Ⅱ.第3話 アリスのカクテル

<CAST>

ナレーション:

桜木 優:

水城みずき蓮華れんか

マスター:

瑛太:

多国籍バーの店員:


<台本>


   *バー『Something』


ナレーション:

 バー『Something』では、蓮華と瑛太がカウンターに並んでいた。


優:

「蓮ちゃん、髪型変えた?」


蓮華:(嬉しそうに)

「うん! 気付いてくれたの? 優ちゃん! 毛先の方、ちょっと巻いてみたんだ〜!」


優:(いつもと違う大人びた微笑みで)

「似合ってるよ。かわいいね、

寝ぐせみたいで」


(*「似合ってるよ。かわいいね」まではエコー

「寝ぐせみたいで」はエコーなし、でもいい)


蓮華:

「ちょっとマスター! もー、ひどいでしょー、この人!

ホントにバーテンダーなのっ?

いったいどういうしつけしてんのよ?」


マスター:(肩を震わせて笑う)


瑛太:

「それで、蓮華ちゃん、卒業演奏の曲は決まった? 優にも相談したいって言ってたよな?」


蓮華:

「うん。『不思議の国のアリス』を、カフェとかで流れてるようなオシャレなジャズって感じにアレンジしてるんだけどー……、


(テンションダウン)……今のですっかり気分ががれたから、もういいわ」

(むくれる)


優:

「『アリス・イン・ワンダーランド』、ビル・エヴァンスがピアノトリオでオシャレに演奏してるよね」


蓮華:(急に機嫌が直る)

「そう! ああいうピアノトリオでやりたくて、ドラムとベースの分も楽譜考えてるの!

……そういえば、アリスのカクテルなんて、あるのかな?」


マスター:

「特に決まったレシピはなくて、あるとすれば、それぞれの店とかバーテンダーのオリジナルだな」


蓮華:

「いいなぁ〜。アリスのカクテル飲んでひたりながら、イメージふくらませてアレンジ考えたいなぁ〜」


瑛太:

「蓮華ちゃん、飲みながら楽譜書くのか?」


蓮華:

「お酒飲むと開放的になって、細かいことは気にせずに、自由にアレンジできるんだよ。


ねえ、優ちゃんだったら、アリスのカクテルってどう作る?」


優:

「う〜ん、そうだねぇ……。


合いそうなリキュールは思いついたよ。エディブルフラワーも使いたいけど、ここでは扱ってないし」


マスター:

「優も蓮華ちゃんも、家は横浜だったな。

トロピカル系とか南国風のカクテルも充実してる多国籍バーがあるから、そこで頼んでみたらどうだ? ここと違って女性受けする店だし」(笑う)


優:

「ああ、中華街とは違う方面にありますよね。勉強しに行ってみようかな」


瑛太:

「でもさ、俺も横浜育ちだから知ってるけど、あの周辺は前よりは綺麗きれいになったけど、夜遅くやってる飲食店とか他の店も多くて、夜は酔っぱらいが外国人と道路の真ん中でケンカしてたぜ?」


マスター:

「横浜のあのあたりのお店はチャージを取らない分、バーでも安く飲めるんだけど……」


瑛太:

「あそこらへん、夜は女の子が歩くのは心配だよな」


マスター:

「いや、女性同士とか女性が一緒の方が目的地のバーまでは、すんなり行けるよ。

客引きが多いから、気を付けなきゃいけないのは男の方だよ。誘惑に負けて違う店に行く人もいるからな」


瑛太:(ニヤニヤ)

「そっか。じゃあ、蓮華ちゃんと一緒なら、優の方が助かるんだな」


蓮華:(お姉さんぶる)

「ふっ、あたしに任せなさい、優クン。守ってあげるわ」


優:(冗談ぽく)

「よろしくお願いします、お姉さま」


蓮華:(満足)

「ふっふ〜ん!」


   *多国籍バー。

   *バリとかエスニック風BGM


蓮華:

「わあ……! なんかいいね!」


ナレーション:

 店内は東南アジアを連想させる観葉植物や、熱帯魚の泳ぐ水槽、間接照明、テーブルに置かれたキャンドルなどが、癒しの空間を作り出していた。


 女性客も多く、ブルーや、ココナッツのような乳白色のカクテルに花とフルーツが飾られているものが見え、カクテルまでもが装飾品のように華やかだ。


 カウンターは常連客がめていて、蓮華と優は、奥のせまいテーブル席に案内された。


優:

