第11話 GTO(Go To Out)


 ……。

 …………。

 ………………。


「お前ら異性不純交友はしてないだろうなー。夏だからってハメ外してると――どうやったらハメ外せるのか、コツを聞きに家まで行くからな」


 戻ってすぐにすべきことは鹿間を黙らせることだ。

 気を付けなければいけないことは二つ。

 レリエルの話題を振らないことと、勘違いさせないことだ。

 といってもいいアイデアがあるわけでもなく、白い空間にいることに飽きたレリエルが俺にタッチして股間を爆発させてきたので、体当たりで模索していくしかない。


 殴り書きを渡す。紆余曲折を経て破裂する。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経てパンクする。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経て炸裂する。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経てバーストする。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経て爆砕する。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経て爆ぜる。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経て瞬く。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経てカタストロフが訪れる。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経てはち切れる。

 殴り書きを渡す。紆余曲折を経てエクスプロードする。

 

 もう破裂しすぎて感覚がなくなってきた。

 熱いんだか寒いんだかも判然としない股間をぶら下げながら、俺は失敗によって学んだ最適解を鹿間へと渡した。

 そこに書かれた文言を読んだ鹿間が目を見開く。


「先生ッ! 彼氏できたんですか!?」

「鹿間……どうやら死にたいらしいな?」


 教壇で仁王立ちした三峰先生は魔王もかくやというほどのオーラを放つ。


「お前ら年齢を甘く見るなよ!? サクッと彼氏を作れるのは学生の内だけだ! 今現在女子高生でも、あと二年すれば制服は着られなくなる! 五年もすれば学生ですら要られなくなるんだぞ! お前も! お前も! そこのお前もだァ!」


