第2話 バー『Something』

<CAST>

ナレーション(男声):

マスター:

瑛太えいた

桜木 優:

遥:


<台本>


マスター:

瑛太えいた、良かったらここでバイトしてみないか?」


瑛太:(明るくムードメーカーっぽく)

「はい? マスター、このバーで、俺がですか?」


マスター:

「お前のバンドはお客さんたちの受けも良くて、顔も覚えられてるからいいと思ってな。バイトの子が辞めて人手が足りないんだ」


瑛太:

「え、えーと……それはいい話ッスけど……、俺、こう見えて、体質的に酒ダメなんだよなぁ」


マスター:(笑う)

「別にお前は飲まなくてもいいんだよ。居酒屋とかでも大学生なら未成年でもバイトは出来るから」


瑛太:

「う〜ん……、あ、そうだ! 俺の後輩で音大行ってるヤツがいるんだけど、ピアノめっちゃうまいし、そいつなら、ここでバイトしたら自分の勉強にもなるんじゃないッスかね」


   *


(バー『Something』にて)


瑛太:

「よっ!」


優:

「あ、瑛太先輩、いらっしゃいませ」


瑛太:

「バーのバイトも板についてきたみたいじゃん、優クン。黒いエプロン姿も似合ってるぜ」


優:(笑う)

「ありがとうございます。マスターは優しいし、アマチュアもプロのライブもあって勉強になります。いいお仕事紹介してくれてありがとうございました!」


瑛太:

「いやいや、俺もライブやる時はお前にも会えるし、飲めないけど、酒のうんちくとか教えてくれれば周りとも話合わせやすいし。このジンジャーエールみたいに気をかせて、生姜しょうがとレモン足してくれたりして、美味しくしてくれるしさ」


優:

「先輩、甘いものも好きでしたよね。ノンアルコールカクテルで美味しいものを見つけておきます」


瑛太:

「おーっ、頼むぜ!」(笑う)


「でさ、音大は忙しいか? 中学では一緒に吹奏楽部に入ってたけどさ、高校の時は音大受験目指して、ピアノの練習時間取るからって帰宅部だったじゃん? 音大入るのは、お母さんの希望だったんだよな? 今も練習大変か?」


優:

「はい。母の希望でもあったし、僕もピアノは好きだから迷いはなかったのですが……。


このお店に来てからジャズとかボサノバとか聴けて、瑛太先輩のバンドも楽しくて、そういう自由な空気がいいなあって思って。


音大も、よく調べれば、ジャズやポピュラー音楽、ゲーム音楽を専攻できる学校もあったのに、僕が通うのは純粋なクラシック音楽を極めるところで。


時代背景とか考察に基づいて、譜面を忠実に再現することを重視されるんです。それも楽しいんですが、もっと色んな音楽を聴いてみたくなって」


瑛太:

「ふ〜ん、それはいいけど、お前、せっかく音大入れたのに、どこか浮かない顔だな。楽しくないのか?」(笑う)


優:

「秋に学内コンクールの本選があるんです。夏休み前に予選受けたらたまたま通っちゃって、先生たちが騒いでて」


瑛太:

「えっ、スゲエじゃん!」


優:

「でも、本選が終わるまでは、同じ曲をただひたすら練習するんですよ。いい曲なんですが、重々しくて。たまには楽しい曲も弾きたくなります。


音を外すと目ざとく指摘される音大より、そんなことを気にせず自由に吹いて、プレイヤーも観客も楽しんでる。これが本来の音楽なんじゃないかな、って思っちゃって」


瑛太:

「う〜ん、俺は自分が楽しめる曲しかやってないし、難しいことはわかんないけど、学内コンクールって1年から4年までいるんだろ? まだ1年なのに、すごくね!?


