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 混ざっていると言った平沢に、獏間や笹ヶ峰は普通に話についていっている。

 祈だけがいまいち分からず、内心で首を傾げていることに気付いたのだろう、平沢は「ごめんね~」と顔の前で両手を合わせる。


「そうだよね~、知ってる前提で話してたけど、まっきーとは初対面だもんね~」


 祈にニコリと笑いかけると、平沢は居住まいを正して口を開いた。


「それじゃあ~、ちょーっとだけ花乃のことを話すね~」


 伸びた語尾が、せっかくの緊張感を台無しにしている感があるが、平沢はその独特の口調で続ける。


「花乃はね~、見える人なの~。なにが見えるかっていうと~、魂的な~? オーラ的な~? そういうのが見えるんだ~。だから、この手の姿の見えないなにか的事件だと~現場に残った残渣から追跡しろーってかり出されるんだよね~」

「……そうなんすか」

「うん。魂の残渣は、証拠隠滅で消せないからね~。それで、今回はひとりの犯行のはずなのに、不純物が混じってるの~」

「混じってるって……精神状態が安定しないからグチャグチャ……とかじゃなくて?」


 思わず祈が問うと、花乃はにこりと笑った。


「あ~、ね~? そこまで精密に分かればいいんだけど~、花乃が分かるのは違いだけなんだよね~。でもね~、ひとりひとり見分けられるのも、なかなかすごいんだよ~」


 深掘りは出来ないが個人の識別は出来る。

 なおかつ、リアルタイムではなくとも痕跡さえあればいくらでも辿れる。


「……すごいっすね」

「んふふ~」

「おい、平沢。それで、混じってるってなんだ」

「柔らかいものに無理矢理固い物をくっつけたような~、う~ん……ふわふわオムレツに鉄パイプ突き刺したみたいな~?」


 なんだそれはと笹ヶ峰と祈が顔を見合わせる。


「食い物じゃねーだろ」

「いや、食えるは食えるけど……でも、食欲なくしそうっすね」

「食うなよ、スズ坊。なんだ、腹減ってんのか」

「物の例えっすよ……!」

「言い得て妙だ」


 何気ない笹ヶ峰との会話を聞いていた獏間が、ぽつりと呟く。


「オムレツはオムレツ。食べ物には変わらないけれど、鉄パイプを刺されたソレは、僅かだが食べ物という囲いから外れてしまう――つまり、今回も同じだろう」

「同じって……――まさか、叔母もなにかされて、普通の人間から微妙に外れたってことっすか?」

「そう」

「そうって……! だって、あの人元に戻ったんじゃ……!」


 そうだねと獏間は穏やかに頷いた。


「元に戻った。いや、強制的に戻した。面倒な力ごと全部、僕はアレから抜き出して、壊した――だから、アレはただの抜け殻だったはずだ」

「……っ……」

「そこに、誰かがなにかを入れた」


 獏間は三人の顔を見た。


「鉄パイプに相当するなにか――この場合、存在を変質させるモノだ。それはすなわち……」

「……〝悪いモノ〟……?」


 祈が呟けば、獏間は正解を褒める教師のような笑みで頷く。


「なるほどね。たしかに、コレは僕向きだ。……笹ヶ峰刑事、きみのところの上司に連絡しておくといいよ。そして、こう伝えるといい――これは、作られた怪異だと」

「なに……?」

「誰かが、化け物を作っては野に放っているということさ。前回も、今回も」


 前回と聞いて、笹ヶ峰の視線が鋭くなる。


「あの呪いか」

「ああ」

「同一犯か?」

「さぁね。でも、製造者は頭がいいよ。どちらも、彼女の目を掻い潜ってるんだから」

「自分の手は汚さないか~……う~ん……混ざってるもののなかに、ヒントがあるかもしれないけど~花乃に見極めは出来ないからね~……」


 平沢も口調は間延びしているが、表情は悔しそうだった。


「じゃあ、行こうか」

「どこへっすか?」

「死体を見に行くんだよ。――どうせ、この類は、あのセンセイのところに届けられるからね」


 僕が見れば、はやいだろうと言う獏間に、笹ヶ峰と平沢はカチンときたようで顔をしかめる。


「綴喜さん、言い方」

「なにか問題あるかい?」

「大有りっす。……はやく解決したいのは分かりますけど……言葉が足りないんで、反感買うんすよ」

「…………」


 言われた獏間は、笹ヶ峰と平沢を見て……それから、祈に視線を戻す。

 心配そうな顔をしている祈を見下ろした彼は、ふとおかしそうに笑い声を零した。


「ふふ、分かったよ。気をつける」

「アンタ、言い方でいちいち損してんだから……」

「その分、きみが気をつけてくれるだろ?」

「つけるけど! つけるけどさ……、やっぱ嫌じゃないっすか、アンタ悪く思われるの」

「――そういう風に思うのは、きみくらいだとおもうよ、祈」


 獏間は歩き出しながら、そんなことを言う。

 それから、もう視線も向けないまま。


「それで、連れて行くのか行かないのか、どっちなんだ笹ヶ峰刑事」

「また言い方! すみません、すみません!」

「……獏間、お前なぁ……いちいちスズ坊に謝らせんな! だぁ、もう、スズ坊も謝らなくていいから、行くぞ! 平沢、お前もだ!」


 呆気にとられていた平沢は、慌てて頷く。

 それから歩き出す三人――その最後尾である笹ヶ峰に追いついて、ひそっと呟いた。


「……どうしよう、ささみん。なんか、すごいもん見ちゃった~」

「安心しろ。あれが対坊主への通常運転だよ」

「わお」

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