 怒りでヒートアップした三峰先生が生徒を指さしながら発狂する。


「エッ!? いや、あの――」


 鹿間が言い訳する前に走り書きをさっと取り上げる。びっくりした顔で固まる鹿間を三峰先生が捕獲する。


「しばらく自習だッ! 鹿間は人を傷つける言動についての指導だ!」

「えっ!? えっ!? あ、コラ、白神! お前――」

「言い訳無用! さっさと来い!」


 三峰先生が鹿間の耳を摘まみ上げて連行していく。

 二人が廊下に消え、悲鳴が段々と遠ざかっていくのを確認して、俺は荷物を纏めた。


「よし」


 クラスメイトが驚異的なものを見る目を俺に向ける。まぁ三峰先生が怒り狂っているのは想像に難くないのに、敢えてエスケープするのは火に油を注ぐ行為だからな。

 だが、この地獄を切り抜けるためにはこれが一番良いのだ。


 一時的な自由。


 これを得ないと、鹿間と三峰先生のコンビネーションに追い詰められて最終的には股間の破裂が待っている。

 ダッシュで廊下を移動し、最初に向かうのは学食だ。

 そこにいるはずのレリエルを回収しなければ帰るに帰れないからな。


「レリエルぅ! いるかァ!」

「ふぁーい! ふぁっふぁふょーふぇふふぁ?」


 学食になだれ込んだ途端に目についたのはレリエルだ。

 パフェのガラス容器を手に持ったレリエルは、頬をリスのように膨らませてもぐもぐしている。


「……何してんの?」


 レリエルはもぐもぐしていたものをごくんと飲み込む。


「良いこと気付いたんですよ! 優斗さんが爆発する度に私はパフェを食べる前に戻れるんです! しかもお腹もペコペコ! 無限にパフェを味わえます!」

「支払えないの気付いてんだから頼むんじゃねぇぇぇぇぇ!」

「ひょんなふぉふぉふぃっふぇも、」

「せめて食うか喋るかどっちかにしろよ」

「……」


 途端に黙るレリエル。

 ああうん、食べる方選んだのね。

 いやまぁレリエルだし良いけどさ。

 ガラス容器を空にしている間に伝票を取り上げて支払いだけ済ませる。


「はやく食え。逃げないと――」


 生クリームを堪能してとろとろに蕩けた表情をしているレリエルに声を掛けるが、放送用のコール音に遮られた。


『2年C組、白神優斗。私の補習フケるたぁ良い度胸してやがる……逃げ切れると思うなよッ!』


 呼び出しですらない宣戦布告。

 いやコレを全校に流したんか。


「とりあえず逃げるぞ!」


 レリエルを急かすが、触れないのでイマイチ効果が薄い。

 最後の一口までもを堪能しきったレリエルが席を立ったところでヒタヒタと静かな足音が聞こえた。

 否、足音ではなくオーラだ。


「白神ィ……よくも私を売ったなぁ!!!」


 目に怒りを染めた鹿間が立っていた。


「ま、待て! 話せば分かる!」

「板垣退助はそう言いながら死んでったぞ! お前もそれにならえ!」


 目にも止まらぬ速さで俺に肉薄した鹿間が俺の手首をがっしりつかむ。


「私が受けた苦しみを――」


 ――そして俺の股間がまばゆい光を放った。




 ……。

 …………。

 ………………。


「せめて食うか喋るか――」


 死に戻った。

 レリエルに告げようとしていた小言を中断し、即座に逃げの態勢に入る。

 鹿間は陸上部のエースなので、捕捉されたら逃げきれない。となれば逃走経路はかなり限られてくる。


 ――窓。


 パッと飛び乗ると、レリエルに声を掛けながら身を躍らせる。


「校門! 校門で待ち合わせで!」

「ふぇッ!?」


 レリエルの生返事を背中に受けながら窓の外側、縁の部分に着地する。そのまま渡り廊下の屋根部分を駆け抜けて体育館の縁に取り付いて、窓から内部に侵入した。

 イーチ、ニー、サーン、と掛け声を出しながらボールを叩く女子バレー部の脇を通って体育館の壇上袖へと移動する。

 裏から抜ければほとんど誰にも見られずに校門に行くことが可能なはずだ。

 目隠しのカーテンの内部へと突入する。


「きゃあぁぁぁ!?」

「エッ!?」


 俺の前に、着替えをする女子生徒がいた。見覚えはないがバレー部なんだろう、今まさに制服を脱いでユニフォームへと袖を通すところだった。

 ちなみにちょっと背伸びをした感じの濃い紫だった。

 羞恥と恐怖に悲鳴を上げた彼女がしゃがみ込むと同時、カーテンが勢いよく開けられる。

 三峰先生だ。


「……私の補習をサボって真面目なバレー部員に不埒ふらちな行為をしようとは見下げた奴だな」

「ち、違うんです!」

「不覚にも鹿間に逃げられたんだ、白神は絶対に逃がさんぞ。この私が清く正しい交際というものを教えてやる。――体験型でな」


 憤怒の表情だったはずの三峰先生は話している内にもどんどんと表情を蕩けさせ、最後には肉食獣のような視線で俺をロックオンした。


「なぁに、怖くない。天井のシミを数えながら妻子を養う決意を固めてくれればそれで良い」


 イカれた台詞を吐きながら詰め寄ってくる三峰先生。その鬼気迫る表情に押し負け、俺は咄嗟とっさに着替え中の女生徒に跳び付いた。


 そして俺の股間が破裂し、彼女を紅に彩った。




 ……。

 …………。

 ………………。


「こ、怖すぎる……!」


 純白の部屋にたどり着いた俺は、未だ収まらぬ恐怖を鎮めようと深呼吸をする。

 三峰先生の目がマジすぎる。

 あれは絶対に既成事実こどもをつくりに来ていた。


 スタイルも良くて美人な先生がモテない理由が分かったけれども、それを伝えても鹿間と同じくお説教コースが待っているだけだろう。

 俺の場合は【魅惑のフェロモン】があるせいで、お説教は身体にする方向へとチェンジするだろうな。


 はぁ、と溜息を吐いてなんとか震えを収めようとしたところで、レリエルが現れた。


「優斗さん! 何なんですか一体!」


 現れるなりぷりぷり怒ったレリエルは人差し指をビシッと俺に突きつける。


「公衆の面前、それも食事を取るところで肛門って連呼しないでくださいよ!」

「してねぇよ!?」

「まったく……隙あらばすぐ下ネタに走ろうとするんですから。やっぱりバグるの覚悟でもう一度封印を掛け直した方が安全かもしれませんね」

「言葉通じてる? あの流れで尻の穴って思うのお前くらいだからな?」

「お尻の穴と言えば、大変なことが分かりましたよ」


 美少女の口からは聞きたくない言葉が漏れたけれども、レリエルは気にした風でもなくアナライズのポップアップウインドウを俺に投げて寄越した。

 そこに書かれているものを目にして、俺は目を疑った。



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