第3話 音の戯れ

<CAST>

担当講師:

璃子:

桜木 優:

ナレーション(男声):

遥:

マスター:


<台本>


講師:(クネクネしながら)

「優クン、学内コンクール2位、おめでとう!」


(*璃子と一緒に拍手)


璃子:(拍手しながら)

「おめでとう!」


優:

「ありがとうございます」


講師:

「1位の4年生とは点差があって、3位と接戦だったんだけどね、1年生で2位を穫ったのは学校でも話題になったのよ! 実技担当講師のアタシも鼻が高いわ〜!


そのうち留学したらどう? そうなったら、アタシ、ついていっちゃうかも~!」


璃子:(ドン引き)

「ええ〜、せ、先生……」


優:(特に引く様子もなく、笑顔で)

「それよりも、新しい曲を練習してきました」


璃子:

「ゆ、優くん、『それよりも』って……コンクールも留学も、すごい話じゃない」


優:

「(*申し訳なさそうに苦笑い)ごめん、あんまり興味なくて」


講師:

「んまあ、もったいない! でも、そんな謙虚なところがまたいいのよねぇ」


優:

「別に謙虚ってわけじゃ……」


璃子:

「ああ、もういいから。優くん、どんな曲持ってきたの?」


優:

「多彩な音使いをするドビュッシーとかラヴェルが、最近気に入ってて。

『ベルガマスク組曲 第1番プレリュード』」


(演奏)


講師:

「あら! 優クン、そういうのもいいわねぇ! ラフマニノフの時よりも明るい音が響いて、透明感のある豪華さと柔らかさが、ちゃんと表現出来てるわ」


璃子:

「ホント、意外〜! 今まで弾いてた重厚な曲も上手だったけど、明るい曲も合ってるね!」


優:

「良かった! ラヴェルの『水のたわむれ』とか『道化師どうけしの朝の歌』も面白そうだなと思って。でも難しいから、とりあえず、『亡き王女のためのパヴァーヌ』を途中までやってみました。


美しくも物悲しいメロディーで、華やかさを抑えた幅広い和音、淡白に、優雅に、切なく弦が鳴って、ゆったりと時が過ぎていく感じの」


(演奏)


講師:

「いい! いいわぁ~! ここの和音も思い切り行きたいところだけど、ちゃんとその手前で抑えてて! その加減がまたたまらないのよね~!」


優:

「ですよね! ここの部分、僕も好きなんです」


講師:(身悶えするあまり身をよじる)

「そうそう! そこ、アタシも好きなのぉ~!」


璃子:

「(*引き気味に苦笑い)」


   *


ナレーション:

 開店前の『Something』では、仕事時間の前にピアノを触らせてもらえた。

 遥が来ると、それを待っていたように、優は、曲集のほとんどのジャズの曲をスムーズに弾いてみせた。


遥:(目を丸くして感心したように)

「へー……! もうそれっぽい弾き方が出来てて、すごいじゃない!」


優:

「そうですか?」


遥:

「そうよ! 次はアクセントの付け方ね。ジャズっぽくするには、ここにアクセントを付けて……そう、そんな感じよ」


優:

「う〜ん、難しいなぁ」


マスター:

「おっと、オリーブオイルが切れてたんだった!」


優:

「あ、マスター、僕が買ってきます」


マスター:

「いや、そのまま弾いてていいよ。遥、留守番頼むな」


遥:

「大丈夫よ。いってらっしゃい」


(本人たちにしかわからない間違いや、無茶なフェイクに笑い合いながら、一曲を終える)


「ああ、楽しかった!」(清々しい笑顔)


優:(眩しそうに遥を見つめて)

「前に、遥さんが、僕に『何も知らないのね』って言った意味が、最近わかってきました。


自分の勉強したい音楽もわからずに大学決めて、今まで先生の勧める古典派やロマン派の曲を中心に弾いてきたけど、ジャズを弾くようになってから、それまで興味なかった印象派の音楽にも興味が出て来たんです。


