3

 連れて行かれた先は、自然が多く散歩コース等の案内板が立つ、そこそこの規模の公園だった。

 中でも木々が茂った湖の近くに規制線が張られていて、興味本位で集まる野次馬をいれないように制服警官が立っている。

 笹ヶ峰はそこを素通りし、祈たちをすでに盛りを過ぎた桜の木の下に連れて来た。

 

「どこに行ったんだ? ここで待ってるって言ってたはずだが……」

「おーい、さーさみん!」


 笹ヶ峰がイライラと周りを見回すのと、少しズレたタイミングで、ずいぶんと可愛らしい女性の声が聞こえた。

 高くてよく通る、けれど少しだけ鼻にかかった甘い声だ。

 笹ヶ峰は声の方へ視線を定めると、口をへの字に曲げた。

 釣られて祈もそちらを向けば――。


「やだ~、あちらさんと連絡が取れないって言ってたから、もうちょっとかかると思ったのに~。来るの、はやかったねぇ~。……あっ、もしかして、花乃にはやく会いたかったからとか~?」


 黒で統一された服に、厚底のブーツ。

 指や腕にもアクセサリーを色々つけている。

  そしてひときわ目を引くピンク色の髪。

 スーツ姿の笹ヶ峰と並ぶと異彩を放つ人物が、駆け寄ってくるところだった。


「……平沢……お前、いちいちそういうことをだな」

「そうだ~、ねぇねぇ、この髪色、よくな~い? 春らしく、桜色にしたの~。ね、似合う~?」

「……平沢、遊びに来たんじゃねぇ。仕事に来たんだ」

「コミュニケーションじゃ~ん、ささみんのカタブツ~」


 上から下まで決まっている彼女は、さらさらと自分の髪を片手ですくい流す。

 すると、腕につけているアクセサリがじゃらりと音を立てる。

 

(石? ……こういう系のファッションってシルバーアクセとかだと思ってたけど、違うんだな……)


 祈の想像を裏切り、彼女が身につけていたのは天然石だろう石のブレスレットだった。 意外だなと祈が考えている間に、笹ヶ峰はまとわりついてくる女性をいなしつつ声をかけてきた。


「スズ坊、紹介する。コイツは平沢 花乃。さっき話してた専門家だ」

「あっ……どうも、錫蒔 祈です」

「ん~?」


 呆気にとられていた祈が、笹ヶ峰の紹介を受けて慌てて頭を下げると、それまで笹ヶ峰しか見ていなかった彼女の目がくるんと祈に向けられた。


「きみかぁ~、噂の助手君は~、どれど……れ……」


 軽い口調だったが、値踏みするような視線に祈が思わず身構えると、目が合った彼女は途中で声を途切れさせ固まった。


「……きみ……」


 呼びかける声が、微かに震え。

 

「はい?」

「大丈夫、なの?」


 祈に尋ねる彼女の方こそ、心配になるほど青ざめている。


「え? なにが? ……ってか、俺より平沢さん……の方が、大丈夫なんすか? 顔色、悪いっすよ?」

「……あ、うん。ちょっと、びっくりしちゃって……。あーそっか、ささみんから話も聞いてたし、例の報告書も読んだけど……そっかー……きみが、まっきーか」

「いや、違います」


 途中までは普通に聞いていたが、最後の最後で、祈はすかさず否定した。


「あははは、ごめんね~? 花乃、気に入った人のことはあだ名呼びしちゃうの~。だから、ささみんはささみんでしょ~。きみも、かわいいから気に入っちゃった。だから、まっきーね!」

「なにが、だからなのかさっぱり分からないっす。あと、かわいいとかやめて下さい。俺、今年成人なんで。かわいいはキツいっす」


 祈は真顔で否定した。

 すると、平沢はそれがおかしかったのか笑い出す。


「やだ、この子かわいい~」

「おい、平沢。スズ坊を困らせるな。本題に入れ」

「あ、そうだった~。えぇとね~、この公園の湖のそばで遺体が発見されたの。死亡推定時刻は真夜中で~、獣に噛まれたみたいに首周辺の肉がズタズタにされてた。……まっきー、大丈夫?」


 事件の概要を話していた平沢は、祈の様子をちらりと見ると声をかけてきた。

 祈は無言で頷く。

 語られる内容に気分が悪くなったというよりも、今平沢が話していることをやったのが、あの叔母なのかと思うと……まさかという思いが頭をもたげて困惑してしまったのだ。


 だが、それをいちいち口に出して話の腰を折る訳にはいかない。

 そんな祈の心中を察したのは、やはり一緒にいる時間が長い獏間だった。

 ぽんと祈の肩を叩くと平沢に「それで?」と続きを促す。


「……まぁ、一番派手な傷はそこなんだけど~、他にもあちこちに噛みついた歯形が残ってた……唾液もね~。そのわりに、血が少ないっていうのが奇妙でね~。特定された相手も相手だし……だから~、花乃もあっちの方を見ておいたんだけど……なんか、変なんだよね~」

「変?」

「なにか、混ざってるの~」


 平沢は、難しそうな表情でそう呟くが、祈のぽかんとした顔に気付くと小さく「あ」と声を上げた。

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