「早速、アリスっぽいカクテルを頼んでみようか。楽譜書くんだったら、ゆっくり飲めるロングドリンクの方がいいかな」


蓮華:

「うん。いよいよだね!」


優:(店員を呼ぶ)

「すみません、注文お願いします」


店員:(にこやか)

「はい」


優:

「サザン・カンフォートをベースに、ロンググラスとロックで一つずつ。アマレットをちょっと足して、アルコール度はあまり高くならないように」


店員:

「でしたら、オレンジジュースなどで割りましょうか?」


優:

「そうですね……パイナップルジュースでお願いします。ロンググラスの方はトニックウォーターも足して、お花とか飾ってもらえます?」


店員:

「かしこまりました」


蓮華:

「店員さんも詳しそうだったね」


優:

「バーでは店員さんもバーテンダーだからね」


蓮華:

「そうなんだ?」


優:

「もっと簡単に注文しても大丈夫だよ。『オレンジ味でさっぱりしたものを』とか」


蓮華:

「へえ……!」


優:

「それで、アリスのスコア譜はある? 良かったら見せて」


蓮華:

「タブレットで書いてるんだ。まだ完成してないけど……」

(タブレットを渡す)


(優が譜面に目を通す間、蓮華はそわそわしている)


優:(音を思い浮かべる)

(感心するように)

「うん、テンションの使い方が、オシャレでスッキリした綺麗な響きになってるね。ビル・エヴァンスのサウンドと似てて、いい感じだよ!」


蓮華:

「ホント? ありがと!」


店員:

「お待たせしました」


ナレーション:

 蓮華の前には、オレンジがかったブラウン系のカクテルに、赤いバラのつぼみと、青紫色のビオラと黄色いビオラが添えられたタンブラーが置かれた。


 優の前には、それよりもブラウンの色が濃く、丸くカットされた氷が一つ入ったロックグラスが置かれる。


蓮華:(見入ってる)

「はあ……!」


優:

「『Something』では出てこない感じだから、びっくりした?」


蓮華:

「うん。エディブルフラワーがあると華やかだし、かわいいね。『不思議の国のアリス』で、アリスが出会ったお花たちみたい」


優:

「カクテルの方は、サザン・カンフォートっていう、ピーチが主体のフルーツとスパイスのフレーバーリキュールをベースに、作ってもらったよ。


アマレットっていうあんずたねを使ったリキュールと合いそうだったから、かくし味で入れてもらった。

蓮ちゃんが好きな中華のデザートの杏仁豆腐あんにんどうふと、アーモンドみたいな香りが似てるよね。


お話の中で、幼い女の子のアリスが風変ふうがわりなキャラたちに出会ってくみたいに、いろんな味が顔を出してくと思うよ」


蓮華:(興味津々きょうみしんしん

「へえ〜!」


優:

「両方味見してみて、飲みたい方を飲んでいいよ」


蓮華:

「えっ、いいの? ありがとう!」


(タンブラーの方をストローで一口飲んでから、ロックグラスの方も飲む)


蓮華:

「どっちもすっごく美味しいね!

タンブラーの方は、どことなくオリエンタルな風味で甘味あまみがあるけど、パインジュースとトニックウォーターでさっぱり飲みやすくて、女性ウケしそう!


ロックの方は、もっと赤っぽいオレンジ色で、アマレットがさっきよりも強いのかな? トニックウォーターがない分、濃いけど、美味しい……。

どっちも好きだけど、今はロックの方にしてみる」


優:

「あ、そうなの?」


優(心の声):

「そっちは、僕が飲もうと思ってたんだけど……、まあいいか」


優:

「お花飾ってある方じゃなくていいんだ?」


蓮華:

「うん。優ちゃんも、お花似合うよ!」


優:

「あはは、ありがとう」


蓮華:

「じゃ、改めまして、かんぱーい!」


優:

「乾杯!」

(*カチンと、ロックグラスとタンブラーを合わせる)


ナレーション:

 蓮華はタブレットに思い付いた音符を打ち込んでいき、優もスマートフォンに飲んだカクテルのメモを書き込むなどしていて、それぞれの世界に入りこみ、無言で過ごしていた。


(*時々、グラスの氷の音とか)


蓮華:

「ありがとう! カクテルのおかげで、新たなイメージが加わったわ!」


優:

「それなら良かった!

