第5話 僕の股間を守って


 たかだか数分の間に、俺の股間は五回も爆発した。

 綺羅星きらぼしの如くまたたき、汚い花火になって俺の生命ごと散ったのだ。

 

 その度に強烈な痛みと不快感が俺の精神に焼き付く。

 そして六回目、……と思いきや、俺は真っ白な空間にいた。目の前にいるのはレリエル。


「あ、え……レリエル?」

「……彼女の身体を借りただけよ。優斗、ひさしぶり。おっきくなったわねぇ」


 レリエルの見た目をした誰かはその瞳に、星屑ほしくずのような涙を浮かべた。見た目だけはSSS級美少女なレリエルが、まともな言動をして目尻に涙を浮かべる。

 なんか不覚にもときめいてしまいそうになる。


「生まれたばっかりの時はちっちゃくて、壊れちゃいそうなくらいだったのに」

「う、生まれた時……?」

「そうよ? おっぱいは沢山飲んでくれたけど、寝付きが悪くてすぐグズる子だったわ」


 涙を浮かべながらも暖かな笑みを浮かべた彼女は。


「レリエルさんの身体を借りてるし、分からなくても無理はないわね。――お母さんよ、優斗」


 小さな頃に死別した、俺の母親だった。


「母さん!? 本当に!?」

「ええ。疑うなら優斗が二歳の頃にフルチンで逃亡して公園に――」

「あ――――――! 疑ってごめん母さんです! 間違いなく母さんです!」


 死ぬほど恥ずかしいエピソードが当たり前のように出てきたけれど、これはるりはおろか、おばさん夫婦ですら知らないはずの話だ。

 これを知っているのは両親と、両親から聞かされた俺のみ。

 つまり、目の前にいるのは本当に母さんだってことだ。


「時間がないからよく聞いて。このままだと優斗は永遠に股間が破裂し続けるわ」


 母さんから聞きたくない台詞せりふが飛び出した。

 どういうパワーなのかは不明だけれど、死に戻りの直前というか直後というか、魂だけになった俺を呼び出してくれたらしい。

 だから精神と時の部屋みたいなところにいるわけだ。


「少しだけ、本当に少しだけなんだけど、母さんが助けてあげる」

「えっと……?」

「優斗以外の記憶を引き継ぐのは無理だけど、感情を少しだけ引き継げるようにしてあげる。だから、諦めずに頑張って」


 そう告げると、レリエルの時と同じくぽわっとまばゆい光を俺に向けた。

 包み込むように優しく、そして暖かな光が俺に染み込んでいく。


「優斗。本当はもっとたくさんお喋りしたいし、ずっと傍にいてあげたかった。……ごめんね」

「母さん……」

「お父さんのこと、恨まないであげてね。――それから」


 レリエルの姿をした母さんは、真剣なまなざしで俺をみた。


「レリエルさんのこと。どうか、助けてあげて」


 俺が言葉を返す前に母さんが俺へと手を伸ばす。

 華奢きゃしゃで柔らかな手が俺の頭をくしゃりと撫で……


 ――そして俺の股間は爆発した。




 ……。

 …………。

 ………………ッ!


「何言ってるんですか。良いサービスを提供するためにはまずは従業員の福利厚生からです。ファッキンブラック企業!」

「ッ!!」


 前略、今は亡きお母さまへ。

 現世に送り戻すのに股間爆発させる必要ありましたか。もしそれが正規の帰還方法なら、あの空間の致命的な欠陥だと言わざるをえません。

 ついでにあなたの息子は、息子の息子が破裂したせいでいかついトラウマが精神に刻まれています。

 もしも、もしも次があるならば破裂させないで欲しいです。

 それから、できるならもっとたくさん話したいです。

 草々。


 脳内で母に向けた手紙をつづると、改めてレリエルとるりを見る。

 るりはもちろんだけど、レリエルも何が起こったか理解していない顔をしている。


 ……助けてあげて、なぁ。


 むしろ助けて欲しいのは俺である。

 減俸を回避するってことだろうか。

 よく分からないけれど、母さんが俺に付加してくれたものを確認するためにも、アナライズを掛けてもらう必要がある。


「レリエル。ちょっとお願いがあるんだけど」

「だ、駄目ですよ!? 先っちょだけとか少しだけだからとか、そんなのはだいたい嘘に決まってるんですから!」

「何の話をしてんだよ!? アナライズだよ! 俺にアナライズを掛けてくれ」

「……何かの比喩表現……それとも隠語いんごですか?」

「お前、実は下ネタ好きだろ……?」


 ジト目で睨むとレリエルはぷりぷり憤慨ふんがいしながらもアナライズを掛けてくれた。


『名前:白神優斗(17)

 種族:人間 ♂

 能力:そこそこ

 健康:普通(アスモデウス:封印)

