弐 幼馴染みを狙うモノ

1


 十月も、もうすぐ終わる――月末。


 講義を終えて荷物をまとめていた祈は、この後の予定を復習う。


(今日はこれで終わりだし……。あとは獏間さんのとこへ顔出すか)


 午後一の講義は、眠気との戦いでもある。

 ようやく終わったと伸びをする学生たちの例に漏れず、祈も固まった体を伸ばした。


 すると、スマホがブルブル震える。


(ん?)


 確認すると、獏間からメッセージが来ていた。


《事務所に来る前にコンビニに寄って、これを買ってきてくれないか!?》


 切羽詰まった文面に続いて写真が貼られる。そこには目と口がついたカボチャがいた。つまりは――。



(……ハロウィンのケーキ……あ~、そういや、もうすぐじゃん)


 十月の最終日――三十一日は、ハロウィンだ。

 了解ですと返信し、祈は席を立つ。


(あの人、本当に甘い物好きだよなー……俺、ちょっと付いていけねぇ)


 元々甘い物は苦手だが……祈はカボチャも苦手だ。


 このコンビニスイーツは、ハロウィンケーキと銘打っているだけあり、見た目はもちろん、材料にもカボチャが使われている。


(なんでこの時期って引くほどカボチャ系が多いんだろうな、あと芋)


 それは、きっと、ハロウィンだから。

 カボチャグッズがこれでもかと推され、当日はそこかしこが仮装した人で溢れる、日本のごった煮ハロウィン。


(……正直、ろくな思い出ねーし……)


 ――祖父母は昔気質の人たちで、そういうものに疎い……なにより祈を避けていたから、ハロウィンもクリスマスも、関わる思い出はない。


 よく構ってくれた、珠緒も……。


(珠ちゃんは、ハロウィン嫌いだったからな)


 あれは小学六年生の頃か。

 町内の子供会行事としてハロウィンが話題に上がった。


 子ども達が仮装して、町内の有志の家をまわりお菓子をもらう。

 そんな、小さなお祭り行事をやろうという話になったのだ。


 子ども達は喜んだ。

 もちろん、祈も楽しみにしていたのだが、その話をすると、珠緒は怖い顔でこう言った。


『――ハロウィンの夜は危ないんだよ。本物の化け物が、子どもを攫っていくんだから。だから、祈はそんなもの行かないよね?』


 当日は一緒にまわろうと約束していた友だちがいたのだが、珠緒の大反対にあった祈は、結局参加を断念した。


 その後、友人とは疎遠になり相手が引っ越したことで完全に縁が切れた。

 だが、突き詰めれば原因は――気まずくなったのは、あのハロウィンが切っ掛けだった。


(ま、普通に考えても、付き合いの悪い奴だもんな、俺)


 でも、あの時、珠緒の反対を押し切ってまで参加したいとは思えなかったのだ。

 ――なんだか、申し訳ない気がして。


(あぁ、そういえば、あの時は珍しく、じーさんが声かけてきたんだ)


 当日。たった一言だが「お前は、行かんでいいのか?」と。

 祖母は、真っ白いシーツを手にして、祈の様子をうかがっていた。

 だが、祈が行かないというと、顔を背けてシーツをしまってしまった。

 祖父は祈の返事を聞いて、苦いものでも食べたような表情をしていた。


 喜ぶ珠緒とは対象的な反応に……。


(俺が家にいるのが、そんなに嫌かと思ったんだよな)


 だからあの家を出るのは、子どもの頃からの決定事項だった。


(――今さら、なんでこんなこと思い出すんだか)


 なにを感傷的になっているのかと思考に区切りを付け、大学構内を歩く速度を上げた。


(あ~……この間の事件のせいかな? 獏間さんの所でバイトするって決めて、あの後警察署に行ったけど……獏間さんは店長を白って言ったんだよな。そしたら刑事さんがキレて……白ってあれだよな、無実とかそういう意味だよな? でも現行犯なのは俺達が見てるのに。あれからもう、守秘義務だって言われて、店長のことは教えてもらえないんだよな……)


 別のことを考えようと思ったら、今度は例の一件――その釈然としない顛末を思い出し、モヤモヤする。

 これではダメだと頭から追い出し、祈はさっさと大学の門を出た。


 目指すは、例のスイーツを取り扱っているだろう最寄りのコンビニ。

 信号待ちで時間を食いつつ十分で、コンビニに到着する。


 すぐにスイーツコーナーに行くと、やはりそこもハロウィン仕様の飾り付けが施されていた。絶妙に可愛くないカボチャのアレがこっちを見ている。


 なんだか嫌なので、あまり見ないようにしつつ、祈は目当ての物をカゴに入れ、さっさと会計を済ませ――さて事務所に向かうか、とコンビニを出た瞬間、ドンッと勢いよく誰かとぶつかった。


「っと」

「きゃあっ!」

「あ、すんません。大丈夫っすか?」


 高い悲鳴が聞こえ、祈は慌てて横を向く。

 尻餅をついていたのは、祈と同じくらいの年頃の女子。


 だが、なぜか顔に浮かんでいたのは非難ではなく、驚きの言葉だった。

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