第10話 ハンター達からの逃亡
「なるほどなるほど……つまり今まで何ともなかったはずの鹿間さん、そして三峰先生から急にアプローチを掛けられて困っている、と」
「まぁ、だいたいそうだな」
特に三峰先生はアプローチってレベルじゃない気がするけれども、少なくとも普通じゃないのは間違いない。
状況説明を終えたところで、頬っぺたに生クリームをつけたレリエルはしたり顔で頷く。
「ズバリ、原因は優斗さんですね」
「またそれ!? 俺何にもしてなくない!?」
「いえいえ。優斗さんのパッション
「鏡見てドン引きしてくれ」
全部お前の発言だよ、とジト目になるが、レリエルは指を振ってアナライズを掛ける。出てきたポップアップに記されているのは、
『【魅惑のフェロモン】Lv.1
異性に対する好感度が上昇しやすくなる。
一緒に過ごした時間に応じて効果が上昇する。
距離が近くなればなるほど効果が上昇する』
魔王アスモデウスの持っていたスキル【魅惑のフェロモン】であった。
「鹿間さんは朝からずっと優斗さんのフェロモンを
「言い方よ!?」
「三峰先生は生徒指導室でしたっけ? きっと密室だったせいで優斗さんのフェロモンが充満してたんでしょう。高濃度の優斗さんをキメたせいで正気を失ったんですかね……」
「だから言い方ァ!」
もはや通常運転とも言えるディスだが、原因がハッキリした。
この【魅惑のフェロモン】のせいで鹿間は俺にドキドキしたし、三峰先生はああなったのだ。
「これ、どうしたら良い?」
「そうですねぇ……正気を失わせるほどの濃度ですから、優斗さんにファブリーズかけても誤魔化しきれないでしょうし」
「やめて!? なんかめっちゃ臭いみたいじゃん!」
「一応、封印を重ね掛けすることも可能ですが」
ことばを切ったレリエルは、懐からスマートフォンを取り出す。
「『100歳以上老ける』『女体化』『知能の消失』『ゾンビ化』『40cmの体毛に全身を覆われる』『分子レベルで崩壊』『語尾がおっぱいになる』『腕が6本になる』……時々そういうバグが起きるみたいです。まぁ低確率なんできっと大丈夫だと思い――」
「よし、とりあえず封印はなしでいこう」
ただでさえ股間が爆発するなんておかしなバグが発生しているのだ。ここに何かを足したら化学変化的なサムシングが起こる可能性は充分にあり得た。
っていうか多分バグる。
レリエルならこういう時に低確率をドンピシャで引くと思う。
それにバグの方向性も酷くないか……バグで人間辞めるってどういうことだよ。
「でもそうすると困りましたねぇ」
「何がだ?」
「ほら、優斗さんっていつの間にか【忘れ得ぬ想い】なんてスキルをゲットしてたじゃないですか。コレのせいで三峰先生も鹿間さんもどんどん優斗さんに
…………。
「あれ、優斗さん? 優斗さーん?」
「……俺、この白い空間で余生を過ごそうかな……」
「私を監禁して眺めて
「いや、そいつらもここまでは来れないだろ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ! 許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl! 酷いことしないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「情緒不安定かよ」
「神様助けてぇ! もう
「いや酷ェ自白だなオイ」
これむしろ天罰が落とされても良いレベルだろ。
泣きわめくレリエルを無視して今後の方針を考えなければならない。
まずは鹿間について。
あいつは別に何かおかしなことをしてくる訳じゃない。ちょっとエキセントリックな言動が目立つだけなので、そういう話にならないよう誘導すれば何とかできる気がする。
気を付けなければならないのはレリエルの話題と、恋愛を連想させるような言動。
この二つだけ避けていればなんとかなると思う。
問題は三峰先生だ。
婚活モンスターである三峰先生に【魅惑のフェロモン】が作用したことで、捕まればとんでもなく強引なアプローチが待っている。アプローチというか……捕食?
