魔法オンチの打ち上げ花火

八百十三

第1話

 アーカーシャ魔導学園。

 世界中から優秀な学生を集め、一流の魔導士や魔法戦士を育てるための学園。

 そこには夏の時期、風物詩ともいえる行事があった。

 それが「魔法花火コンテスト」だ。

 基本魔法の一つである花火魔法を使って打ち上げ花火を上げ、その花火の美しさ、大きさ、色や形を競うのだ。

 このコンテストで入賞、はたまた優勝をすることが出来れば、世界各国の町や国から花火打ち上げのお声がかかる。そのまま国家お抱えの花火師にまで成長した入賞者も少なくない。

 それ故に、このコンテストの参加者は全員が全員真剣そのものだ。


 その、参加者渾身の花火が次々打ち上がって、学園の運動場と夜空を彩っていくのを、今年入学したばかりの新入生である僕、ヨナタン・ヘンケルは目を見開きながら見入っていた。

 綺麗だ。

 円に広がるだけではない、星形に立方体に正多面体。その周囲にリングが浮かんだり、火花の軌跡が走ったり、小さな花火が連続して上がったり。多種多様で華麗な花火が、次々に上がっては消えていく。

 今もまた、治癒士学科の3年生が大輪の花が開くような花火を打ち上げて生徒から喝さいを浴びていた。

 笑顔で去っていくその生徒を見送って、司会役の先生が声を広げる。


「ありがとうございました。続いては、エントリーナンバー189番、魔法戦士科4年、ルトガー・ペヒさんの花火です」


 そのアナウンスと一緒に出てきたのは、小柄なケットシーの青年だった。手には魔法の発動に使う式を記した巻紙を持っている。

 そしてルトガーと呼ばれたケットシーの姿を目にした観客席が、一斉にざわついた。


「ルトガー?」

「マジかよ……おい、離れて見ようぜ」


 生徒たちは口々にそう言いながら、観覧席の際から距離を取る。席の真ん中くらいにいた僕が、いつの間にか最前列になっていた。

 どういうことだろう、そんなに距離を取らないといけない花火を上げるのだろうか。

 そうこうする間に、ルトガーが巻紙を天に向けて掲げる。


「よし……いけっ!」


 声を発すれば魔力が走り、巻紙がぽうと光を放つ。その光が一点に集まり、球体となって空へと打ち上げられた。青くきらきらと尾を引いて、天へと上っていく。

 が。上っていく光のその速度が急激に落ちた。


「あっ」


 ハッとした表情でルトガーが声を上げる。次の瞬間、打ち上げられた光は地面に向かって落下を始めた。

 炸裂する前の花火魔法・・・・・・・・・・が、である。

 途端に観覧席がざわついた。花火魔法はこちらに向かってきているのだ。ダメージの一切ない魔法であるとはいえ、盛大に音は鳴るし光も放つ。当然、僕の周囲は大騒ぎだ。


「お、おい、こっちに来たぞ!」

「やばい、逃げろーっ!」

「えっ、あっ」


 僕の周りにいた生徒たちが、一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げた。まごついていたが故に取り残された僕の方へ、光の玉が落ちてくる。

 そして光は、僕の頭上いくらかの高さのところで爆音とともに炸裂した。思わず耳を押さえてうずくまる。

 少しして、収まっただろうかと顔を上げた僕は目を見開いた。


「あ……」


 花火が、僕の目の前で大きく咲いていた。

 小さな光がくるくると回転しながら動き回り、中心では大きな多面体が七色に輝いている。そこから大きく広がった光の帯は、ゆらゆらと揺らめきながら瞬いていた。

 綺麗だ。

 感動で動けなくなっている僕の背後では、先生たちが慌てふためいていた。同時に司会の先生の大声も聞こえる。


「きゅ、救護班! 怪我人の確認をお願いします!」

「皆さん、怪我はしていないですね!? 鼓膜の破れた人、目の見えなくなった人はいますか!?」


 花火魔法の至近での炸裂で不調を訴えている人がいないか、とても心配そうに動き回って声をかける先生たち。それもそうだろう、こんな花火が間近で爆発したら、まともに見たり聞いたりした人がただで済むはずがない。

