第4話 地獄の始まり



 レリエルが的外れな相槌を入れるせいでとにかく苦労したけれども、何とかるりに状況の説明を終えた。

 いや的外れっていうか、俺の背中を撃ちにきてたよな……フレンドリーファイアも良いところだぜ。

 全てを話し終えたところでるりは麦茶を一口。


「お兄ちゃん、私は信じてたよっ!」

「嘘吐けェ!!!」


 散々疑いまくった挙句、自首まで勧めてたじゃねぇか!

 俺のツッコミを完全にスルーしたるりはこほんと咳払いをして、真面目な顔になる。


「まぁでも、お兄ちゃんが困った状況なのは分かった」

「おう。困ったっていうか、このままだとちょっとした事故で股間が破裂しかねない」

「もー、優斗さんったら性欲もてあましすぎです。右手の恋人と24時間耐久でイチャイチャして発散した方が良いと思いますよ?」

「お前、状況理解してる? お前が原因だからな?」

「つまり私の可愛さにムラムラしちゃったと? そういう誘い文句でキュンとくるのは薄い本だけですよ?」

「ぶっ飛ばしてぇ……!」

「レリエルさん。知り合い、友人に相談はできませんか? もしくは解呪が得意な相手に心当たりがあるとか」


 何かすごく頼りになる感じだ。中学二年生とは思えない頭のえである。

 レリエルはるりの言葉にハッとして、プリーツスカートをごそごそやり始める。取り出したのは、飾り気のないスマートフォン。


「天界ペディアを調べてみましょう。それから『天使ップ!』っていう裏技掲示板にも質問してみましょうか」


 ……何か天界が一気に俗っぽくなってきたぞ。

 っていうか『天使ップ』って語呂悪いな。

 色違いのモンスターを手に入れる方法とかで騙されて敬語でキレてる小学生がいそうな掲示板名である。


「あっ! 呪いの解き方、結構色々ありますね」

「どれどれ……ん?」


 画面を覗いてみるも、意味不明な図形みたいなのがゴチャゴチャっと並んでいてさっぱり意味が分からなかった。


「エノク語ですからねー」


 どうやら使っている言語そのものが違うらしかった。仕方ないので読み上げてもらうが、


「『パワーストーンを買ってきて祈る』『玄関に焼いたイワシの頭を飾る』『魔王と勇者の欠片から解呪スキルを探す』『ファブリーズを撒く』……どれから実行しましょう?」

「どれもしねぇよ。碌でもねぇ……」

「なんですかその反応はー! 由緒正しき天使に伝わる解呪方法ですよ!」

「おまじないレベルじゃねぇか!」


 ファブリーズで呪いが解けるとかどう考えてもネットミームだろ。


「はぁ……仕方ないですね。この手だけは使いたくありませんでしたが」

「何だよもったいぶって。何かいい方法があるなら早くやってくれ」

「私の上司に相談します。ハァ……お小言に減俸げんぽう……本当に最後の手段だったんですけど」

「自己保身かッ!?」

「当たり前じゃないですか! 来世まで使う予定がない優斗さんの股間より、めくるめくスイーツ巡りの軍資金の方が大切に決まってます!」

「賃金ってのは労働に対して支払われるんだよ!」

「ちん……? 突然卑猥なこと言われてドン引きなんですけど」

「賃金! 給与! 労働の対価!」

「何言ってるんですか。良いサービスを提供するためにはまずは従業員の福利厚生からです。ファッキンブラック企業!」


 レリエルが天使らしからぬ発言をしながらスマホを操作する。天使って給与制なんですか。

 その姿をジト目で眺めていると、不意にるりが手を叩いた。


「そういえば股間爆発して死に戻りってどんな感じなんだろ……戻れるんだしとりあえず試してみよっか」

「おいちょっと待て! はやまるな!」


 俺の説得も虚しく、るりは俺へと手を伸ばす。なんとかかわそうと身をひねるが、座っていた俺が避けきれるはずもなく額を触られた。

 ぺた、とやや冷えた手の温度を感じた瞬間。

 俺の股間がぶわりと膨らむ。真っ赤な炭を落とされたかのような熱とともに膨張ぼうちょうし、みぢり、と嫌な音を立てた。


「あっ、まず――」


 ――股間が爆発した。




 ……。

 …………。

 ………………?


「何言ってるんですか。良いサービスを提供するためにはまずは従業員の福利厚生からです。ファッキンブラック企業!」

「~~~ッ!?」


 ソファからガバリと身を起こせば、ちょうどスマホをいじっていたレリエルが大げさに身を引いた。


「止めてください優斗さんっ! 『キモチよくしてやるからなぁげへへへこれも福利厚生だぁ!』なんてのが通用するのは薄い本の中だけですからね!? このケダモノ! 性欲魔人!」

「何の話をしてるんだよ!?」


 思わず突っ込んでから我に返る。

 ……これ、死に戻りしたのか……?

