第18話 恋は急展開



「一緒に来られたお二人とは本当に付き合ってないんですか?」


 庭用のつっかけサンダルを借りた俺は、友香子とともに池を見ながら歩いていた。


「あー……ないない」


 そもそも二人とも人間じゃないし。


「そうですか」


 何故だかほっとした友香子が立ち止まる。振り返れば、真剣な眼差まなざしを俺に向けていた。


「えっと。……おばあちゃんのこと、ホントにすみませんでした」

「ああ、いや。ビックリはしたけど大丈夫」

「良かったです……ええっと、変なことを言うようですが」


 友香子が俺へと熱い視線を向ける。止める間もなく俺の手を握り、


「手を繋いでもらって――」


 言い終える前に、俺の股間が爆発して池を紅に染めた。




 ……。

 …………。

 ………………。


 白い空間。

 そこにレリエルがいた。座布団の上で正座したレリエルは、何故か不機嫌そうな顔をしながら自らの眼前を指さしている。

 座れ、ということなのだろう。


 いやそもそもその座布団どっから出したよ。


 おずおずと座れば、正座! と怒られたので仕方なく正座する。


「良いですか優斗さん。優斗さんが股間第一主義で女の子を見れば欲望をぶつけようとする性獣せいじゅうなのはよく分かっています」

「分かってないよなぁ!?」

「ですが、いくら何でもスキルを利用して洗脳した相手に手を出すのは最低だと思います!」


 言いながら差し出されたアナライズに目を通す。同時に襲ってくるのはめまいだ。


『名前:獄門友香子(16)

 種族:人間 ♀

 能力:ひかえめ

 健康:中度洗脳(PTSD+フェロモン)

 備考:処女

    単純一途』


 いや洗脳レベルあがっとるやん。

 前回、学校で見た時は軽度だったよな!?


 何を思ったか、レリエルは溜息とともにさげすみの視線を俺に向けた。


「優斗さんがこの私にガチ恋なのは知っています。でもレリエルちゃんがあまりにも気高く美しいからって気おくれした挙句、真正面からアプローチする勇気もなく近場の女の子を洗脳して妥協しようなんて最低です! それでもちん〇んついてるんですか!?」

「…………………………はい?」

「ち〇ちんついてるんですか、って言ったんです! 聞こえませんでした、か……?」


 怒りながら急激にテンションをさげたレリエルが、驚異的なものを見る目を俺に向けた。


「私にそういうことを言わせるプレイですか……?」

「違うよ!? そもそもそこから離れて!?」

「はいはい。どうせ次は『ついてるかどうか確かめてみろ』とか言いながら股間を露出させて私を追い掛け回すんですよね。もうそのパターンは慣れっこですから効きませんよ?」

「いや、一回もやったことないからね? 何で俺が常習犯みたいな言いかたしてんの?」


 発言がバグってるのはいつも通りなのに機嫌が悪すぎてつっこみ辛い……!

 どうしたものか、とレリエルを眺める。

 ぷるんとした桜色の唇をつんと尖らせ、いかにもねてますよ、と言わんばかりの表情。俺をにらむのはくりっと大きな瞳。めちゃくちゃ長い睫毛まつげが掛かる瞳で上目遣いされると、ちょっとクるものがあるのは間違いない。

 ……調子乗るから絶対認めないけど。

 嫌な沈黙が場を支配したところで、予想外のところから声が掛けられた。

 すなわち頭上である。


「優斗さん。つまり、狙うならレリエル様を狙ってほしいそうです」

「さ、サキエルさん!? デタラメを言わないでください! 誰がそんなことを言いました!?」


 純白の翼を出して飛んでいたらしいサキさんが現れ、そのまま俺とレリエルの中間くらいに着地する。


「自らを犠牲にして被害者を救済する……並の天使にはできない素晴らしい行いです」

「えっ……素晴らしい、ですか」

「そうです! 自分の股間を宇宙の中心だと思っているセクシャルモンスターを救おうだなんて、もうレリエル様にしかできません!」

「ですよね! 私以外ならさじ投げてますよね! 優斗さんには私がいないと!」


 レリエルがえへへ、と頭を掻いて俺に向き直る。

 そもそもレリエル以外だったら股間が爆発物になってないんだよなぁ。

 っていうかサキさん急にぐいぐい推してくるじゃん。レリエルもぽんこつだからまんまと乗せられてるけどさぁ。


「もー、しょうがないですねー。特別にこのレリエルちゃんのことをいやらしい目で見ても良いですよ? 酷すぎたら目つぶししますけど」

「誰が見るかッ!?」

「素直じゃありませんねぇ。じゃあタッチですか? レリエルちゃんで股間を爆発させたいんですね……良いですよ、ホラ。このレリエルちゃんで股間爆発欲を満たしてください」