 ふと視線を前方に向ければ、魔法戦士科の主任の先生がルトガーを叱りつけていた。


「ルトガー! お前はまた射出速度を間違えて! 何度言ったらちゃんと出来るんだ!」

「す、すみません!」


 厳しい声で叱られて、ルトガーは大きく頭を下げていた。コンテストという場面で大失敗をしたのだ。反省してもらわないと困るだろう。

 先生がルトガーの手を握る。これからお説教が始まるのだろう、ルトガーは手を引かれながら退場していった。ぽかんとした司会の先生が、気を取り直して進行に戻る。


「……と、ともあれ。次の方に移りましょう。ありがとうございました!」


 そうして魔法花火コンテストは再び再開した。次々に花火が上がり、拍手と歓声が送られる。そして十人ほどが花火を打ち上げ終わった頃だろうか。観覧を続ける僕の直ぐ側に、やってくる人物がいた。


「はぁ……」

「あっ」


 ルトガーだ。深くため息を付きながら敷かれたシートに座り込む。思わずそちらに目をやれば、ルトガーの級友らしい生徒が彼に文句を言っていた。


「ルトガー、てめっ、何もこっち向かって打つことねーだろ!」

「悪かったって! 俺だってこっちに飛んでくとは思わなかったから……」


 小さなケットシーであるルトガーの頭を、他の生徒がぐりぐりとやっている。そうして文句を言われるルトガーに、僕は思わず身を乗り出して声をかけていた。


「あ、あのっ!」

「ん?」


 声をかけられたルトガーと、彼に構っていた生徒が僕の方を見る。そのまま勢いに任せて、僕は彼に話しかけていく。


「吟遊詩人科1年のヨナタン・ヘンケルです! さっき花火を上げてたルトガーさんですよね!?」

「そうだけど……あ、君さっきこの辺にいたろ。ごめんな、怖かっただろ」


 ルトガーがはっとした顔で僕に謝ってきた。結果的に観覧集団の最前列で、彼の花火を間近に浴びた僕だ。僕の顔を目にしていたのだろう。

 認識されていたことに内心嬉しくなりながら、僕は彼の手を握った。もふっとしてちょっと気持ちがいい。


「凄かったです、さっきの花火! キラキラして、派手で、すごく綺麗で!」

「え……そうかな。だってこんな近くで爆発しちまったんだぜ」


 僕に手を握られてルトガーが目を大きく見開く。僕としても恥ずかしくなるくらい彼を褒めちぎっていた。先程先生から厳しく叱責されていた彼が、である。

 どぎまぎするルトガーの肩を、彼の友人が優しく叩いた。


「ルトガーは花火のセンスだけはいいからなぁ」

「ほんと。魔法を扱う腕前がアホみたいに悪くなけりゃ、入賞も狙えるのにねぇ」


 友人たちが苦笑しながらルトガーに言う。そこまで言わせるだけの力が、確かに彼の花火にはあった。間違いない。

 僕はルトガーの手を、一層しっかり握りながら言った。


「お願いします、僕に花火魔法を教えてください! ルトガーさんみたいな花火を僕も上げたいんです!」

「え……」


 僕の言葉にますますルトガーが目を見開いた。こんなことになるなんて、彼は当然予想していなかっただろう。

 だが、僕はルトガーの花火を純粋にすごいと思った。その技術を学びたいと思ったのだ。

 僕の言葉を聞いて、ルトガーの友人たちがニコニコしながら言ってくる。


「いいじゃん、教えてやれよ。いつも先生が言ってるだろ、『他人に教えることは自分が学ぶことだ』って」

「そうそう。それに彼に教えているうちに、お前のノーコンも治るかもしれないし」


 友人たちの言葉に、ルトガーの視線がせわしなく動いた。

 指導することは自分で学び直すこと、というのはよく言われる話だ。他人に教えるためには自分の知識を整理することが必要になる。それがまた、学びになるのだ。

 そのことをよくよく分かっているのだろう。ルトガーが頭を振って僕の服を引いた。


「そうだけどさ……分かったよ、しょうがない。教えてやるからこっち来な」

「ありがとうございます!」


 根負けしたらしいルトガーが観覧席から出ていくのに、僕はついていった。そのままやってきたのは運動場の隅の方だ。コンテスト参加者が、魔法式の最終調整を行っている。

 そこで、ルトガーは僕に向き直った。


「最初に言っとくけど、俺、上げるのほんと下手だからな。他の魔法もノーコンだし」

「いいんです! 花火が綺麗なのとノーコンなのは関係ありません!」


 彼の発言に僕は元気に返した。正直、本心だ。ルトガーは魔法を使うのが下手なだけで、魔法を使えないわけではないのだ。

 その言葉に目を見開いた彼が言葉に詰まる。


「そっか……じゃ、コツを教えるからよく聞けよ」

「はい!」


 そうしてルトガーが巻紙を開き、同心円を描くように描かれた魔法式を見せてくる。一緒に僕も、手元にある巻紙を開いた。

 そこに、ルトガーのアドバイスを受けながら花火魔法の魔法式を書き記していく。単に破裂するだけの花火を上げるなら、魔法式は円一つ分で十分だ。まずは基本の式を書いて、そこにルトガーからアドバイスを受けて要素を足していく。