 備考:童貞

    【魅惑のフェロモン】

    【ラッキースケベ】

    【絶倫】

    【超絶プリチーな天使レリエル様のありがたい祝福】

    【忘れ得ぬ想い】』


 ……一番下に、新しいスキルがあった。

 いやその上がメチャクチャ主張激しいから見落としがちだけども。【忘れ得ぬ想い】とやらをタップしてもらえば、説明がポップアップする。


『【忘れ得ぬ想い】Lv.-

  母の愛は無限大。

  全てを忘れ、全てを無かったことにしても、感情の熾火おきびだけは残り続けるだろう』


 なんかポエミーな説明が出てきた。解釈が難しいところだけども、母さんに聞いた通りの効果になるっぽい。

 とりあえず試してみるか。


「るり、俺に触るなよ?」

「えっ? 何突然」

「触ったら股間が爆発するかも知れないんだぞ? 試しとかで触ったら本当に後悔するぞ」

「あはは、急に何言って――」


 当然と言えば当然だが、この程度でるりがとまるはずもない。

 俺の股間はつっこみで肩を小突かれたついでに破裂した。




 注意喚起。――破裂。

 注意喚起。――破裂。

 注意喚起。――破裂。


 何度それを繰り返しただろうか。


「るり、俺に触るなよ?」

「えっ? 何突然」

「触ったら股間が爆発するかも知れないんだぞ? 試しとかで触ったら本当に後悔するぞ」

「あはは、急に何言って――」


 ぎこちない笑みを浮かべたるりは、何度も何度も何度も何度も何度も繰り返したように俺の肩をぽんと叩こうとして、手を止めた。

 繰り返した過ち。

 股間を破裂させたという凶行そのものは覚えていなくとも、その時に感じた不快感や後悔が残っていたのだ。

 一回だけならば塵のように薄く、見えづらいかもしれない。

 だが、それが何度も何度も重なることで、感情は厚く重たくなる。

 言葉にできず、説明もできないような『嫌な予感』という奴だ。それが、ようやくるりの手を止めるほどに積み重なったのである。


「でもそうだよね。万が一ってこともあるわけだし、無理に触ることはないか」


 あはは、と笑いながらるりは手を引っ込めた。

 ……俺の勝利である。


「……分かってくれた……! ありがどう”……る”り”……!」

「エッ!? お兄ちゃん何で突然ガチ泣きしてんの!? 引くわぁ……!」

「優斗さん……エロの禁断症状で情緒不安定ですか?」


 二人とも優しさゼロすぎませんか……?

 俺が気持ちを落ち着けてきちんと会話ができるようになるまで、約20分ほど掛かったけれども、そこからは今後の方針である。

 とりあえず、レリエルに上司へと連絡するのは止めさせた。

 母さんの「助けてあげて」の意味がよくわからないけれども、減俸とかそういう意味だったらと考えたのだ。

 すごく真剣な表情だったし多分そんなんじゃないと思うけれども。


 代わりに、死ぬほど胡散臭うさんくさいネット情報を元にした解呪を片っ端から試すことにしたのだ。


「んじゃ、私はイワシとファブリーズ買って来れば良いのね? ついでにアイスも良い?」

「ああ。頼んだぞるり」


 るりにはパッと買えるものを頼んだ。ちなみに財源は月一で送金されてくる俺の生活費。それほど潤沢なわけではないけれども背に腹は代えられないのだ。

 ちなみに親父は古物商をしており、海外で買い付けた美術品を旅行しながら売り飛ばして生計を立てているらしい。

 嫁さん探しのついでに。

 まぁ俺としては生活費を送ってくれるなら何でもいい。


「そんでレリエル」

「はいは~い! ちゃんと準備できてますよ! 何しろ私は超絶有能な天使ですからねー!」

「ならそもそも呪い掛けるなよ……!」

「に、にらまないで! ごめんなさい! 私が悪かったので乱暴しようとしないでぇ!」

「しねぇよ! 結婚する相手以外に興味はねぇ!」


 レリエルに頼んだのは、『勇者と魔王の欠片から解呪スキルを探す』ための方法だ。

 ゲームか何かかよ、と思ったけれども、そもそも俺の中に異世界魔王の魂が入っているのだ。

 だとすれば、他の魂やらスキルがあるのも不自然ではない。

 上司に相談してもらうのは、試せることを全部試してからでも遅くはないだろう。


「んで、どうやって探すんだ?」

「それはコレ! 異世界由来のものを見つける『異世界レーダー』アプリです!」

「……そんな都合の良いものがあるのか。ちゃんと使えるんだろうな?」

「大丈夫です! ダウンロード数20万以上で、評価は星4.4でしたから!」


 完全に俺たちが使ってるスマホ用アプリと同じシステムじゃねぇか。


「広告は課金しないと消せませんが、『無課金でも充分』って意見が多かったので」


 だからスマホ用アプリか。

 どや顔でスマホを差し出すぽんこつ天使にそこはかとない不安を覚えながらも、俺は彼女を救うためにスマホを手に取り。


 ――指がちょっとだけ触れてしまって股間が爆発した。


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