僕も普段飲めない物を飲めたし、勉強になったよ」


蓮華:

「今度、サザン・カンフォート買ってみる」


優:

「気に入ってくれて良かったよ。普通の炭酸とかジンジャエールで割っても美味しいよ」


蓮華:

「そうなんだ? 簡単でいいね!」


ナレーション:

 並んで駅へと向かう間も、二人の話はきない。

 その間、蓮華は、隣を歩く優が、彼女の歩調ほちょうに合わせていたことに気付いた。


 みなとみらい線に乗った二人は、端のシートに座った。

 横浜駅までは、十分とかからない。


蓮華:

「いつか、優ちゃんと何か一緒に出来たらいいなぁ」


優:

「何かって、どんなこと? 今までみたいに一緒に演奏するとか?」


蓮華:

「それもいいけど、

(だんだん眠くなってくる)

なんかもっと他のことも出来そうって、思って……」


優:

「う〜ん、なんだろう? 何が出来るかなぁ。

演奏の他にっていうと……全然思い浮かばないな」


(返事をしなくなった蓮華を見ると、壁によりかかって眠っていた)


蓮華:

(すーすー、小さく寝息)


優:

「寝ちゃった……?」


ナレーション:

 電車に揺られるうちに、蓮華の頭が優の腕に寄りかかる。熟睡じゅくすいしているようだった。


優(心の声):

「睡眠時間をけずって、あのスコアを書いたって言ってた。

アレンジ考えながら練習もして疲れもあったのか、普段、蓮ちゃんが飲む時よりアルコール量は少なかったけど、酔いが回るのが早かったのかも知れない。


僕の見立みたても、まだまだ甘かったな」


優:(やさしく)

「アリス、そろそろ起きないと。もうすぐくよ」


(優が声をかけ、蓮華の肩を揺らすと、電車が揺れ、ごつん! と蓮華の頭が左側の壁にぶつかった)


優:(慌てる)

「わあ、ごめん! 大丈夫!?」


(蓮華の頭のぶつけたあたりをさする)


蓮華:

「うう〜ん……」

(すー……すー……)

(起きることなくそのまま寝ている)


優(心の声):

結構けっこう強くぶつけてたけど、……寝てる……」


     *電車が駅で停車する


優:

「蓮ちゃん、起きて!」


(蓮華の肩を強く揺さぶる)


蓮華:(寝ぼけてる)

「う〜ん……」


優:

「ごめん! 渋谷まで来てた」


蓮華:(飛び起きる)

「……は!?」


ナレーション:

 みなとみらい線は、横浜駅を通過すると東急線直通に切り替わり、渋谷まで行く。


蓮華:

「一気に目が覚めたわ。

ん? なんか頭の左側が痛い……」


優:

「ああ、ごめん! 一回、起こそうと思って揺すったら電車が急に揺れて、……壁にぶつけちゃって」


蓮華:(目を見開く)

「……はい?」


優:

「そこから横浜駅まであと二駅ふたえきだったのに、その間に僕も寝ちゃったみたいで」(苦笑い)


蓮華:

「たった二駅の間に?」


優:

「うん」


蓮華:

「そして、三〇分後、ここ渋谷に着いていたと……?」


優:

「うん……」


蓮華(心の声):

「いつか優ちゃんと何か一緒に出来たらいいとは思ったけど……。

アルコールは入っていても、そのおもいにいつわりはなかった——はず!


なのに、……なんか不安!」


蓮華:

「あたしも人のことは言えないけどさ、仕事とか演奏してるとき以外は、気が抜けてるの?

優ちゃんて、意外と天然?」


優:(力なく笑う)

「ああ、うん。……否定ひていはしないよ」


蓮華:

「……戻ろっか」


優:

「そうだね」


蓮華:(強い決意)

「今度こそ、横浜で降りられるように、しっかり起きてないと!」


優:(降りる意思はある! というように)

「うん、そうだね!」


(電車の音)

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