優は背高くてスラッとしててイケメンだし、指も長いから、ピアノ弾くとサマになるんだよなぁ! 男の俺から見てもカッコいいぜ! お前にはピアノが合ってるんだから、ボヤいてないで頑張れよ!」


優:(笑って)

「そうですね。頑張らないと」


   *


ナレーション:

 この日、『Something』では、ボーカリストのライブが入っていた。

 首元と袖にレースがあしらわれた黒いワンピースを着た、カールした髪が背を覆うほどもある女性で、名ははるかといった。


 ピアノ、ベース、ドラムをバックに、軽快なジャズで客席を沸かせると、ピアノに座り、悲恋のバラードの弾き語りをした。


 甘く、澄んだ声が伸びやかに、切なく響き渡る。


優(心の声):

声楽科せいがくかの人たちの歌い方とは違う発声。くずして歌うところにその人らしさが現れる。


知らない曲なのに、こんなにも聴き入ってしまう、このき付けるエネルギーは何だろう……」


(ステージが終わる)


(演奏後、カウンターにて)


遥:

「マスター、新しい子、入ったの?」


マスター:

「ああ、まだ大学生でね、それも音大生。桜木優だ。優、こっちはボーカルとピアノもやる、遥だ」


優:

「よろしくお願いします」


遥:

「よろしく」

「ねえ、マスター、このミネラルウォーター、ミントが入ってるのね」


マスター:

「ああ、それは、そこの優の提案なんだよ」


遥:

「きみの?」


優:

「はい。遥さんはミントがお好きだと聞いて、マスターにOKもらって試してみたんですけど、嫌でしたら普通のミネラルウォーターに替えますので」


遥:

「……本当はね、今日、ちょっと嫌なことがあって落ち込んでたの。でも、きみの気遣いに癒されたわ。ちょっと元気が出たみたい。次のステージは、さっきよりも楽しんで出来そう!」


   *


ナレーション:

 遥は、18から現在26歳まで、店で歌っている。

 そんな彼女や若いアマチュア・ミュージシャンたちを、マスターは見守り、彼らからは年の離れた兄貴分、または父親のように親しまれていた。


 ライブが入っていない日も、遥は時々店に顔を出していた。開店前に来てピアノを触ることもあり、優とも話をするようになっていった。


遥:(微笑む)

「優くんは、ジャズは弾かないの?」


優:

「中学の時に吹部すいぶで少しやったくらいで。ジャズは聴くのは好きですけど、ピアノでは弾いたことないです」


遥:

「ちょっと教えてあげるから弾いてみない? そうねぇ、『キラキラ星』とかなら、わかりやすいかしら。ジャズ風にアレンジすると……」


優(心の声):

「触れた指先からこぼれる音は、すべて輝きに変わった。

音が踊る。

同じピアノとは思えない響きが、宙を舞う……


まったく別物みたいにジャズの曲になった……! 遥さんの押さえる和音は、クラシックにはない複雑な響きで——」


(衝撃を受け、しばらく固まって見入っている)


遥:

「こんな感じかしら。ね、ジャズっぽくすると楽しいでしょう?」(笑う)


マスター:

「遥らしいアレンジで面白かったよ!」


遥:

「マスターったら、ところどころ笑ってたわね」


マスター:

「知ってる曲がちょこちょこ出てきたりしたからな。……おい、優? ボーッと突っ立って、どうした? お前は笑うどころじゃなかったみたいだな」


優:

「……すごい!」


遥:(肩をすくめて笑う)

「ありがとう。優くんもやってみて、簡単だから。ほら、こっち来てピアノの前に座って、なんとなくでいいから、弾いてみて」


優:(弾いてみる)

「う〜ん、こうかな」


遥:

「そうそう! いい感じよ」(笑う)


優:(苦笑い)

「ジャズって弾くのはなかなか難しいんですね。クラシックの方が楽に思えます」


(優を眺めていた遥は、少し間を置いてから微笑む)


遥:(静かに)

「……なにも知らないのね」


(優の手を見つめる)


優(心の声):

「どういう意味……かな?」

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