第15話 神の地

「ここが神の地・・・・・・!」


 サンレーア地方の最北部、神界へ繋がると伝説にある〈マガス山脈〉、そして周辺に広がる〈巨樹の森〉。


 そして巨樹の森から伸びる一帯を含めて、私達冒険者の間では神の地と呼ばれる。


「予想以上!・・・・・・さすが神の地に住む魔物達」


 ゴポリ、と塊のような血が喉からせり上がり、口から吐き出される。


 身体はフラつき、視界も霞んで右目は潰れてしまっている。


 共に歩んできた自慢の愛剣は折れ、国のマスターメイスが手掛けた鎧は度重なる戦闘によって拉げており、もはや原形すら怪しい。


(アリアも・・・・・・多分死んだんだろうね)


 魔物たちから奇襲を受け、瞬く間に調査隊は既に壊滅し乱戦の最中、知り合いの冒険者も多くが死んでいった・・・・・・そして私も程なくして死ぬことだろう。


「ふふっ、ここが新人類未踏の地か」


 ここは冒険者達にとって夢の地。


 かつて世界を支配した旧人類の人間たちにとっても危険で、立ち入ることが少なかった場所、他にも多くの宗教国家からは神聖な所として数百年もの間、侵入や調査が頑なに禁じられていた禁域でもある。


 ただここには今や文献にしか残らない〈蘇生薬〉や〈再生薬〉の原材料があると言われている。


 他にも希少な鉱石や手つかずの資源が多く眠り、踏破した者は巨万の富を得られると言われる場所。


 子どもたちが読むような絵本には神の地は地上の楽園として描かれている。


 果たしてここの何処が楽園なのだろうか?


 多国籍で結成された調査隊は全員がA級以上の冒険者たち。


 総勢120人からなる私たち調査隊は自他共に認める精鋭のはずだ。


 この調査隊であれば、非常に危険なため、国によって閉鎖されている古代遺跡だって攻略できるだろう、そう断言できるほどの実力者たちだ。


 コレほどの規模の調査隊を結成するのは一国の王でも不可能、それほどのメンツが数々の偶然や奇跡によって結成され、各国から集まる潤沢な支援の下で万全な状態で調査を始めたはずだ。


 だが今の現状はどうだろうか?


 一体で複数の都市を破壊するレベルのモンスターである災害級のモンスターが周辺の草原を当然の様に闊歩している。


 何よりも悪夢は、それら災害級モンスターを上回る実力を持つモンスターが居ることだ。


 調査隊の中には英雄、と呼ばれる人の枠を越えた超越者が多数参加しており、私が所属する調査隊にも二人のS級冒険者が同行している。


 私だって、母国に存在するギルドで歴代最年少でA級へ昇格した冒険者として、確かな実力を持っている自負がある。


 誰もが大都市のギルド支部でエースとして活躍できる実力者達だ。


 そんな実力者達でも、まるで赤子の手をひねる様に殺されていった。


 頼りにしてきたS級冒険者の二人の内、一人は魔物の襲撃で殺され、もうひとりは私達を置いて逃げた。


 そして残されたのは私を含めたA級冒険者達。


 今行われているのは、神の地に住む強大な力を持ったモンスター達による一方的な虐殺だ。


 殺される方は勿論私達人間。


 絶望的な光景がそこにはあった。






 大陸北部に位置するサンレーア地方、そしてその最北端の一帯は北サンレーア地方と呼ばれ、別名〈神の地〉と呼ばれ。


 数百年もの間、その地方は様々な宗教国家から聖域とされ、入ることが禁止されていた未開の土地。


 北サンレーア地方の情報は、かつて強大な力を持っていた旧人類の数少ない伝記に記載がある程度。


 先祖返りによって、旧人類の人間達が当たり前のように持っていたその比類なき力を発揮する人間が当然のようにS級冒険者になっているところを見れば、彼らがどれだけ強かったのかが分かる。