「ここの式にこの文字を加えるだろ、そうすると小さな花火が円を描くように爆発するんだ。やってみな」

「はい……それっ!」


 ルトガーから言われた通りに式を書き換えて、僕は紙を巻いて空に向けた。放たれた光が空に上り、高いところで炸裂する。基本の式だと中心から広がるように光が出るのだが、今回は一点を中心に発生した小さな光が、円を描くように連続で爆発して光を散らした。

 言われた通りだ。こんなに簡単に出来るなんて、びっくりだ。


「わあ……!」


 感嘆の声を漏らす僕の横で、一緒に空を見上げたルトガーが嬉しそうに微笑んだ。


「へえ。筋がいいじゃん。俺よりいい花火上げられるんじゃないか?」

「いえ、そんな」


 彼の言葉に僕はすぐさま首を振った。1年生と4年生、という年季の差があるだけでも実力には開きがあるのに、ルトガーはあの素晴らしい花火を上げられるというセンスがある。僕には真似の出来ない部分だ。

 しかし、謙遜する風でもなしにルトガーは首を振る。


「いや、そうなるかもな。だって俺は落ちこぼれだからさ」

「そんなこと無いです!」


 「落ちこぼれ」という言葉に反応して、僕は思わず大声を上げた。僕の前でルトガーが大きく目を開いている。

 彼に僕の顔を近づけるようにしながら、僕はきっぱり告げた。


「ルトガーさんの花火はすごいです! 射出さえちゃんとしてれば……」

「だよな。でも射出の式はちゃんと組んで……あ」


 僕の言葉に首を傾げつつ返したルトガーが、ハッとした表情になった。そうして自分の巻紙を開いて、まじまじと式を見つめている。

 しばらく式を確認していたルトガーが、顔を上げて僕の巻紙に目を向けた。


「ヨナタン、お前の式ちょっと見せてくれ」

「え、はい」


 言われるがままに、僕は自分の巻紙をルトガーに差し出した。そのまま彼は僕の巻紙と彼の巻紙を見比べている。

 しばらくして、ルトガーが自分の魔法式を指差した。一番内側、自分の魔力を変換して魔法を発動させる部分の式だ。僕の魔法式と並べながら話す。


「……やっぱりそうだ、魔力の変換式が俺のと違う」

「え、違うんですか? 僕はこの式で習ったんですけれど……」


 そう言われて、僕は驚きに目を見開いた。一番基本的な部分の魔法式の書き方が僕とルトガーで違うなんて、思いもしなかった。

 ルトガーがおもむろに、僕の魔法式の紙を巻き始める。


「悪い、ちょっとこの式貸してくれ……それっ!」


 そうして彼が巻紙を高く掲げると、そこから光が放たれた。その光は僕が使った時と同じように天高く上り、そして炸裂して小さな光が連続して爆発し、円を描く。

 僕の時と同じだ。そして変な方向に飛んでいくようなこともない。


「おぉ……」

「ちゃんと上がった……すごい!」


 ルトガーと僕は一緒になって、上がった花火を見上げた。

 やはり、彼もやれば出来るのだ。それは、今までやり方がまずかったから出来なかっただけなのだ。

 喜びを顕にする僕の隣で、ルトガーが小さく首を振る。


「いや、まだだ。高度が足りない……でも、この式なら調整すれば上げられそうだ」


 僕に巻紙を返しながら、ルトガーがニッコリと笑う。彼も、一筋の光明が見えていたらしい。


「ありがとうな、俺もなんとかなるかもしれない」

「いえ。一緒に頑張りましょう!」


 そうして笑い合いながら、僕とルトガーはお互いの魔法式の調整を始める。

 次はどんな花火を上げられるだろう。今からとても楽しみで仕方がなかった。

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魔法オンチの打ち上げ花火 八百十三 @HarutoK

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