19
「いや~、パフェおいしかったな~!」
まわる寿司屋の帰り道、獏間が上機嫌でそんなことを言う。
寿司を食べに行ったはずなのに、寿司以外のサイドメニュー、それもデザートの類をやたらと注文したと思ったら、コレだ。
獏間は、どんな時もどんな場所でもブレない。
筋金入りの甘党で、祈も「まぁ、そうだろう」と受け入れつつある。
さすがに、テーブル席に所狭しと並べられた時は辟易したが。
「獏間さん、周りのお客さんにドン引きされてたっすよ」
「食べたいモノを食べて、なにが悪いんだい? そもそも、僕は今回食いっぱぐれてるから、空腹なんだ」
「あー……アレ?」
「そう、アレ」
獏間はわりと、食いっぱぐれている気がする。
本人は甘い物が好きと言っているが、彼が人から取り出して食べる、あの黒い球。
あの黒い球には、彼なりのこだわりがあるのか、食う食わないがある。
「……獏間さんって、グルメなんっすか?」
「は?」
おや、違うのかと祈は首を傾げた。
隣を歩く男は、不思議そうな表情を浮かべている。
「どうして、そう思うんだい?」
「だって、わりとこだわるから」
叔母の時。
そして、今回。
違いはあれど、獏間は例のアレを食べることを拒否した。
「こだわる? そうかな? そういうつもりはないよ――ただ、……なぜかな? きみが関わったと思うと、みるみる食べる気がなくなって……」
言われてみれば、そうだと祈は眉を寄せた。
思い返せば、自分が関わった幼馴染みである蛍の依頼を受けた時だって、獏間は黒い球を入手したにもかかわらず食べなかったことを思い出す。
――それはつまり……。
「まさか……俺が飯を不味くしてるってことっすか!?」
今気付いた新事実。
祈が驚き、それからだんだんと気まずそうな顔になると、獏間は「違う、違う」と手を振る。
「そうじゃないよ」
「でも、考えれば、アンタは最初はウキウキしてるけど、最後は食欲失せたって言って……」
「うーん……なんていうのかなぁ。……僕って、きみに会うまでは他人の不幸は蜜の味で飯がうまいって感じだったんだよ。だけど、きみが関わると……なんだか、不幸がうまくないっていうか、う~ん……言語化できないな」
「…………それって」
後半はもう独り言のようになっていた獏間の呟きに、祈は思わず呟く。
「うん? なんだい?」
「あ、いや、別になんでも……」
「なんでもなくないよね? なに? 言ってごらん?」
それでも先を濁せば、耳聡く聞きつけた獏間に笑顔で先を促される。
「いや、他人事じゃなくなったからかな~……なんて、思って」
「――は?」
「俺ってほら、助手じゃないっすか」
そう、祈は住み込みの助手だ。
四六時中は言い過ぎだが、ほぼ一日中顔を合わせている存在。
だから、つまり今の自分たちは――。
「家族みたいなもんだから、他人事って思えなくなったとか――って、うわっ、真顔こわっ!」
「え」
「って……自覚無しっすか獏間さん? 真顔になってて怖かったんすけど? ――あ、気に障ったとか? すんません、調子乗りました」
「……いや、そうじゃなくて――きみさぁ、僕みたいなのを、家族とかそんな……。身内認定していいの?」
不思議そうに問われ、祈は首を傾げる。
先に「うちの子」だのなんだの言っていたのは獏間なのに、どうして今さらそんなことを聞くのかと、逆に疑問に思えた。
「だって、身内じゃないっすか」
「――――」
この時の獏間の顔を、祈は一生忘れないだろうと思った。
虚を突かれたような表情が、ゆるゆると泣き笑いのように変化して、それから――獏間 綴喜は、幸せそうに笑った。
「そうか。……うん、そうか」
「獏間さん?」
「――それなら、きみはいつまで僕を名字で呼ぶつもりだい?」
「……え?」
「家族なら、名前で呼ぶ方がいいんじゃないかな?」
だが、獏間は以前言っていた。
名前は大事だと。
「そーゆーの、呼んでいいんっすか?」
「いいよ?」
「そりゃ、確かにフルネーム呼ぶわけじゃないけど、でも……最初に、アンタ言ったじゃないっすか。名前で縛れるって」
そういうものかと思って。
でも、獏間は姓だけ名乗れとかあだ名で呼ぶとか、色々と気にしていた。
だから、祈だってこれでも一応、気を遣ったのだ。
「ははは、察しが悪いなぁ。――かわまないってことだよ」
ぱちぱち。
瞬きを繰り返し、祈は獏間を見た。
彼は常の微笑でも圧のある笑みでも凄みのある笑顔でもない、ただとても優しく、穏やかに、そして今がいちばん幸せだとでもいうような表情で祈を見つめている。
「きみは、僕を最初に定義したじゃないか。獏間 綴喜という探偵だって。それでいいって。その時点で、もう多少の縛りは生じている」
「え――」
つまり、自分の気遣いは無意味。
すでにやらかした後だったと、今になって言われて祈は顔を強ばらせたが……。
「ああ、そんな青い顔しなくても平気。もちろん、僕はすごいから、縛ろうとしたって容易く拒絶出来る。無意識化で行われた偶然の事象なら、あくびをしている間になかったことにできるから」
よかった。
祈はほっとして表情を緩めた。
それなら、なにも心配はない。
そう思ったのだが――。
「つまりね、そういうことを簡単にできてしまう僕が、いいと言ってるんだよ」
「……ん? んん?」
「ああ、分からないか。それなら、もっと簡単に言おう。きみになら、縛られてもいい――家族だからね」
「いや、待った! 家族なら、余計そういうのダメじゃないっすか! 俺たち対等じゃないと……そうだ! 俺の事も普通に名前で呼べばいい!」
これで解決。
そう思って祈が提案すれば、獏間は変な顔をした。
「スズ君。きみが僕の名前を呼ぶのと、僕がきみの名前を呼ぶのは、また別だよ。重みが違う。……きみの名前は、本物だ。それを理解している僕が呼べば、きみを操ることもできるんだ。――おすすめとは言えないよ」
「え、別にいいっすよ?」
「――……いい?」
「だって、アンタは俺を操ってあくどいコトしようとか思わないっしょ?」
それに、と祈は続けた。
「病院で、俺を呼んだっすよね?」
「そーゆーことは、しっかり覚えてるんだから……。いいかい? あれは、緊急事態だったからで」
「はい。俺、うっかり屋上から飛び降りるところでした。……アンタが呼んでたたき起こしてくれなきゃ、俺は今ここにいなかったっすよ」
「……まぁ、僕はきみの保護者だからね」
うん。と祈は素直に頷いた。
「だから、大丈夫ってことっす。――アンタは……綴喜さんは、悪意で俺を利用しない」
「……それは……」
「ほら、全然大丈夫じゃないっすか」
獏間が大きく目を見開く。
それから、くしゃりと表情を崩し、笑った。
「それは、そうだ。――ああ、もう……きみには敵わないな、祈」
「おぉ、初めてアンタに勝った!」
「初めて? ……そう思うなら、まだまだだな。――僕は、わりときみに負けてるよ」
獏間が追い越して先に行ってしまったので、祈には最後の呟きは聞こえなかった。
首を傾げると、振り返った獏間が笑って手招きする。
「ほら、帰るよ祈」
「いま行きます、綴喜さん!」
どこか浮き足だった帰り道――それは、月がきれいな夜だった。
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