第19話 生き残った女冒険者④

 もう二度と意識が戻らないと思い気絶したはずなのに、気がついたら満天の星空が視界いっぱいに広がっていた。


「今は・・・・・・夜?」


 上半身を起こそうとするけど、私の体は鉛のように重く、思うように動かせない。


(何故、私は生きているのかしら?)


 死の臭いが充満する絶望的な光景。


 それが私が意識を失う前に見ていた光景だ。





 神の地へ入り、数キロ移動した地点で。


 子供ぐらいの大きさの鳥顔のモンスターが、私達、エマネス帝国第一調査隊を強襲した。


 最初に襲われたのは先頭を歩く隊の指揮を行うS級冒険者。


〈蒼炎のアレス〉という二つ名を持ち、彼の使う火魔法は蒼く、通常よりも火力が高く生半可な強さのモンスターであれば炭にするほどだ。


 エネマス帝国でも数少ない〈英雄爵〉と呼ばれる特別な爵位の貴族でもあり、その実力はまだA級に昇級してから浅い私とは天と地ほどの差がある人物。


「アレス隊長!」


 アレス隊長の後ろを歩いていた副隊長の男性が、モンスターに襲われ、首のないアレス隊長の亡骸を抱え叫ぶ。


「何がっ!?」


 私がそう疑問を口にした瞬間、隊の先頭から飛翔してくる黒い物体。


「敵襲!」


 後衛に位置する支援役の冒険者を護るように円陣を組み、襲ってくる敵に対して警戒する。


「があぁあ!?」

「ローム!?」


 やけに静かな森の中で周囲を警戒していると後ろから叫び声が。


 ロームと呼ばれたその男性には、殺意しかない見た目の、反しの付いた凶悪な形をした黒い棘が三本。


 彼が持っていた巨大な大盾を貫いて身体に突き刺さっていた。


「ローム、しっかりして!」


(あの人は・・・・・・)


 ロームを抱きかかえる女性は確かロームの奥さんのオフェリアという女性だったはず。


 帝国でも珍しい、両方がA級の冒険者夫婦だと聞いたことがある。


 ロームは〈堅牢のローム〉と呼ばれ、数々の強敵をその大盾で防ぎ、A級モンスターの〈ベリードラゴン〉のブレスすらも防いだという。


 一方、妻のオフェリアは弓の名手として知られ、C級聖遺物の【疾風之弓】は装着した弓矢に風魔法を付与し、様々な効果をもたらせてくれる。


 オフェリアはこの【疾風之弓】を用いて、百発百中と評される卓越した技術と共に、数々の難敵をその弓で射抜いてきたという。


 どちらも優秀な冒険者で、二人の力を合わせれば、超越者と呼ばれるS級冒険者と同等の実力がある・・・・・・と言われるほどだ。


「ローム!嘘でしょ、目を覚まして!」


 オフェリアの絶叫が周囲に響き渡り、辺りを警戒する私達の意識がロームとオフェリアに向いてしまう。


「っつ!?来るぞ!!」


 誰かがオフェリアの叫びを遮るように報告をして、隊の進路先を見てみると子供ぐらいの大きさの真っ黒な鳥が三匹。


 じーっと、こちらを観察するように見ていた。


「なんだあのモンスターは?」


 絞るように、隊員の一人が小声でそう喋る。


 凄く不気味な、小型のモンスターだ。


 見た目は最下級モンスターとして知られるG級モンスターのゴブリンと同じぐらいの大きさだ。


 ただ彼奴等は知能が無いので、こちらを見れば見境なく襲ってくるし、G級やF級のモンスターは同じような知能の低いモンスターが多い。


 知能が低いと敵との実力差が分からず、隠れて奇襲するなんて策も考えられないからだ。


 なので、ゴブリンといった低能のモンスターは見渡しの良い場所でたむろしていることが多い、今目の前にいるモンスターも隠れる様子が無かった。


(いや、あれはそんなレベルじゃない!)


 ゴブリン程度の頭脳なら、特に気にもしなかっただろう。


 ただ、こちらを観察する三匹の黒い鳥型モンスターからは全くのオーラを感じない。


 オーラは生物が必ず持つ魔力の波長、その強弱によって生物としての強さが図り知れる。


 そのオーラが感じられないのだ。


 それはおかしい、私達人間なら身体から発せられるオーラを調整することは出来る。


 優れた狩人職の冒険者であれば、限りなくゼロに近くオーラを絞る事が出来るが、そのような芸当が出来るモンスターは聞いたことがない。


(ここは神の地、だったら?)


 森へ入って4時間程度、それまで襲ってきたモンスターは強く。


 同種のモンスターであっても、神の地に住むモンスターは違う生き物だと思えるほどだ。


 そんな魔境に住むモンスターがゴブリンのような知能の無いモンスターということはあり得るのだろうか?


「もしかして、私たちは取るに足らない存在?」


 最強種として名高いドラゴン系統のモンスターにありがちな、相手を舐め腐る行為。


 明確な実力差がある場合、相手を弄ぶように戦う行為をするモンスターが存在する。


 そんな事をするモンスターは数少ないが、居ないわけではない。


 もしかしてだけど、このモンスターも?


 そんな疑問が頭の中を埋め尽くし、いよいよその可能性が高いと思い始めてくる。


 逃げなきゃ。


 そう思い、足を動かそうとした瞬間。


 虐殺が開始された。





「Joe l;ao?」


 私が意識を覚醒させた後。


 焚火を向こう側に本を読んでいる黒ずくめの装衣を着た男性がこちらを見ていた。


 この人が私を助けてくれたのかしら?


 少なくとも、ここがあの世ではないことは確かだ。


(古代魔法言語?)


 彼の言葉は私には分からない。


 辺境の村では、独自に発達した異言語が存在すると聞くけど。


 基本的にはみんな大陸共通語を話すので、余程の変人でなければそれ以外の言葉は知らない。


 ただ、彼が話しているのは古代魔法言語と呼ばれる。古の言葉。


 国から派遣されてきたラロッソがそんな言葉を研究していたはずだ。


 内容は分からないけど、どこか聞き覚えがあったのはラロッソから聞いた事があるからだろう。


(でも、悪い人では無さそう)


 彼の背中で横になって、こちらを見るのは美しい銀毛の巨大な大狼。


 その見た目はS級モンスター、かつて二つの国を滅ぼしたとされる天災級モンスターである〈白狼王〉に似ていた。


 ただ白狼王は純白の毛並み、そして今、目の前でこちらを警戒している狼は光り輝く銀毛。


 多分似ているだけで、違うモンスターなのだろう。


 銀狼はこちらを凄く警戒しているけど、その主人と思われる男性からは敵意は感じない。


 言葉は通じないけど、乱暴してくるわけでもない。


 本当なら、私はあの地獄で死んでいたはずだ。


 彼がどうやって助けてくれたのは分からないけど、こうやって生きているということは、彼は私以上に高い実力を持つ人物なはずだ。


 少なくとも、彼がもたれ掛かっている銀狼に敵わないので、私はどうすることも出来ない。


 万が一、逃げ切れたとしても単独でこの森を抜け出せれる可能性は限りなくゼロなのだから。


 そうやって腹をくくれば、少しは精神が落ち着いた。


 多分、悪いことにはならないだろう。


 そう思いながら、私は彼とコミュニケーションを図ろうと試行錯誤する。

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