今回持ってきたのは、輝花の蜜を採取したグレードの高い方


 輝花の蜂蜜は粘り気というかとろみが強く、ミルクのような優しい香りが特徴的な蜂蜜だ。


 くどくない優しい甘みで、雑味も殆どない


 最初、輝花の蜂蜜を味見した時は感動のあまり思考停止したほどで、エマネス帝国産の蜂蜜にも負けることは無いだろうと自信を持っている。


 そんな輝花の蜂蜜をフロウゼルさんは興味深そうに観察し、はちみつの入った小皿を持って優雅な所作で香りを嗅いでいた。


「これは・・・・・・」


 小皿に入った蜂蜜をフロールで掬い食べたフロウゼルさん


 それに続くように自分も蜂蜜のついたフロールを口に入れる。


 うん、やっぱり相性が良くてとっても美味しい


 フロール自体は、元々香り豊かなお茶と共に食される為にあるので、蜂蜜と一緒に食べても互いの味が喧嘩しない


 寧ろお互いの良さを引き立たせる相互作用すらあると思う、勧めてみた自分自身、フロールと輝花の蜂蜜の相性の良さに驚いているぐらいだ。


(どうしたんだろう?)


 先に食べたフロウゼルさんは食べた直後、微動だにせず俯いている。


 その様子はまるで意識を失っているかのように動かず、後ろに控えている給仕の女性やカエラさんがフロウゼルさんの異変を見て少し戸惑っている様子だった。


「な・・・・・・」

「な?」

「なんだこれは・・・・・・これが蜂蜜なのか?」


 いや、蜂蜜ですけど?


 フロウゼルさんは貴族様だから、自家製蜂蜜について厳しい指摘とかは可能性としてあると思ったけど、まさかこれが蜂蜜?疑問を浮かべられるとは思いもしなかった。


「・・・・・・お気に召さなかったですかね?」


 個人的には自信を持って美味しいと言える光蜂の蜂蜜だけど、フロウゼルさんの母国でも作られているようだし、井の中の蛙という可能性もある。


 貴族となれば食事にもこだわりがあるだろうし、最初に持ってくる物としては選択を間違えたかも


(ラロッソさん用に持ってきた輝花のほうがよかったかな?)


 何かを考えているフロウゼルさんを恐る恐る様子伺っていると、ハッとした様子で再起動した。


「い、いや・・・・・・違うんだ。この蜂蜜は祖国と比べ物にならないほど美味しいし、思わず感動していたんだ。気分を悪くさせたのならすまない」


 何故か焦っている様子のフロウゼルさんだけど、取り敢えず満足してくれたようで安心した。


「あ!カエラさんも給仕の方も是非どうぞ!色んな人に試してもらいたくて持ってきたので」


 輝花の蜂蜜は家にいっぱいあるので少し奮発しても問題は無い


 家の裏手に住む光蜂は、何やら自分たちで作った蜂蜜を家賃代わりとして考えているようで、採取しないと蜂蜜が固まった飴玉のような物を玄関に置いていくのだ。


 確かに光蜂達の蜂蜜は美味しいんだけど、自分一人で消費するにはいささか量が多い


 太郎も向日葵も蜂蜜には興味がないし、俺だって毎日摂取するのは少しキツイ


 なので今回お土産として蜂蜜を選んだ大きな理由だ。


 悪い言い方をすれば在庫処分とも言う


 ただ味は一級品で用途も多いはずだ。


 先程フロウゼルさんが言っていたように薬としても、お酒として混ぜてもいいだろう


 蜂蜜酒か・・・・・・飲んでみたい


 もし知識がある人がいれば聞いて作ってみようかな?


 この世界なら密造酒で捕まることもないし


「いや、彼女たちには止めておいた方がいい」

「えっ?」

「勘違いしてほしくは無いが、別に意地悪をしたい訳じゃないんだ」


 何か問題があるのかな?


 そう思い、フロウゼルさんの次の言葉を待っていたら、フロウゼルさんは振り絞るように話し始めた。


「この蜂蜜は非常に危ない・・・・・・中毒性がありすぎるんだ。しかも」

「しかも?」

「この蜂蜜には酒のようなアルコールが入っている。しかもかなり度数が高い」


 フロウゼルさんがそう語ると、確かに蜂蜜をつけたフロールを食べたフロウゼルさんの頬は少し赤くなって何処か色っぽい


「これでも私は酒類には強くてね、その私でもこの状況だ。下手な一般人が食せば倒れる可能性がある」


 つまりは酔っ払うってことかな?


「自分はなんともなかったですけど・・・・・・」

「コレを食して酔わないのはドワーフ顔負けの強さだね、人間が食べるには薄めないとキツイかもしれない」


 今回持ってきた蜂蜜には、アルコールに似た効果があるらしく、その強さはお酒に強いフロウゼルさんでも一口舐めたらフラつくレベルだそうだ。


 たちが悪いのは、この蜂蜜自体は非常に美味で食べやすいと言う事、意志が弱い人間が食せば依存症に近い中毒をおこす程の美味しさで、原液のままでは危険だと言われた。


「これをドワーフの人達に知らさない方が良いと思うよ、十中八九、君は拉致されるだろうからね」

「そ、そうですか・・・・・・」


 やはりこの世界でもドワーフという種族は酒好きで間違い無いそうだ。


 ドワーフであればこの蜂蜜を直接摂取しても楽しめるだろうが、その場合間違いなく、彼らはこの蜂蜜の作り方を聞いてくるだろうと言われた。


 ただその後、彼らに何をされるかについては、恐ろしくて続きを聞くことが出来なかった。


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