第6話 ドキドキ☆登校サバイバル

 それから何度か股間を破裂させつつも、何とか股間クラッシャーるりの魔の手から逃げ出すことに成功した。いや、最後の方はレリエルと事故ったのが原因だけども。

 アプリの画面を覗き込んで頭がこつん、とか可愛らしい事故だと思うんだけど結果的に俺の股間がビッグバンを起こしてるわけだし笑えないんだよなぁ。


 さて、本当ならば何もせず、誰とも接触せずにいたいけれども予定が入っている。

 楽しいもよおしではない。夏休み最後の一週間……本当ならば青春を謳歌おうかするのが清く正しい高校生ってもんなんだろうけども、俺は学校に行かねばならないのだ。


 補習である。


 夏休み前に行われた試験で脅威の100点満点中22点というスコアを叩き出した俺には召集令状ほしゅうつうちが渡されたのだ。

 そんなわけで俺は制服を着こんで学校へ向かっていた。

 最寄り駅までは徒歩。その後は電車を使っての通学である。


 隣を歩くぽんこつ天使は事情を聞いてから何故かどや顔であおってくる。学校まで着いてきて大丈夫なのか聞いたら、「私の魔法で転校生ってことにしときます」とのことでした。

 そんな便利なことができるならるりの時もそうしろよ……。


「ぷぷっ……もしかして優斗さんってお馬鹿さんなんですか? 股間で思考してるからそうなるんですよ」

「やかましい」


 絶対にレリエルよりは常識あるしまともな自信あるぞ。


「テストが難しすぎたんだよ」

「はいはい。出来なかったらテストのせいってことですかー。責任転嫁はよくありませんよー?」

「平均点9点だぞ?」

「…………………………………………はい?」


 ぽかんと口を開けるレリエルに、バッグからテスト問題を取り出す。そこに並んでいるのは数学の問題。


「ほら、各問題の最後、かっこのとこ読んでみ?」

「えーと『ひがしみやこおおまなび2002としあらた』……」

「『東京大学2002年改』な。斬新ざんしんな読み方しなくて良いから」

「ぐっ! わ、私天使なので漢字は普段使わないんです!」


 その他にも京大、東工大と名だたる名門校の名前が並んでいるほか、最後の方は日本ですらない。


「なんですか、ミトって?」

「ミトじゃなくてMITな。マサチューセッツ工科大だとさ」

「し、知ってました! ついですよ! わざとです!」


 ついなのかわざとなのか、どっちだよ。

 何故か知ったかぶりしようとするレリエルを尻目に問題をしまう。もうすぐ駅なので、代わりに通学定期を準備しておく。


「まぁそんなわけで平均点9点、俺は赤点だけどクラスで六番目の高得点なわけだ」


 ちなみに赤点を回避したのは上位三名だけである。難しすぎる問題にブーイングの嵐が起きた学級だが、担任にして数学担当の三峰みつみね先生は鋭い眼光でクラスを睨みつけて一喝した。


「私が彼氏無しの寂しい夏休みを過ごすのに、お前らだけ青春させてたまるかっ!」


 清々しいほどの公私混同こうしこんどうである。

 ちなみに三峰先生は29歳で独身。スタイルも良いし美人だとは思うけれども彼氏がいないのをめちゃめちゃ気にしていて、時々薬物ドラッグでもキメたのかってくらいテンションの乱高下が激しくなる。

 親友の入籍が決まった時は顧問をしているバレー部の練習時間が一日20時間になったらしいし、別のクラスの副担任が結婚したときは予告なしの小テストで学年全体を苦しめていた。

 まぁ結婚式に出席した翌日には、


「……ふっ。焦っちゃダメね」


 とか言いながら妙に優しくなっていたらしいけれども。地獄か。


 閑話休題それはおいといて


 補習人数が多すぎたせいで夏休みの前期・中期・後期に分けて開催されることになり、俺はくじ引きで後期になったわけだ。

 よく考えると生徒が1/3なのに対して三峰先生は夏休み全滅なのでは、と思わなくもないけども本人が招いたことなので気にしないことにする。

 そういうことしてるから出会いが減るんだよ……。


「人間界のテストって厳しいんですねぇ」

「人間界のって……天界はゆるいの?」

「ええ、そりゃもう! 泣きわめいて土下座でゆるしをえばだいたい何とかなります」


 私は留年も赤点も無しでしたよ、と薄い胸を張るレリエルに頭痛を覚える。


「……つまりレリエルは泣きわめいて土下座しまくったんだな?」

「うぐっ!? ななななんのことですか!? 私が言ったのは一般的な天使の話ですよ!?」

「泣きわめいて土下座する一般的な天使って嫌だな……」


 改札に到着したので、何やらごにょごにょと言い訳を始めたレリエルに先を譲りながら定期を出す。


 が。


 ピンポーンっ!


「ぐえっ」


 そのまま改札の扉に阻まれて潰されたカエルみたいな声を出しやがった。

 朝の通勤時間ということもあって、俺を含めて多くの人が後に並んでおり、止まることができない。

 後ろの人だかりに押された俺は、改札に引っ掛かってるレリエルにぶつかる。


 ――当然、股間が破裂した。




 ……。

 …………。

 ………………。


 改札に突入しようとするレリエルが目に入る。


「あ、おいちょっと待て。お前定期とかないのか?」

「ていき? 何の話です?」

「改札通るための料金を払うカードだよ」


 俺の言葉に、レリエルは顔色を悪くする。


「お金がるんですか……?」

「要る。とりあえず邪魔になるから横に移動し――」


 後ろから走ってきたOLさんとぶつかり、俺の股間が弾け飛んだ。




 ……。

 …………。

 ………………!


