Ⅲ.第2話 居酒屋で

   *夜。外。


蓮華:(すすり泣きながら、早歩き)


ナレーション:

 横浜。

山下公園から、蓮華は早歩きで、中華街にある駅に向かっていた。


優:

「あれ? ……蓮ちゃん?」


蓮華:

「え……、優ちゃん……なの?」


優(心の声):

「泣いてる? ……ハンカチ持ってないのかな……?」


(さっとハンカチを出す)


蓮華:(小さく)

「あ、ハンカチ……ありがと」


優:

「どうしたの?」


蓮華:(泣きながら。頼りない感じで)

「……優ちゃん……、どこか静かなところに連れてって」


優:(ちょっと驚く)

「え……


(やさしく)

……わかった」


   *居酒屋。ガヤガヤしている


蓮華:

(生ビールをごくごく飲んで、ジョッキをダン! とテーブルに置く)

(ごきげん)

「ああ、美味しいっ!」


蓮華:

「ちょっと! 静かなところがいいって言ったのに、なんで居酒屋なのよ?」


優:(笑う)

「近くに女性バーテンダーがやってるフランス風のオシャレなバーがあるから、そこがおすすめだったんだけど、定休日でね。


それに、今は、なんか気がまぎれた方がいいのかなって思って。

ここなら駅も近いから、帰りも楽でしょ?」


蓮華:(ぶつぶつ面白くなさそうに)

「まあ、別にいいけど。だからって、中華街の居酒屋って……


(カシューナッツをポリポリ食べて、目を丸くする)


え、これ美味しい!」


優;

「鶏肉とカシューナッツの炒め物だよ。ピーマンとパプリカも使ってて、いろどりも綺麗きれいだよね」


蓮華:

「こっちのトマトと卵を炒めたのも、卵がふんわりしてて美味しい!」


優:

「ね? このお店、美味しいでしょ?」


蓮華:

「うん!」


(箸とか食器の音)


蓮華:

「優ちゃんは、今日は私服ってことは、お仕事お休みだったの?」


優:

「そう。この近くで独り暮らししてて、コンビニに行くところだったんだ」


蓮華:

「そっか。『Something』が新宿だから東京に住んでるんだと思ったら、横浜だったんだね」


優:

「うん。生まれも育ちも横浜だよ」


蓮華:

「わあ、あたしと一緒だね!」


優:

「そうなんだ?」(笑う)


蓮華:(店員に)

「すみませーん、生お代わり!」


優:

「あ、僕も」


(*ジョッキがテーブルに置かれる音)

(*ごくごく飲む)


蓮華:

「んー! 美味しい!」


(*ジョッキをテーブルに置く)


蓮華:(特にぶりっ子はせず、普通の口調で)

「……でさ、あたしってさ、黙ってれば、なんだか大人しいお嬢様に見えるみたいなのよー」


優:(思わず本音が出る。これまでにないくらい驚く)

「ええっ! そうなの!?」


蓮華:

「なによそれ? ひどくない?


なんか、優ちゃん、バーにいる時と違うね。もっとお姫様扱いしてくれると思ってたのにー」


優:(にこにこと)

「今はオフだからね。仕事中じゃないし」


蓮華:

「『Something』では営業スマイルだったのねー!」


優:

「まあ、多少ね」


蓮華:(顔を見合わせ、ちょっと吹き出してから笑い出す)


優:(少し安心したように笑う)

「今付き合ってるのって、サックス吹く人って言ってたっけ?」


蓮華:

「そうなの。それでね、あたしが自分の意見を言ってるうちに、

(男の口真似で)『思ったのと違う。もっと従順じゅうじゅんかと思った』

とか言いやがったのよ、あいつ!」


優:(想像してから)

「ああ〜、確かに、蓮ちゃん、黙ってたらお嬢様に見えなくもないかなぁ……黙ってたらね」


蓮華:

「そうでしょ? ……ん? なんか引っかかるわね。

大人しくて言いなりになると思ったから、あたしと付き合ったのか、って言ったら言い合いになっちゃって。

ちょっと年上だからって、人をなんだと思ってるのよ」


(コロッと変わる)

「あ、この豆腐とうふ入りのエビチリ、美味しい!」


蓮華:(食べたり、飲んだりするうちに、すっかり上機嫌に)

「ほら、優ちゃんも、これ食べてみなよ。海老えび餃子ぎょうざめちゃめちゃ美味しいよ!」


優:(笑う)

「ホントだ、美味しい!」


蓮華:

