18

『保護者の面目丸つぶれね』


 薄い板から伝わる笑い声に、獏間は「そうだね」と当たり障りない返答をする。


「子どもの成長が著しいのは、喜ばしい限りだよ。これも、おたくが見捨ててくれたおかげさ」

『……嫌な男』

「事実と感謝を述べただけさ。お礼はいらないよ」

『……もういいわ。本題に入りましょう……。で? 貴方の見立てでは、あの呪いは人為的だっていうの?』

「わざわざ寝ていた子をたたき起こしたんだ。意図的に決まってるさ。妙な細工までして、伝染する呪いなんてものを装った」


 この世には《場》と呼ばれる土地がある。いわゆる、いわくつきだ。そういった地は清められ丁重に守られているのが常。

 今回の呪いを生み出した真犯人は、そんな場所へズカズカ入り込み静かに眠っていた魂を無理矢理たたき起こした挙げ句、呪いの核として外へ引きずり出した。

 結果、逃げることに執着する奇妙な呪いが生まれた。

 逃げたい一心でさ迷う魂を追い立てて、恐怖させる。そうすれば、ソレはやがて呪いを生み出し、振りまき、人を殺す。それを知っていて、人の世に放った者は今も野放しで、何食わぬ顔をして世間に紛れているのだろう。


 どういう意図でこんなことをしたのか。

 それは、獏間が興味を持つところではないが、いずれにせよそのお膳立てした何者かは、笹ヶ峰たち警察により探られることになるだろう。


 ――通話の相手も、もちろん彼らに協力する側だ。

 どんな形でも情報が欲しいのだろう。

 だからわざわざ〝見殺しにした〟くせに、こうして電話をかけてきたのだ。


『移る呪いの正体が、無念を抱え殺された古の幽霊だなんてね……それで? 消したの?』

「まだ食べてないから、核は残ってる」

『せめてもの手がかりね。……だけど、生きている間も死んでからも利用されるなんて、可哀想ね』


 通話相手は、アレが消滅したと思っている。

 これは、なにも早とちりだから――ではない。

 呪いは消滅するもの。それが、相手にとって至極当然……普通のことだからだ。


 呪われた魂なんて、本当なら堕ちたと判断して消される。それでなければ、獏間が食ってお終い。そこに安らぎはない。なにもない……そのはずが――祈は、呪いから魂を引き離し、救った。

 

 おそらく祈りは、自分がどれほどのことをしたのかなんて分からないだろうが――それでいい。

 他の誰も、知らなくていいのだ。

 もちろん、この通話の相手も。


 獏間は相手の言葉を否定も肯定もせず、次の用件を口にする。


「それでさ、お望みのサンプルだけど。さっき、お急ぎ便で送ったからよろしく」


 通話中の相手が焦る気配があった。


『は? ちょっと、通販じゃないのよ!』

「伝えたから、それじゃあ」

『待ってよ! 話はまだ終わってないわ!』

「終わったよ。どこかの眼鏡警部とその仲間たちには、そっちから伝えてくれるんだろう? なら、もういいじゃないか。僕は、これからスズ君の快気祝いに、お寿司食べに行くから忙しいんだ。あ、まわる方ね」

『スズ君ね……ずいぶんご執心だこと。あの保呪者の子……無事だったんでしょ? わざわざ、貴方が助けたの?』

「…………」

 

 獏間の沈黙をどう受け取ったか、通話相手の小さな笑い声がノイズを起こす。


『貴方が人間を手元に置いて育てるなんてね。生かして育てて、どうするの? ――どうせ、最後は食べてしまうくせに』


 それは悪意を含んだ物言いで、傷つけてやろうという意図を持って発された言葉だった。

 分からない獏間ではない。

 だから、笑う。

 嘲りを込めて。


「理解出来るとは思ってないから。気にしなくていいよ、センセイ」

『――っ……!』


 分かりやすい。

 今度は、はっきりとした怒気が伝わる。


「あの時見捨てたってことは、死んでもいいってことだ。つまり、あの子はお前の中では、もう死んだも同然の存在。それなら、わざわざ気にとめる必要ないだろう。今も、これからも、ずっと」


 お前は死ぬと分かっていて見捨てた。

 助かったのはお前のおかげではない。

 お前が選んだのは、あの子の死。

 ――死んだ人間には関われない。だからお前は今後、あの子に関わる必要はない。


 はっきり突きつけてやれば、電話の相手は今度こそ黙った。

 無駄口を叩かず、やるべき仕事だけをやっていればいいのに、まったくもって鬱陶しい。


「それじゃあね~」


 陽気な口ぶりで別れの挨拶をして通話終了。

 獏間は、いつも通り薄ら笑みを浮かべ事務所の外へ出る。


 階段下ではすでに祈が待っていて、獏間が出てきたことに気付くと笑った。

真っ直ぐに、獏間 綴喜という存在を見て、いっそ無邪気というくいらの笑顔を浮かべている。

 

(きみの眼は、いつか全てを見通すだろう)

 

 獏間 綴喜と呼ばれる存在は、いつかやって来るだろうその日が楽しみで仕方がなかった。

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