第5話 ラプソディー・イン・ブルー

<CAST>

ナレーション:

璃子:

大輔:

桜木 優:

担当講師:


<台本>


ナレーション:

 学内コンクール当日。

 本選会場には、出場者と講師たち、応援や勉強のために来た学生たちが集まっていた。


 女子ははっきりとした色や淡い色のドレスを、男子は黒やグレーなどのスーツを着ている。


 コンクールが始まると、異常ともいえる緊迫感が漂う中、まされたグランドピアノの音が、冷たい空気の中を通っていく。


璃子(心の声):

「みんな持っている力を出し切って、最高の演奏をすることを目指してる」


大輔(心の声):

「去年もそうだったけど、この息苦しい緊張感には、出演者も観客も呑まれそうになる。


コンクールは、普段は間違えない所でミスをすることもある。

その度に、空気がピリッと冷ややかに感じられて……ううう、耐えられない」


ナレーション: 

 優は黒いスーツで現れた。

 普段と変わらず、微笑さえ浮かんでいる。


 客席の中央は審査員席であり、その後ろで、大輔と璃子は祈るような思いで、ライトに照らされているステージを見守っていた。


大輔(心の声):

「いよいよだ……!」


璃子(心の声):

「いよいよね。

右手のトリルから静かに始まって、音が駆け登ってく……」


大輔(心の声):

「『ラプソディー・イン・ブルー』は、ピアノ協奏曲として作られた。


オーケストラらしい、分厚ぶあつくて華やかな和音が、強く響き渡って……うん、ソロ楽器を連想させるフレーズとの対比も、うまく表現出来てる!」


璃子(心の声):

(安心して)

「優くんらしい、この緊張感にも呑まれずに、マイペースで安定した演奏だわ!」


ナレーション:

 後半、オーケストラ部分からピアノソロ部分に移ると、そのあとには、また豪華なオーケストラ部分が控えている、そんな場面だった。


 ゆったりと自由なテンポに始まり、徐々に加速していく。

 ジャズしょくの濃いフレーズと和音が、緩急つけて跳ねる、踊る。

 ステージでの彼は自由に気ままに、そして、聴かせた。


 それは、ふんわりと、客席までをも明るく、柔らかく包み込む。


璃子(心の声):

(息を呑む。感心して)

「鼓動が高鳴っていくのが感じられる。

観客を魅了する音って、こういうものなのね」


「いつの間に、優くんは、こんな技法を身に付けたのかな。

ただの譜面の再現だけじゃなくて、曲は完全に彼のものとなってる。

彼のものとして、観客に届けられてる……!」


ナレーション:

 彼が求めていた音楽は、こういうものなのかも知れない。


 他の出演者には感じられなかった感動を噛み締めながら、璃子はこのままミスがないよう祈るが、優には余裕すら感じられ、きらびやかな音を振りまき続けている。


璃子(心の声):

「いけるかも知れない。2位以上は確定だわ!

大輔もそう思ってるはず!」


ナレーション:

 そう思った璃子が大輔の横顔を見た時、審査員の講師5人がざわついた。


大輔(心の声):

(璃子の視線に気付くことなく)

「……なんだ? どこかがおかしい?

いや、うまいし、華のある演奏で、十分じゅうぶんき手をき付けてた。


だけど……、俺が知るこの曲では……こんな部分はなかった……」


ナレーション:

 審査員の一人が「譜面にない」と言ったのを、席の近かった大輔は聞き逃さなかった。


 結果発表では、優は入賞すらしていなかった。


   *


講師:(オネエらしさを保ったまま)

「まったく、どういうつもりなのっ!?」


ナレーション:

 会場のロビーでは、担当講師と教授の二人が激怒しているが、優はうつむいて黙っていた。


璃子:

「大輔、優くんいったいどうしたの?」


大輔:

「璃子は、あの曲のオーケストラ版も、ピアノ版も聴いたことあるか?」


璃子:

「チラッとなら聴いたけど、じっくりとは……」


大輔:

「俺は何度も聴いた。オーケストラのピアノソロにあたる部分を、優は楽譜にないことを弾いたんだよ」


璃子:

「えっ!?」


大輔:

「お、やっと先生たちの説教が終わったみたいだな」


璃子:(優に駆け寄っていく)

「優くん、いったい何やらかしたの!?」


優:(苦笑する)

「後半のピアノソロの部分を、アドリブで弾いたんだよ。それが先生たちにバレて。

譜面通りじゃないから失格だって」


璃子:(驚く)

「は!?」


大輔:(驚く)

「アドリブってことは、即興だったのか? ……よくそんなこと出来たな!」


優:

「そういうの考えるのは楽しいから」


璃子:

「なんでそんなことしたの!? せっかくのチャンスだったのに! せっかく、ここまで頑張ってきたのに!」


(涙をためた目で、優をにらむ)


「出たくても出られなかった人とか、予選落ちて悔しい思いをした人もいたのに! 2年連続で本選に出られる実力がありながら、なんでふざけたの!?」


大輔:(璃子の剣幕にちょっと引く)

「うっわっ……」


優:(穏やかに)

「ふざけてはいないよ。

ガーシュウィンはピアノ協奏曲を作る依頼をされて、あの曲を作ったけれど、ピアノソロパートの譜面を書く時間がなくて、実際に本番でオーケストラと合わせた時に、ソロのところを即興で演奏したんだ。


だから、本来なら、そのピアニストのアドリブになるだろうと思って、そうした。僕は、あの曲に真面目に向き合っただけだよ」


璃子:

「で、でも……! 譜面通り弾かなかったら失格だって、わかってたでしょう?」


優:(冷静に答える)

「わかってたよ。

だけど、そんなのは音大だけの……もっと言えば、クラシックのコンクールでしか通用しない理由だよ。音楽の可能性をせばめてるよ」


璃子:(しばらく言い返せず、目から大粒の涙がこぼれる)

「先生に見てもらった時は、譜面通り弾いてたんじゃないの?」


優:

「先生にもここはアドリブで弾きたいって言ったんだけど、許してもらえなかったから、レッスンでは譜面通り弾いてた」


璃子:

「は……?」

(呆気に取られてい棒立ちになる。涙がこぼれ落ちるのを拭くのも忘れ、ただただ優の顔を見上げる)


大輔:

「……ま、まあ、きっと、アレだな、俺は敷かれたレールの上を行くようなタイプだけど、お前は、なんか違うのかもな。


違うもの見付けちゃったんだろうな。それをただ表現した。お前にとっては、それだけのことだったんだな?」


優:

「大輔、ありがとう」

(微笑む)

「ごめん、璃子ちゃん。応援してくれたのに」


(優、会場から出て行く)


璃子:

「なんでよ、優くん……、なんで、あんなこと……。私にはわかんないよ」


(泣き続ける)


大輔:

「まったくだよなぁ! もったいない!

……だけど、あの即興演奏は、良かった」


璃子:(しゃくり上げながら、うなずく)

「……うん……私も感動した。クラシックだとかジャズだとかは関係なく、ただすごい! って思った」


大輔:

「だよな! 俺もだ。

先生たちは、本当のところどう思ったんだろうな。コンクールの審査じゃなく聴いたとしたら?

純粋に音楽を楽しもうと聴いていたとしたら?


……あれを審査出来る先生はいないだろうな。

一番悔しい思いをしているのは、優だ。

少なくとも、ここじゃ、あいつのやることは誰にも理解されないだろうから」


(優の去って行く後ろ姿を見ながら呟く)


「当たり前だけど、学校の外では、いろんな音楽があるんだよな……」

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