第1話 音楽大学生

<CAST>

ナレーション(男声):

璃子りこ(同級生):

桜木 優:

バイオリン女子(同級生):

担当講師(オネエ):

大輔(同級生):


<台本>


ナレーション(男声):(*エコー有りでもいいかも?)

 触れた指先からこぼれる音は、すべてを輝きに変えた。

 音が踊る。

 同じピアノとは思えない響きが、宙を舞い、きらめく。


 初めての現象だった。


 すべては、ここからのスタートだった。


 新たな音楽も。

 新たな味も。

 新たな道も。


 いも甘いも――」


   *

ナレーション(エコーなし):

 都内のある音楽大学――

 防音になっている練習室で、数少ない男子生徒である優はピアノに座り、少し派手な化粧をしたソプラノの歌声に合わせて伴奏をしていた。


璃子りこ

「優くん、そろそろレッスンの時間よ」


優:

「レッスンの時間くらいちゃんとわかってるから、いちいち呼びに来なくても大丈夫だよ。璃子ちゃんが先に行って先生に見てもらってくれててもいいんだけど」


璃子:

「とか言っちゃって、最近毎日のように、さっきの声楽の子と練習してるよね。私、お邪魔だったかしら?」


優:

「来週、声楽の試験で伴奏頼まれてるんだから、今時期は毎日合わせるのは当たり前でしょ?」


璃子:(気に入らない様子で)

「見つめ合ってたくせに」


優:(おかしそうに笑う)

「ただの合図だよ」


璃子:

「向こうはどうだか。今日は一段とメイク濃かったし。あの子、優くんと練習する日はメイクしてるよね」


優:

「え、そうなの? いつもしてるんじゃないの?」


璃子:

「この間はすっぴんだったよ」


優:

「へ~、そうだったんだぁ。璃子ちゃんはメイクしないの?」


璃子:

「失礼ねっ! 私はナチュラルメイクなの!」


優:(さらっと自然に。にっこり)

(何も特別なことを言ったつもりもない、普段通りの笑顔)

「僕は濃いめより、その方が好きだなぁと思って」


璃子:(怒るに怒れない)

「むっ……」


バイオリン女子:(ウキウキ)

「あ、桜木くん、後で伴奏よろしくね!」


優:

「うん。レッスンが終わったら行くから、先に練習してて」


璃子:(呆れて)

「今度はバイオリンの伴奏? 桜木優クン、いったい、きみは、何人の伴奏を受け持ってんのかな? 自分の練習はどうするのよ。秋には学内コンクールの本選があるでしょう?」


優:(暢気のんきな笑顔)

「来週末で全員の伴奏が終わるから、それから詰めても間に合うよ」


   *


ナレーション:

 レッスン室のグランドピアノを前に、一呼吸置いてから、優は弾き始めた。


 ラフマニノフ作、前奏曲『鐘』。


 重厚じゅうこうな和音の後に静寂せいじゃくが訪れ、クレッシェンドしていくその様は、出だしから慎重な集中力を必要とする。

 ソロを弾く時の優の表情は、普段の柔和にゅうわさを閉じ込め、クールなピアニストへと変貌へんぼうする。


 ピアノの旋律せんりつが細やかでなめらかに移り変わり、激しくクライマックスへと運ばれていくと、オーケストラのようなダイナミックな音となった。


 まさに、街中まちじゅうに降りそそぐようなおごそかに響き渡る鐘の音だった。


 静寂せいじゃくへと戻り、最後の音を静かに響かせた指先が、鍵盤けんばんを離れる。


先生(オネエ):(拍手をして)

「良かったわよー、優クン! 先週よりも中間部のバラつきがなくなってたわよー!」


(グレーのスーツを着た痩せた男性講師。両手を合わせてクネクネ)


「あとはね、ここのところはメロディーをもっときかせて……こんな感じで……そうそう! そんな感じ!」


「あ、璃子チャンの時間、ちょっと押しちゃってごめんなさいね。今から始めましょう」


「そうそう、そこはそんな感じよ。璃子ちゃんはいつもちゃんと練習してて、安定してるわね。さすが優等生ね!」


ナレーション:

 レッスンが終わり、ひとりになった璃子は考えていた。


璃子(心の声):

「音大では、人数少ない男子の方が、女子よりも重宝ちょうほうされるなんて話も聞いたことがあったけど、先生の場合は、優くんの才能を認めている以外の感情もあるように、時々見えるのよね。


さっきのレッスンでも、私の番になると、あそこまでの熱意は感じられなかったし。さっきだけじゃなくて、いつも。


でも、そんなふうに思うのは、私が目をかけてもらえずに、ひがんでるってことなのかな……?」


大輔:

「よお!」


璃子:

「あ、大輔」


大輔:

「ひとりか? 優は?」


璃子:

「ヴァイオリンの子と練習。その後は、バーでバイトだって」


大輔:

「ああ、最近始めたんだっけ?」


璃子:

「そう。新宿の」


大輔:

(スラスラと答える璃子を見て、くすっと笑う)


璃子:

「なによ?」


大輔:

「いや、だって、秘書とかマネージャーみたいに優のスケジュール把握はあくしてるから」


璃子:(憮然ぶぜんとした顔になる)

「レッスンが一緒なんだから、知ってて当然でしょ?」


大輔:

「ああ、だよな。だけど、通常は個人レッスンなのに、珍しいよな」


璃子:

「先生が、優くんのレッスン見てるだけでも私の勉強になるし、優くんにも人に見られるのはいい練習になるからって、すすめてくれたの。まあ、先生としては、優くんの時間を長く取りたい気がするけど」


(溜め息)


「それにしても、優くんみたいなお坊ちゃんがバーのバイトなんて……。お家の人もよく許したよね。バイトなんかしたら、ピアノ練習する時間も減っちゃうのに」


大輔:

「う〜ん、そうだよな。遅い時間は近所迷惑になるからピアノは弾けないから、学校の練習室で練習してからバイトに行く方が効率こうりつがいいけど、……もしかしたら、あんまり家にいたくないのかも知れないな」


璃子:

「そうなの? 私にはそんなこと言ってなかったけど……」


大輔:

「俺も、つい一昨日くらいに聞いたばかりだけどさ、兄さんがもうすぐ結婚するとかで、二世帯計画があるみたいだよ。建て直す間はどこか賃貸ちんたいに引っ越さないとならないし、ピアノを置いてもOKなところを探すらしいけど、今まで住んでた一軒家いっけんやよりも音に気をつかわないといけないから、多分、七時半くらいまでしか練習出来ないと思うって」


璃子:

「そう……。そうなると、通学時間の分、学校で練習しちゃった方がいいよね。学校は八時まで練習室借りられるんだし」


大輔:

「だからか、自分の部屋はいらないって言ったらしいんだ」


璃子:

「え……?」


大輔:

「ピアノ弾くのは優だけだし、そのためにグランドピアノが入る大きさの部屋も作らないとならなくて、床も補強しないとだし、昔から一緒に住んでるわけじゃない義理の姉さんには、年中聴こえてくるピアノの音に耐えられないかも……とか、いろいろ考えて、それを機に一人暮らしするんだって」


大輔:

「兄弟が結婚……。私たちくらいの年になると、そういう人も出てくるのね。優くん、気を遣ってるのかなぁ……」


大輔:

「だと思うよ。ピアノを弾く者として、とても他人事ひとごととは思えないよ」


璃子:

「うん、そうだよね……。優くん、普段はひょうひょうとしてるけど、実は色々考えてるんだね」


大輔:(からかって)

「保護者として安心したか? あ、秘書だったか」


璃子:

「もう! 違うったら!」

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