生徒に向かって「子どもは何人が良い?」とか本当に正気の
つまるところ、生徒指導室に呼ばれた時点でアウト。
二人きりという密室空間になってしまえば、プレデターの如き絶対捕食者である三峰先生による
そうならないためには鹿間を誘導しつつも、三峰先生の目に留まらないステルス性能を発揮しなければならない。
「……時にレリエルさん」
「何ですかこの監禁調教犯! どうせ『クククどうされたいのか素直に言えたらご褒美をやろう』とか言い出すんですよね!? 言わないとつねったり叩いたり酷いことする癖に!」
「え、何? 新しいエロ本のプロット? 原案担当のレリエルさんなの?」
思わず突っ込んでしまったけれども、こいつのペースに乗せられてはいけない。絶対に話が進まなくなるからだ。
俺による監禁という存在しない未来を嘆くぽんこつに、改めて質問だ。
「俺の気配を消したり、目立たなくする魔法とかって使えたりしないか?」
「それなら……封印かけてバグらせれば『分子レベルまで崩壊』って可能性が――」
「却下に決まってんだろ!? 目立たなくなるどころか存在がなくなってんじゃねーか!」
「分子レベルで存在してますよ?」
「そうじゃなくて、普通に目立たなくなる方法だよ! 透明になるとか気配を消すとか!」
「……透明人間……つまり
「ああああああああこのムッツリぽんこつ天使ぃぃぃぃ!!!」
斜め上の、そしていつでもブレない発想に思わず頭を掻きむしった。
本気で引いた顔をしているのがまたムカつく。
「単純に三峰先生とか鹿間から逃げるためのものに決まってんだろうがッ!?」
「本当ですか? 透明になったのを良いことに真面目に授業を受けてるクラスメイトに×××したりとかしません? あまつさえ相手が優斗さんを認識できないからって◎◎◎に押し入って△△△しているところを襲ったりしません?」
「俺を何だと思ってんだよ!?」
「アスモデウスの生まれ変わりですね」
「お前、急にスンって真顔になるのやめろよ。テンションの落差が怖ぇよ」
ツッコミを入れるのも疲れたので、白い空間にぺたりと座り込む。
暑くもなく、寒くもない。快適と言えば快適な空間である。
「そういえば、レリエルも助けて下さいって言ってなかった?」
「あっ」
俺の問いかけに、レリエルが血相を変えた。
まさか、これが母さんの言っていた「助けてあげてほしいこと」だろうか。
やや緊張しながらレリエルのことばを待てば、
「学食でパフェ食べてたんですけど、何と電子マネー非対応だったんです! 私が持ってるのは優斗さんにお供えされたICカードと、それにチャージされた電子マネーだけなんですよ! どうしたら良いですか?!」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
そもそもお供えなんかしてねぇよ!?
股間爆発をなんとかするために仕方なく同行させてるだけだからな!?
「でもでもでも! このままだと純真無垢なレリエルちゃんが食い逃げで捕まって
「ねぇ、今呪いって言った? 呪いって言ったよね?」
「しゅ、祝福ッ! 祝福ですよー? ほらアナライズにもそう書いてあります!」
やかましいわ!
散々叩き割って言論統制したあとのアナライズなんぞ信じられるか。
レリエルが提示してきたポップアップウインドウに目を向けるが、書いてある文言への信頼性はイマイチである。
まったくの嘘ってことはないだろうけど、レリエルの傍若無人な振舞いに
「っていうかさ。このアナライズって中に人が入ってる?」
「私よりも下位の天使が天界でオペレーターをしてますね」
レリエルによれば、天界では上下関係が死ぬほど厳しいらしい。
そう、文字通りに「死ぬほど」だ。
「基本的に、上位の存在が『えいっ』ってして下位の存在が生まれるんですよ。当然、『えいっ』ってするだけで消せちゃうので、下位の存在は上位者に死ぬほど
天使にあるまじき発言が飛び出たけど、もはやいつものことなので気にしたら負けだと思う。
ともかくアナライズがレリエルを恐れている理由がハッキリした。
具体的にはまったくわからないけど『えいっ』って何かすごく気軽に消せちゃいそうな気配だしね。
「アナライズの中で情報を担当してる天使とやらは、レリエルがその気になればサクッと消せちゃう?」
「そうですねぇ。私は『慈愛に満ちた天使オブザイヤー』を受賞してますし、ホントに優しい天使なので消したりとかしないんですけど、可能で葉はあります。消したりしないんですけどね?」
レリエルがつん、とポップアップウインドウをつつけば虹色に光る文字で、明らかなヨイショを始めた。
『レリエル様最高! 美人! 美少女! 慈愛に満ちた天使オブザイヤー!』
「うんうん。真実とはいえ照れますねー」
「それに本気でテレテレできるお前ってすごいな……」
「もー優斗さんまですごいだなんて! ありがとうございますー」
褒めてないんだけども、せっかく喜んでいて機嫌がいいし、
無邪気に喜ぶレリエルを眺めながら、俺は股間を爆発させずに済む方法を思案するのであった。
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