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移動中の車内で、笹ヶ峰はハンドルを操作しつつ今回の事件を詳しく話し始めた。
気持ちのいい話ではないと、険しい顔で前置きしつつ……重そうに口を開く。
――錫蒔 珠緒が消失したのは三日前。
――そして、新しく反応が確認されたのが今朝。全身の血を吸われた変死体が発見された時のことだ。
「じゃあ……叔母は、なにか事件に関わってるってことっすか?」
「……ああ。仏さんに、奴さんの痕跡が残ってた」
後部座席から祈が質問すれば、笹ヶ峰はミラー越しに一瞬だけ視線をよこし、重苦しい口調で答える。
それ以上は聞けず、祈が口を噤めば笹ヶ峰も気まずそうに押し黙り、いかんともしがたい空気が車内に流れた。
普通ならば気まずい中、誰も口を開かず目的地まで無言の移動になりそうな状況だが、助手席には、そういうことに一切合切配慮しない男が座っていた。
「それで? このままその、発見現場にいくつもりかい?」
沈黙をなんとも思っていない様子で、獏間は無頓着に笹ヶ峰に話しかける。
笹ヶ峰はぴくりと片眉を跳ね上げたが、黙っているのも大人げないし居心地が悪いと思ったのだろう、少しばかり険はあるものの淀みなく答える。
「手がかりはそれしかねぇだろうが。……安心しろよ、探偵。生き物以外にはてんで反応しないお前に変わって、うちの班で得意な奴が、先に現場に入ってるから」
「へぇ? それはそれは――きみの所で、追跡が得意な奴というと……彼女か」
なにがおかしいのか、獏間の唇がにんまりとつり上がった。
祈が知っている笹ヶ峰の仲間といえば、あのいけ好かない眼鏡男だけだ。
「女の人なんすか?」
「うん、そうだよ。ああ、でも、祈はあんまり近づかない方がいいかな」
初対面になるだろう、新たなるオカルト刑事に興味を持って獏間に尋ねれば、あまり芳しくない返答を貰って祈は戸惑った。
「え? 気難しい人なんすか?」
「あはは、獏間探偵事務所は嫌われてるから」
あっけらかんと言う獏間に、祈は運転席の笹ヶ峰を見る。
笹ヶ峰はミラー越しに祈と視線が合ったが、さっと目をそらした。
「それは……捜査協力が気に食わないとかで?」
そういえば、あの眼鏡こと鏑もそんな感じだったなと思いだして、祈は難しい顔をする。
すると、獏間は「違うよ」と言って後ろを振り返った。
「彼女の場合、笹ヶ峰刑事が獏間探偵事務所の繋ぎ役になっているのが気に食わないのさ」
「……は? えぇ……? それは、どういう……」
「彼女、この笹ヶ峰刑事に好意を抱いているんだよ」
瞬間、笹ヶ峰は急ブレーキを踏んだ。
「危ないな、笹ヶ峰刑事」
「お、ま、え、なぁ……!」
「事実なのに。なにを怒っているんだか。……ほら、さっさと現場に連れて行ってくれよ。後ろの車にも迷惑だろう」
今まさに、笹ヶ峰に迷惑をかけた男が平然と言う。
祈は後ろで「すみません、本当にすみません」と平謝りする羽目になったが、少なくともその後の車内には当初の重苦しい雰囲気はなくなっていた。
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