2

 ――え、ウソ! 


 尻餅をついた相手の顔に浮かぶ文字。彼女は何かに驚いていた。


 一体、なににそれほど驚いたのか。

 祈は戸惑いつつ手を差し出したのだが、相手はその手を借りることなく立ち上がる。

 スルーされた祈は、そっと手を下げたのだが……彼女は突然、祈の両手を掴んだ。


「ねぇ、ノリマキだよね!?」

「……は?」


 勢いよく尋ねられた祈は、意図が分からず目を瞬いた。

 身を乗り出す勢いでのぞき込んでくる女子。

 その拍子に、彼女の緩く巻かれた毛先が揺れる。


 全体的にふんわりした印象なのに、見た目と真逆のアグレッシブさでぐいぐい近づいてくるので、祈は思わず仰け反る。

 だが、彼女は全く意に介さず、満足したのかパッと手を離すと笑った。


「やっぱり、ノリマキだ!」


 どうやら勝手に納得したようだが、祈は意味不明だ。

 困惑し、眉間にしわを寄せたまま、一つの可能性としてたった今買ったばかりの品物の名を口にする。


「いや、俺が買ったのは海苔巻きじゃなくて、ハロウィン限定のカボチャケーキだけど……」

「別に袋の中身は聞いてないよ! え……やだ、もしかしてノリマキ、分かってない感じ? アタシだよ?」

「……? ――ぁ」


 アタシだと言われても、困る。

 これが電話口での出来事なら、とっとと切っているレベルだ。


 そう思った祈だったが、相手の顔に浮かんだ新たな文字を見て思わず声を上げた。


「は? ……けーちゃん?」

「そう! けーちゃんだよ! やだ、もう、人違いかと思って焦ったじゃん!」

「……え、ウソだろ、ほんとにけーちゃん?」

「自分で今、けーちゃんって言ったくせに、なんで驚いてんの。正真正銘、小学校の時の同級生、幼馴染みの大路おおじ けいです」


 大路 蛍は子どもの頃、ハロウィンの件を境に疎遠になった友人だ。

 ぶつかった女子の顔に、その名前がでかでかと浮かび上がっていたので、祈は驚いたのだ。

 そして、懐かしい記憶をもうひとつ思い出した。


(そういえば、俺ノリマキじゃん!)


 ノリマキというのは、小学生の頃の友人けーちゃんがつけた、祈のあだ名だった。

 つまり、これは久しぶりの再会で間違いないのだが……相手の様変わり具合に、祈は驚いていた。


 けーちゃんこと、蛍は、クラスのリーダー的存在。実家が合気道の道場で本人も習っていたため、下手な男子より男らしいと言われやたらと女子にもてていた。


 もちろんスポーツは万能、運動会ではいつもリレーのアンカー。

 勉強だって出来るし、いつも皆の中心で、輪には入れない子にもさりげなく声をかける。

 祈も、そうやって親しくなったひとりだった。


 みんなの王子様的存在で一部からは本当に「王子様」と呼ばれていた男よりもカッコイイ系な女子――だったのだが。

 目の前にいるのは、それとは真逆。


「なんか、お姫様になったな」

「ふふ、なにそれ。お姫様とか、恥ずかしいよ。ノリマキって昔からちょっと天然なところあるよね~」


 おかしいと笑う蛍だが、その笑い方は上品だ。

 昔は祈の肩を組み、大きく口を開けて笑っていたのだから、これはやっぱり大分変わっている。


「あ、俺ぶつかったけど、大丈夫?」

「うん、全然。むしろ、アタシが前見てなかったら。ごめんね、荷物大丈夫?」


 荷物とは、自分が片手にぶら下げいるコンビニの袋のことだろうと察し、祈は笑って頷いた。


「こっちは問題なし。けーちゃんも、大丈夫ならいいんだ。んじゃ、俺行くから」

「――あ、ノリマキ!」

「ん?」

「あの……えっと……」


 子どもの頃は、ハキハキズバズバ物を言った蛍が、言いにくそうに口ごもる。


 なんだろうと首を傾げ、彼女の言葉を待っていると――蛍の顔が、だんだんと赤みを帯びてきた。


 そして、浮かんだ文字を見て、祈はまたしても驚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る