第19話 まさかの乱入者1



「えっと。……おばあちゃんのこと、ホントにすみませんでした」


 戻ってきた。

 は、と短く息を吐いて、急いで返答する。変な沈黙とかあると気まずくなるからな。


「ああ、いや。ビックリはしたけど大丈夫」


 前回はここで「手をつなぎたい」とド直球の火の玉ストレートを投げられたんだよな。デッドボールになることがわかっているので、機先きせんを制して俺からことばを続ける。

 狙うのはもう手をつなぎたいとか触りたいとか思わなくなる発言だ。


「いやー、今日は暑いね。もう手がぬるぬるのべちょべちょのぐちゃぐちゃだわ」

「汗っかきなんですね? 私も緊張しちゃって汗が止まらないんです」


 それはトラウマを刺激されたせいなのでは。


「どっちが汗かいてるか比べてみま――」


 股間の燃料棒がメルトダウンした。




 ……。

 …………。

 ………………。


「えっと。……おばあちゃんのこと、ホントにすみませんでした」

「大丈夫大丈夫。そんなことよりお手洗い借りても良いかな? もう漏れそうなんだよね」

「じゃあ戻りますか」


 強引な話題転換。

 明らかに戸惑っているけれども、まさか手汗がナイトメアな状態でも迷わず触ってくるとは思わないじゃん?

 洗脳って怖い……。

 きびすを返して屋内へ向かおうとしたところで、友香子から声があがる。


「あっ、トイレ寄るだけならこっちの方が――」


 小走りに近づいてきた友香子が俺の身体に触れたことで、俺の股間は弾け飛んだ。




 ……。

 …………。

 ………………。


「えっと。……おばあちゃんのこと、ホントにすみませんでした」

「付き合うとかそういう話題のこと?」


 トイレが駄目そうなので話題を引き延ばす方向にシフトしてみた。

 申し訳なさそうな表情の友香子が俺の言葉に頷く。


「言い出したら聞かないタチなんですよ……迷惑でしたよね」


 切なそうな、少し傷ついたような表情で俺を見つめる友香子。ここでうんと言えるほど俺は人間を捨てたつもりはない。

 とはいえ、そんなことない、と言えばただでさえフラグが立ちかかっている友香子が一気に盛り上がって俺の手を取るに決まっている。


 どうしたものか。


 答えることが出来ずに黙っていると、友香子が俺に抱き着いてきた!


「もしご迷惑じゃな――」


 俺の股間は友香子を巻き込んで盛大に爆発した。




 ……。

 …………。

 ………………。


「えっと。……おばあちゃんのこと、ホントにすみませんでした」

「……」

「怒ってます、よね。あんな綺麗な人たちを連れてるのに、勘違いとかされたら迷惑ですもんね」


 どうすればいい。

 どう答えるのが正解なんだ。

 友香子は完全にデキあがってる。

 【魅惑のフェロモン】が現在進行形で働いているのか、それとも洗脳状態でおばあさんが色々言ったせいで勘違いしているのか。

 いずれにせよ、かなり強引に接触してこようとする。


「お二人とは本当に恋人とかじゃないんですか?」

「あ、ああ。違うよ。俺は誰とも付き合ってない」


 答えやすい質問に飛びついた俺を待っていたのは、


「わ、私じゃダメですかッ!?」


 再び抱き着いてくる友香子だった。

 ……これ、新手の自爆テロか何か?





 ……。

 …………。

 ………………。


「えっと。……おばあちゃんのこと、ホントにすみませんでした」


 頭を下げた友香子だが、もはや正攻法で通り抜けられる気がしない。何しろ友香子自身の思考がバグっているのだ。

 かくなる上は、会話とかぶっ千切ちぎってこの場から立ち去るしかない。

 三十六計逃げるにかずというやつだ。

 会話の流れを無視して、俺は庭に植えられている樹木を指さす。注意を逸らし、その間に距離を稼ぐ作戦である。


「あっ! あんなところに忍者……が……?」


 適当に指差した樹木の上。

 そこには、黒系の服に身を包んだ忍者が本当に立っていた。


「えっ!? 本当だ……!」

「エッ?! 何で!?」


 驚きに俺と友香子が固まっていると、忍者がするっと木から下りてきた。顔を覆う頭巾ずきんを取れば、


「鹿間!? 何で!?」

「アンタが私を呼び出したのにすっぽかすからでしょ!」

「エッ!? でもスキルの影響はないはずじゃ、」

「よく分かんないけど大切な用事だった気がして会いに来てやったのに知らない女子とイチャイチャして……!」


 懐からクナイを取り出して構えた。そういやご両親のどっちかが忍者の末裔まつえいとか言ってたもんね……。でも普通に不法侵入だしストーカーがヤバいからやめた方が良いよ。