 そんな旧人類の人間達でも進出することが困難とされていた場所。


 そんな場所に私達調査隊は挑んだ。


 サンレーア王国の最北部の都市〈ララブル〉から出発し、神の地の境目とされる大渓谷に巨大な橋を掛け。


 前線基地を築き、万全な状態で神の地へ挑んだ。


 だがその時点で神の地は私達に牙を向いた。


 大渓谷を跨いだ先のエリアに住む魔物は異常に強く、原因不明の未知の感染症も多い。


〈解毒〉や〈治癒〉の回復魔法では治すことの出来ない感染症。


 一種の呪いとさえ言われた。


 地方都市や街ではエースとして活躍できるはずの確かな実力を持つ、C級以上で構成された補給隊はその時点で幾つかが壊滅し、多くの冒険者が神の地へ挑む前に死んでいった。


 それでも私たちは血路を開き、前に進むが遥か先に聳える霊峰〈マガス山脈〉は未だ遠く。


 遂に食料や医薬品は既に底をついた。


 ここは魔境だ。


 驕り高ぶった旧人類に神々が怒り、その大半が殺されたとされる【審判の日】。


 審判を行ったと言われる地上の神の一柱が住んでいたと伝説にある〈巨樹の森〉


 今回の調査目的はその巨樹の森にのみ、存在すると言われる蘇生薬の主原料であるププ草の採取及び群生地の発見。


 ププ草を一株さえ持ち帰れば、多額の資金を投じて結成された調査隊は大成功だといえるだろう。


 だが現状はどうだ?


 ププ草を入手するどころか。


 ププ草の群生地とされ、高さ数十メートルの巨大な木々が生い茂ると言われる巨樹の森は未だ見えない。


 本当にあるのだろうか?


 そう思わなくはないが、伝説によれば巨樹の森は遥か遠くに聳え立つ霊峰〈マガス山脈〉の麓に存在すると言われる。


 その道のりは果てしなく遠い。


 だがしかし、私の所属する調査隊は大渓谷を越え、神の地序盤の最初の森で調査隊は既に半壊した。


 しかしそれも仕方のないことだと思う。


 国によって指定され、時には小さな国すらも滅ぼす災害級と呼ばれるモンスターが。


 この場所では群れをなすなんて、悪夢以外の何物でもない。


 国有数の難関ダンジョンの、生態系のトップに君臨するはずの二足歩行の爬虫類型モンスター〈バルクス〉が。


 この場所ではただの餌としか見られていないとなれば、母国で吉報を待つ冒険者達はどう思うだろうか・・・・・・


 神の地?とんでもない。


 ここは地獄だ。


 そんな地獄に残るのは逃げ遅れたA級冒険者達。


 私の霞む視界には魔物たちに襲われて首から血飛沫をあげる人。


 糞尿と血の匂いが辺りに蔓延し。


 肉を引き裂かれ、生きたまま喰われる冒険者の絶叫、誰もがこの光景を見れば誰しもがこの世の地獄だと思うだろう。


 救援信号である黒煙をあげてはいるが、果たして気づいてくれるだろうか・・・・・・


 寧ろ別働隊は既に壊滅している可能性のほうが高い。


 人類にはまだ早かったのだろう。


 強力無比と言われる旧人類の人間でさえ、神の地は厳しく。


 目的地である巨樹の森は未だ見えない。


 後悔は当然ある。なんでこんな場所に挑んでしまったのだろうと。


 幾ら困難な場所だと言っても、A級冒険者の私なら大丈夫だろうと。


 そんな驕りがあった。


 そしてその驕りで私は死ぬのだ。


 仲間の絶叫を枕に、既に動かなくなった全身はまるで剣を突き立てられたかのように痛む。


 コレほど酷い最後も中々無いだろう。


 危険が付き纏う冒険者とは言えど。


 最悪と言える最後に、私は思わず笑うしか無かった。











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