 股間が膨らみ、熱をもって破裂した感覚。想像を絶する痛みが下半身をけ回り、俺の身体が腰を中心に爆発四散しさんした記憶。

 思わず触ってみるが、股間は無事だ。

 いやそもそも爆発してたら俺の身体は人体の一部からただの肉片にジョブチェンジしてるはずだし、そもそも死ぬから当たり前なんだけども。

 奇行に走った俺をみて、レリエルとるりが眉をひそめる。


「急に自分の下半身をなんて……」

「おにいちゃん、普通に気持ち悪いしマナー違反だからやめて」

「ち、違う! さっき股間が爆発して死に戻り――」


 弁明しようとした俺に、るりが言葉を重ねた。


「あ、そうそう。爆発して死に戻りって言ってたけど、戻れるんだしとりあえず試してみよっか」

「まっ――」


 止める暇はなかった。


 ――俺の股間は再び爆発した。




 ……。

 …………。

 ………………!


「何言ってるんですか。良いサービスを提供するためにはまずは従業員の福利厚生からです。ファッキンブラック企業!」

「~ッ!」


 まただ。

 さきほどとまったく同じ表情。まったく同じ配置。まったく同じ言葉。

 ビデオの巻き戻しを見ているかのような光景に冷や汗が出てくる。


 ……同時に、股間が破裂した時の感覚も思い出して冷や汗が滝のように流れる。


「およ? 優斗さん? どうしました?」

「るり、動くな」

「エッ」


 とりあえず元凶であるるりを何とかしなければならない。

 るりはこの死に戻りループを認識できていない。つまり、試すつもりで何度でも俺の股間を破裂させてくることになる。


「るり、落ち着いて聞いてくれ。実は俺、今死に戻りしてきたんだ」

「えっ……?」

「お前がタッチしたせいで俺の股間が破裂した。良いか、絶対触るなよ?」

「人を痴女ちじょみたいに言わないで! 土下座されたってお兄ちゃんの股間なんて触らないし!」

「いやそうじゃな――ぶべぇっ!?」


 殴られた。


 ――股間が破裂した。




 ……。

 …………。

 ………………!


「何言ってるんですか。良いサービスを提供するためにはまずは従業員の福利厚生からです。ファッキンブラック企業!」

「ッ!!」


 ガバっと顔をあげると、不審者を見るような目つきの二人と目が合った。


「何ですか優斗さん。減俸覚悟で優斗さんを救おうとする献身的でプリティなレリエルちゃんに生クリームをお供えしたいんですか? いつでも受け付けてますよ?」

「純真な美少女を食べ物で釣って……お兄ちゃん、不潔」

「ちょっと待て?! これ釣るっていうか強請ねだられてるだけじゃね!? 俺は悪くないだろ!?」


 この二人は何でこうも俺への風当りがキツいのだろうか。

 いやそんなこと考える前に、まずはるりの凶行を止めねばならない。さきほどは言いかたが良くなかったせいで誤解された。

 ……俺の言いかたというか、るりの思考回路に問題がある気がしてならないけれども、とりあえず伝え方を工夫だ。


「るり、ちょっと聞いてくれ」

「ん? なーに?」

「実はな。俺、死に戻りしてきたんだ」

「あははは、ナイスジョーク」


 なんでジョークだと思ってんだよ!?

 しかも先輩とか先生がくだらないジョークを言ったときみたいな愛想笑いまで浮かべやがって……!


「良いか? るりはこの後、俺が実際に死に戻りするなら試してみようって言い出す」

「あ、それ良いね。気になってたの」

「話を聞――」


 ぺたっと頬を触られた。

 カッ、と体内で熱が生まれる。


 ――股間が破裂した。




 ……。

 …………。

 ………………!


「何言ってるんですか。良いサービスを提供するためにはまずは従業員の福利厚生からです。ファッキンブラック企業!」

「ッ!!」


 急いで身を起こす。

 駄目だ。

 るりが止まってくれない……!

 もう股間ジェノサイダーと言っても過言じゃないくらいの勢いで俺の股間を破裂させてくる。

 趣味ですか? それとも生きがいですか?

 とりあえず理由をつけてこの場を離脱だ。


「ごめん、ちょっと飲み物取ってくる」

「あ、ちょっと待って」

「馬鹿、触――」


 すそつかもうとしたるりの手が俺の身体に当たる。


 ――そして、俺の股間は破裂した。





 Result――5Combo!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る