まだまだ表現し切れてないけど、もっと自分からいろんな音楽に興味を持てれば良かったと思いました。遥さんが言ってたのは、こういうことだったんですね!」


遥:(しばらく優をながめて、ふっと顔をほころばせる)

「私がそう言ったのは、それもあったけど、それだけじゃないわ」


(唇を重ねる)

(*小さくリップ音)


優:(真意を尋ねるように)

「遥さ……」


遥:

「目を閉じて……」


(もう一度、遥が唇を押し付け、探るように動いた)

(*リップ音)


「続きは、後でね」


   *


(仕事後、電車を乗り継ぎ、遥の部屋へ)


遥:

「散らかってるけど」


(ざっと片付けながら)

「素っ気ない部屋でしょう? 楽譜は出しっ放しだし、衣装もそこに掛けっぱなしだったわ。アパートだから電子ピアノなんだけど、向こうの壁の方にあるわ。優くんの家にはグランドピアノがあるのかしら?」


優:

「はい。でも、グランドピアノがあるのも、親の家に住んでいるおかげなんですよね。


遥さんは自立した大人の女性なんだと、今改めて思いました。

親のすねをかじってる自分が何も出来ない人間に思えて、恥ずかしいです」


遥:(クスッと笑って)

「何言ってるの。今は学生なんだから、そんなこと気にしなくていいのよ。そこのソファに座って。今、お水を持ってくるわ」


(ソファの前のローテーブルに、ミネラルウォーターを入れたグラスを二つ置いた。ミントが浮かんでいる)


遥:

「これ、優くんの真似してみたのよ。目に付いた時にミントの葉を買うようにしてるの」


優:

「ミント入りのミネラルウォーター、気に入っていただけたなら嬉しいです」


(*氷入りのグラスを傾ける音)


遥:(ソファに並んで座る)

「さっきはびっくりしたでしょう? ごめんね」


優:(思い出すとちょっと恥ずかしそうに)

「あ、ああ……いえ……」


遥:

「初めて……だった?」


優:

「……まあ……」


遥:

「じゃあ、なおさらごめんね! 決してからかってるとかじゃないの。私ね、前から、優くんの手、見るたびにいいなぁって思ってて」


優:

「え、手ですか? よく手が大きいとは言われますけど。ピアノ弾くのに有利だねって」


遥:(クスッと笑う)

「指が長くて白くて……この手に触れられたいって思った。女はそうよ。だから、きれいな手の男の人って得なのよ」


優:(恥ずかしそうに微笑む)

「僕は、遥さんの声も、歌も、ピアノの音も好きでした。どうしたら、あんな明るく澄んだ音が出せるのかって、遥さんの音を目指して練習してました」


遥:

「それは嬉しいわ。早くも学習効果はあったみたいね」


優:

「それなら、いいんですが……」 


遥:

「あなたが興味があるのは、私の音楽だけ?」


優:(穏やかに遥を見つめる)

「そんなわけないでしょう? 目の前のひとにもですよ」


(唇が軽く触れ合い、離れては確かめ合う)


(*軽いリップ音)


遥:

「ん……」


優:

(優の唇が、指が、頬を、唇を、肌を、伝っていく)


(*ゆっくり、間隔を置いてリップ音)


遥:

「本当に初めて?」


優:(笑う)

「そう言ってるでしょう」


遥:

「だって、なんかすごくいい感じよ」


優:

「さっき、遥さんに教えてもらったから」


遥:

「またしても、学習効果が現れてるのね」


優:

「先生がいいから」


遥:

「お上手ね」


優:

(*リップ音)

(首筋に口づけながら、ささやく)

「どうしてあげたらいい?」


遥:

「キスして」


優:(笑う)

「してるよ」


遥:

「もっと。何も考えられなくなるくらい。もっと……」

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