 やや現実逃避気味に鹿間を眺めていると、横で目を丸くしていた友香子がすぅ、と深呼吸をした。


曲者くせもの――!!!」


 バレー部で鍛えたのか、めちゃくちゃ通る声に導かれて敷地内が一気に騒がしくなる。


「曲者!?」「どこの組のモンだッ!」「鉄砲玉か!」「おう、ポン刀もってこい!」「それよりチャカだ!」「ドラム缶の用意しとけ!」「東京湾でサメとデートさせちゃるけん覚悟しやがれ!」


 バタバタ言いながらおっとり刀で駆けつけてくる組員の皆さん。筆頭の蒲生がもうさんが刃渡り40センチはあろうかという刺身包丁を握っていた。


 ……いやあの、何でフリフリのエプロンつけたままなんですか……?


 思わず固まっていると、組員の皆さんに遅れてレリエルとサキさんもやってくる。


「優斗さん! やっぱり我慢できずに襲ったんですか!? 既成事実をつくって写メを撮ればあとはどうにでもなるって思考、本当にやめてください!」

「やめてほしいのはお前の捏造だッ!?」

「このレリエルちゃんで我慢しましょうって言ってるじゃないですか! ほら、視姦するだけなら私も通報して目つぶしするだけで済ませてあげますから!」

「何も済んでないよなぁッ?!」


 思わず突っ込めば、友香子と鹿間からただならぬ気配が漂ってきた。


「……付き合ってないって、言ってたのに……!」

「……私のことを呼び出しておいて……!」


 鹿間がクナイを握りしめるのは、まぁ10000歩譲って想定の範囲内である。

 なんで友香子さんは懐に匕首あいくちなんて忍ばせてるんですか!?

 人相まで変わった友香子が白鞘しらざやを投げ捨てながら俺にメンチを切る。


「よくも私の純情を弄んでくれたなワレェ! タマぁ取ったるけん覚悟せいやぁ!」

「タマを!? もはや優斗さんの本体といっても過言ではありませんよ!?」

「レリエルは黙れェェェッ!!!」


 腰だめに匕首を構えた友香子だが、鎖分銅に巻き取られて俺への突進が止められる。


「そのバカ男の股間を切り落とすのは私。すっこんでな」

「あ”あ”? 私にもメンツっつうモンがあるじゃろがいっ!」


 完全にキャラが崩壊した友香子とまったく忍べていない鹿間がバチりだした。

 あれ、これチャンスなのでは……?

 逃げられないかキョロキョロと辺りを見回したところで蒲生さんと目が合った。


「お客人……手前勝手で申し訳ねぇですけど、ちょいと聞きたいことがありやすのでそこでそのままお待ちくだせぇ」

「優斗さん逃げてください! このままだと可愛く気高く慈愛に満ちたレリエルちゃんに欲情したものの陰キャぼっち過ぎて気おくれしたから代わりに友香子さんを洗脳調教して裸に首輪でキャンキャン言わせようとしてたことが全部バレちゃいますよ!?」

「ほう……! 聞きてぇことはなくなりやしたが、そのままお待ちくだせぇ。――痛みもなく一瞬で終わらせやすんで」

「レリエルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!」


 完全に追い詰めにきてるよな!?

 味方だと思ってたら背中からテポドンを打ち込まれた気分である。レリエルの捏造を信じて完全に覚悟を決めたらしい蒲生さんが刺身包丁を構えた。

 このままいけば一瞬で終わるのは間違いなく俺の人生だろう。


 暗殺忍者の鹿間。

 フレンドリーファイアで俺をハメようとするレリエル。

 よく分からないけれどもヤンデレ風味な友香子。

 その友香子のために俺の生命を一瞬で終わらせに来てる蒲生さん。


 ……詰んだ。


 前略、母さんへ。

 いま、会いにきます。

 草々。


 心の中で祈りを捧げていると、救いの神がカットインしてきた。

 すなわち、純白の翼に光輪を出現させたサキさんだ。


「優斗さん!」


 サキさんは地面すれすれを滑空するように俺へと近づき、手を伸ばす。

 俺は迷わずその手を取った。


 ――そして、股間が爆発した。

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