「ねー!」(笑う)


   *『Something』営業中


蓮華:(元気よくドアを開けて入る。ボトル入りの細長い紙袋を持っている)

「マスター、おはよ〜」(夜でも「おはよう」)


マスター:

「おっ、蓮華ちゃん、こんばんは。今日は優もいるよ。

今、瑛太のバンドメンバーと話してるけど、すぐ来るから」


蓮華:

「良かった! ありがと!」


マスター:

「今度、蓮華ちゃんも瑛太のバンドと一緒にやるんだって?」


蓮華:(ウキウキと)

「そうなの! 二曲だけね」


優:

「あ、蓮ちゃん」


蓮華:

「おはよ〜。この間はごめんね。ハンカチもありがと」


優:

「いえいえ、わざわざありがとね」


マスター:

「この間、お前が銀座の方に研修行ってた時に、蓮華ちゃんがお前にお礼したいって、来てくれたんだよ」


蓮華:

「優ちゃん、銀座のお店で研修?」


優:

「うん。『Limelightライムライト』ってお店なんだ」


マスター:

「そこは、うちみたいな雑然ざつぜんとした店と違って、クラシカルなオーセンティックバーだし、オーナーは俺みたいないい加減な師匠じゃないからな」(笑う)


蓮華:

「すごい! ホントにちゃんとバーテンダーの勉強してたんだね!」


優:(笑う)

「してるよ」


(*瑛太とバンドの女子と男子の足音)


バンド女子:(明るく、からかうように)

「あら、優くんの後輩? もしかして、もう手ぇ付けられちゃった?」


蓮華:

「えっ?」


バンド男子:(優に向かって)

「桜木クンのタラシ!」


優:(笑う)

「なに言ってるんです? 彼女はジャズピアニストの橘さんのお弟子さんですよ」


バンド男子:(ちょっと感心したように)

「なんだ、桜木とおんなじ先生に習ってるんだ?」


蓮華:(にこっ)

「はい」


瑛太:

「ほら、みんな、そろそろ準備するぞ。蓮華ちゃん、またな!」


蓮華:

「うん! 瑛太くん、またね」


バンド女子:

「じゃ、またね。優くんには気を付けてね~!」


優:(笑う)

「もう、変なこと吹き込まないでくださいね」


(*バンド演奏始まる。トランペット、サックス、ギター、ドラム、ベースの編成。この通りじゃなくてもOK)


(優は一向に気にしていない様子で仕事を続けるが、蓮華が静かに飲んでいるのは気になった)


優:

「さっきから、ずっと黙ってるね」


蓮華:(淡々と)

「タラシには気を付けようと思って」


優:(気にせず)

「タラシじゃないってば」


(蓮華が再び黙ると、優も黙々とグラスを拭いたり、仕事を続ける)


蓮華:

「あ~、もう、ダメ! 黙ってられない!」


優:(笑う)

「黙ってられなくなると思ってた」


蓮華:(肩をすくめる)

「えへへ……。

あ、そーだ! この間、愚痴ぐち聞かせちゃったおびに、リキュール持ってきたの。

いただき物でね、うちでは誰も飲み方がわからないから、優ちゃんにあげる。カクテルの練習にでも使って」


優:

「え、もらっちゃっていいの?」


蓮華:

「いいよ、いいよ。良かったら、後で瑛太くんも一緒に。今度のライブの打ち合わせも出来るし」


優:

「ありがとう!」


   *優のアパート


(横浜の優のアパートに、瑛太と蓮華が寄っていく)

(1LDKのリビングのラグに座り、瑛太が見回す)


瑛太:

「いつも思うけど、男の一人暮らしにしては綺麗にしてるよな!」


優:

「楽譜とカクテル本以外の物が少ないし、こうやって何かと人が来るからね。練習でカクテル作って、試しに飲んでもらったりしてるんだ」


蓮華:

「お酒の瓶が並んでて、ミニバーみたいになってる! すごいね!」


優:(袋から瓶を取り出す)

「蓮ちゃんが持ってきてくれたのは、「ディタ」か。ライチ味のリキュールだね。自分では買わなかったから、ありがたいよ」


蓮華:

「そう? 良かった! ライチ味なんてアジアっぽいよね。あたし、アジア系とかエスニックが好きなんだ~。今度これで何か作ってね」


優:

「うん、レシピ研究しとく」


蓮華:(嬉しそうに笑う)


瑛太:

「寝る部屋は、最近どうなってんだ?」


蓮華:(笑う)