 今回は時間的余裕がない。

 意識が覚醒すると同時、レリエルに声を掛けつつ周囲の女性を避けなければ再び俺の股間は爆発するだろう。

 そう思って口を開いた瞬間、横にいた学生に手がぶつかり、股間から汚い花火が上がった。




 む、無理ゲーすぎる……!

 だいたいレリエルが改札の仕組みすら知らずに突入するとは思わなかった。これだけ人がいるのにレリエルを止めつつ周囲に気を配るのは不可能。

 かくなる上は、正解を導き出すまでトライアンドエラー死に覚えをするしかない……!




 何度股間が弾けたか分からない。

 だが、俺はあきらめなかった。

 失敗する度に血肉が飛び散り、改札と周囲にいた人間たちを紅に染める。

 股間の感覚が麻痺するくらい何度も破裂し、その度に脂汗を流しながら改札を抜け出そうと必死にもがいた。

 周囲にいる人間の配置。

 俺が動き出した後の行動。

 それら全てを頭に叩き込み、最善のルートを割り出していく。

 母さんがくれた加護の効果もあり、何があったか覚えていなくとも周囲の人たちは俺を意識している。

 微妙に嫌そうにしたり距離を取ってるのは俺がきらいとか臭いとかじゃなくて、加護で破裂したときのことを覚えているからなはずだ。

 というかそうであってほしい。


 ……これならイケる。


 確信とともに、俺はまずレリエルを見捨てた。

 レリエルまで助けている余裕はないので必須の行動である。

 最初の関門である左側にいる女子生徒にぶつからないように両手をあげる。一歩進んだところで走り込んできたOLをかわすために身をよじる。そのままステップを踏んで斜め後ろに退避。

 さらにはお喋りしながら改札に突入してきた女子高生たちの間を潜り抜け、なんとか空白地帯に身を滑らせる。

 ここで気を抜かず、一歩下がることでスマホを見たまま歩いてくる女子高生も躱すッ!

 よし、完璧ッッッ!!!


「あっ!? えっ!? 優斗さん!?」


 改札に阻まれて周囲の人たちのヘイトを集めたレリエルから悲鳴が上がるが、無視だ。

 危険地帯を抜けた俺は悠々と人とぶつからない程度に距離を取り、柱にもたれて一息。


「優斗さーん! 優斗さああああん!」


 俺を呼ぶ声が悲痛なものに変わっていったので、手を挙げてアピールする。涙目のレリエルはめちゃんこ注目を集めながらも、俺の元へと駆け寄ってきた。


「優斗さぁぁぁぁん! 放置プレイしないでぇぇぇぇぇ! 優斗さんは可愛い女の子が泣き叫ぶ姿を見てご満悦かも知れませんけども私にはそんな趣味はないんですぅぅぅ! 涙目の女の子に興奮するのとか本当に止めた方がいいですよぉぉぉぉぉ白神優斗さぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「往来の激しいところで人の性癖を捏造ねつぞうしながらフルネームで呼んでんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」


 これ確実に嫌がらせだろ!?

 とりあえずレリエルに何があったかを説明するが、どうにも反応が悪い。わかってるんだかわかってないんだか、はぁそうですかー、と気の抜けた返事が返ってきただけである。


「優斗さんは色々言ってましたけどー、そんなに大変だったのか微妙って言うか、あんまり信じられないっていうか。正直なところ、ちょっと盛ってません?」

「おいコラ。誰のせいでこんな苦労してると思ってんだよ」


 レリエルもこのループに巻き込んでやりたい。

 そうすればきっと大変さが理解できるはずである。


「仕方ないですねー……じゃあちょっとやってみますか」


 ぽちぽちとスマホを操作したレリエル。だからそういうことができるなら早くやってくれよ……。

 三分ほどでレリエルが操作を終えて俺へと視線を向けた。


「はい、あとは私が優斗さんの守護天使になればループ前の記憶も共有できるはずです」

「守護天使?」

「加護を与え、苦楽を共にし、艱難辛苦かんなんしんくを乗り越えるために色々な手助けをする存在ですね」

「……むしろレリエルのせいで股間が爆発するようになったんだが」


 乗り越えるどころか俺に艱難辛苦を与えてきた元凶は、俺の言葉を無視して色々スマホを操作し始める。


「これも無料アプリですし、星3.9なので多少不具合があっても我慢してくださいね」

「何でアプリ方式なの? 加護ってそんなゲームみたいな感覚なの?」


 言ってる間に、俺の身体が一瞬だけぼんやり光った。


「できるなら最初からそうしてくれよ……」

「私が毎回毎回、股間破裂プレイで楽しむ優斗さんを見ないといけなくなるんですよ? ヤダーそんなの精神的苦痛じゃないですかー」

「ぶっ飛ばすぞお前」


 何はともあれ、まずはこの地獄デスループに道連れが出来たことをまずは喜ぼうじゃないか。

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