「股間爆発欲!?」

「ですです。さしあたって今は友香子さんを優斗さんの魔の手から守る方法を考えましょう。優斗さん、どうしたら諦めてレリエルちゃん一本に絞ってくれますか?」


 急速に機嫌を回復したレリエルがニコニコしながら俺を見つめる。

 屈託のない笑みを向けられてしまって怒る気力もなくなっていくが、どうにも納得がいかない。


「いや、そもそも友香子のこと狙ってないからね?」

「呼び捨て! 呼び捨てですよこのケダモノ! 隙あらば精神的な距離を詰めようとして!」

「レリエルのこともずっと呼び捨てだろうがッ?!」

「私との距離も詰めたいんですね!? 良いですよ優斗さん。100人いたら125人がドン引きするような距離の詰め方だとしても心が広い天使オブザイヤーを250年連続で受賞しているレリエルちゃんは許してあげますよ?」

「言いながらちょっと距離取ってるんじゃねぇッ!」


 突っ込む俺をサキさんが宥める。


「でも本当に友香子さんへの対策考えないといけませんよね?」


 それは確かにそうだ。

 なんか微妙に優し気な視線で俺を見つめるレリエルを無視して、何があったのかを端的に説明する。

 レリエルはうんうん頷いてるだけなので多分聞いてないだろうけども、サキさん向けだ。


「えっと、つまり洗脳のせいで恋と勘違い……?」

「まことに遺憾いかんですが、その通りです……」


 三国志の登場人物なら憤死ふんしするくらい不満である。何しろ俺に洗脳する意図がまったくないのだから。

 とはいえ、これを何とかしないと先に進めない。


「でも困りましたねぇ」

「えっ!? そんなに難しいのか?」

「だってホラ、今回は友香子さんの目的が『優斗さんと手をつなぐこと』なんですよ」


 それは確かにそうだ。

 今までは別に俺に触ることを目的にしていたわけではない。

 だから言動を変えて意識を逸らせば何とかなった。いや、るりとか普通に股間クラッシャーだったけど、やっぱりあれも目的が「俺の股間が爆発するか確認する」だった。

 それはつまり確認のために俺に触るということなので、あれだけ爆発を繰り返すはめになったのだ。


 友香子の目的は手をつなぐことだろう。


 意識を逸らしたところで目的は変わらない。

 どういう風に言えば諦めてくれるだろうか。

 サキさんと頭を捻るけれども良い答えがでてくるはずもない。二人で唸っていると、かやの外に置かれていたレリエルがぱたぱたと手を仰ぐ。

 にへら、と気楽な笑顔で一言。


「いつも通りの方策でいきましょうよー」

「……いつも通り?」

「トライアンドエラーですよ。優斗さんもたくさん股間を爆発させられますしWIN-WINですよね!」

「だから何で爆発したがってる前提なんだよ!?」

「あははは」

「余裕ぶった笑いがムカつく……!」

「その怒りも受け止めるのが守護天使の役目ですから。まぁレリエルちゃんくらいのハイパー有能なゴージャス天使じゃないと受け止めきれませんけどね! でも実際、作戦がおもいつかないなら体当たりでやってくしかなくないですか?」

「……それはそうなんだよなぁ」


 はぁ、と溜息を吐きながらも、俺は股間の爆発回数ができるだけ少なくて済むように祈った。


「んんんんん!? 何か、こう、よこしまでえっちな感じの祈りを感じますね?」


 みょいんとアホ毛を立てたレリエルが俺を見る。


「やかましいわっ! レリエルには祈ってねぇしえっちでも邪でもねぇよ!」

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