「なんのチェックなのよ?」


優:

「あ、そこはちょっと……!」


瑛太:(からかう)

「なんだよ、女物の何かがあるとか~?」


蓮華:(仕方がなさそうに笑う)

「瑛太くん、ノンアルビールだったのに、酔っ払いみたい」


(*瑛太、寝室のドアを開ける)


瑛太:

「ここも綺麗きれい片付かたづいてんな。……ん!?」


(部屋のすみに、大きいパンダのぬいぐるみがある)


瑛太:

「パンダのぬいぐるみ? でかっ! あれ、お前のかよ!?」

(ゲラゲラ笑い転げる)


優:(仕方なく、ため息をついて白状)

「赤レンガ倉庫のイベントに行った時に、僕が引いたくじが当たって、その時付き合ってた彼女にあげたんだけど、向こうも一人暮らしで置くスペースがないからって、ずっとここに置いてて。


もう処分してくれって言われたんだけどね」


瑛太:

「ああ、あの彼女か……。もう未練みれんはないなら、そんなもん早く捨てろよ」


優:

「そうなんだけど、このパンダに罪はないし、なんか可哀想かわいそうになっちゃって」


瑛太:

「まさか、ひとり暮らしがさびしいからって、ただいまーとか、コレに名前付けて話しかけたりしてないだろうな?」


優:(あきれて)

「してないって」


蓮華:(気遣うように)

「パンダ、いなくなったらさびしい?」


優:

「蓮ちゃんまで……! 別にさびしくないってば」


蓮華:

「じゃあ、これ、あたしがもらってもいい?」


優:

「あ、ああ、もらってくれるなら助かるよ」


蓮華:

「ありがと! 大きいぬいぐるみなんて、小さい頃にもらって以来だな〜!」


(蓮華がキャッキャ笑っている横で)


瑛太:(小声)

「あの子、優のこと好きなのかな? あのパンダ大事にしてたら、お前のこと好きだってことになるよな」


優:(笑い飛ばす)

「そんなことないでしょ」


瑛太:(不思議がる)

「蓮華ちゃん、かわいいし、気が合うみたいだし、お前、どこが気に入らないわけ?」


優:

「別に気に入らないわけじゃないけど……。

お店に来てくれれば嬉しいし、一緒に演奏する時も楽しい。

それだけで十分じゅうぶんだって思ってるよ。


せっかくだから、あの子とは友達のままでいたいかなぁって」


瑛太:

「わっかんねぇな!」


   *数日後『Something』


瑛太:

「そういえばさ、蓮華ちゃん、あのパンダのぬいぐるみどうした?」


蓮華:

「ああ、あれね! おばあちゃんにあげた」


優:

「えっ?」


瑛太:(驚愕きょうがく

「なっ、なんで、おばあちゃん?」


蓮華:

「おばあちゃんが気に入っちゃって。


……あ、そっか、知らなかったよね。あたし、今、お父さんとケンカ中で家出してて、おじいちゃんとおばあちゃんの家に住んでるんだ」


瑛太:

「なにっ!?」


優:

「……そうだったんだ?」


衝撃しょうげき的な打ち明け話に、思わず何と言っていいかわからず、二人はただ蓮華れんかの顔を見つめる)


蓮華:(気にも留めず)

「父親は、あたしが音楽やるのに反対してるから。

普段はおじいちゃん達のところにいるけど、家に残して来た六年生の弟が心配でね。


あたしが家に行ける日は、父親が仕事から帰ってくる時間まで、なるべく弟といるようにしてるんだ~」


優:

「そんなに年の離れた弟さんがいたんだ?」


蓮華:

「うん。かわいいんだよ~!」

(デレデレする)

(カクテルグラスをかたむける)


瑛太:(優に)

「ごめんな。あの子がお前に気があるかもなんて言って、期待させちゃって」


優:(笑う)

「大丈夫だよ、別に期待はしてなかったから」


瑛太:

「お前が、あの子とは付き合わずに友達でいたいって、言ってたわけがわかったよ」


(すっきりとした表情で)

「色気がないからだろ?」


優:

「は?」


瑛太:(ひとりで勝手にうなずきながら)

「優の周りには大人の女が多いもんなー。

お前がピンとくるには、あの子にはフェロモンが足りない。

つまり、そういうことか。

うん、そういうことだな!」(勝手に納得なっとくする)


優:

「いや、あの、そういうのとも、ちょっと違うんだけど……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る