16
「困るなぁ、スズ君。支払いが大分遅れているじゃないか。それなのに、また先送りにするなんて、僕は経営難でやってけないよ」
よよよ、と泣き崩れる真似をする獏間だ。
嘘つけ!
祈と笹ヶ峰は図らずも声を揃えてツッコミを入れる羽目になる。
「それに僕はこの通り、一人で事務所を切り盛りしているからね。人手不足で、あっち行ったりこっち行ったりは出来ないんだよ。ひとりの依頼で手一杯。――特に、スズ君の件はアフターケアも必要そうだし。……しばらく、目が離せないから、笹ヶ峰刑事の頼み事は、パスで」
「パスなんてあるわけないだろうが! こっちは正式な捜査協力依頼だぞ、舐めてんのか!?」
「じゃあ、スズ君に頼みなよ」
「……あ?」
「スズ君から依頼完遂の証に金銭を受け取るまで、僕はスズ君の依頼で動く探偵だ。どうにか横入したいなら、スズ君に頼むといいさ」
「――坊主」
「あ、はい……」
笹ヶ峰が気にしているのは、自分の叔母が巻き込まれた事件だ。他人事ではない。
そして、こちらの依頼は叔母が見つかった時点で終わっている。
素直に「どうぞ、そちらを優先して下さい」と譲ろうとした祈だったが、獏間が口を挟んできた。
「あ、今笹ヶ峰刑事の依頼を受けたら、もしかしたら、しばらくかかるかもしれない。そしたら、僕の体は空かないわけだから、スズ君は延滞料がかかるね! お金大丈夫かい?」
「は? なんすか、そのレンタルショップみたいなシステム!」
「だって、きみの依頼で身動き取れないわけだし」
「いや、俺のせいじゃ」
にんまりと獏間が笑う。
「スズ君の依頼中に、きみが別件も引き受けるよう、僕に依頼した――その調査費用と本来の依頼完遂後に支払われる料金、二件分の依頼料と諸経費諸々」
獏間は取り出したスマホでポチポチと計算し、ほらと画面を見せてきた。
「は? はぁ!?」
祈が思わず、叫ぶ。
「な、これ、なっ」
「落ち着きなって、スズ君。警察の依頼なんて、色々配慮しなきゃいけないから神経使うし、もちろん口止め料も含むから、結構高いんだよ」
本当かと笹ヶ峰を仰ぎ見るが、笹ヶ峰はひたすら両手を合わせて祈を拝んでいる。
「いや、無理、無理ですって……! さすがに、俺、こんな金額は――」
「坊主、追加された分はこっちの依頼だ。もちろん、お前の負担にはならな……」
「あー!! でも! 助手がいれば諸々の苦労はないんだけどなぁ!!」
なにか言いかけた笹ヶ峰の声をかき消す勢いで、獏間が突然大声を上げた。
「助手……」
「そうだよ、スズ君。うちで働かないかい? それなら、依頼料は一件分で、笹ヶ峰刑事の依頼は、我が探偵事務所の所長と助手が受けるという形になるから、きみに負担は一切ない!!」
お得だろうと快活に笑う獏間に、笹ヶ峰が引いている。
祈も顔が引きつった。
「獏間さん――なんか、悪徳臭いんですけど」
「失礼だなぁ~! だって、笹ヶ峰刑事は、きみがいる前で僕に捜査協力だって言ってしまったじゃないか。口止めするために、どうにかこうにか囲わないと……後々困るのは、笹ヶ峰刑事と……自由が制限される、スズ君じゃないかなぁ~って思った、僕の優しさだよ」
「え、俺、監視されるんすか?」
「いや……。おい獏間、お前……坊主を脅かして――」
「笹ヶ峰刑事は、自分が協力を取り付けられれば、善良な青年が借金苦に陥っても構わないと、そう言うのかい?」
「はぁ!? 言ってないだろう! だからきちんとこっちの分は払うって」
ふん、と獏間はそっぽを向く。
「君の月給で払えるものか」
「腹立つなこの野郎!」
怒鳴る笹ヶ峰に、横を向いたまま無視する獏間。
おかしい。
大人なはずだ。
ふたりとも、自分よりも年上のはずなのに、なぜこんなレベルの低い争いになっているのだろうと、祈はオロオロと両者を見比べる。
だが、両者歩み寄る気ゼロ。
このままでは埒があかない。
「あ~、もう! 分かりました! 俺、獏間さんのところで働きたいです!!」
「本当かい!?」
「おい、早まるな坊主!」
それぞれの反応を示す年上たち。
「その代わり、俺の依頼料は正規の依頼一件分でお願いします」
「もちろんだ!」
「今、この場で提示できるっすか?」
「ああ! こんなこともあろうかと、準備していたからね」
ひょいひょいと移動して、獏間は二枚の紙を持ってきた。
「……あんた、ちゃんと用意してたんじゃねーっすか。なんで……」
「さぁ、書類を確認してサインを頼むよ! 振り込みにする? 現金払い? ああ、笹ヶ峰刑事は外で待っていてくれ! 戸締まりして、僕らもすぐに向かうからね」
上機嫌だが、露骨に話をそらす獏間は、呆気にとられている笹ヶ峰を追い出す。
――これなら、念のためにと多めに持ってきた手持ちの現金でいけると依頼料を支払った祈は、獏間を見た。
「これで、面倒なことは片付いたし。今からスズ君は、僕の助手ねー!」
新しいおもちゃを手に入れた子どものようにはしゃいだ様子に、祈は「やっぱり」と思った。
「あんた、俺を嵌めたっすね」
「ん?」
「適当にそれっぽいこと並べて、俺を慌てさせて――そこまでして、俺を雇いたい理由ってなんすか? 便利だから?」
あんな無茶苦茶な理由を並べた挙げ句、顔は怖いが人がよさそうな笹ヶ峰まで巻き込み大げさに騒ぐなんて、獏間らしくない。
祈がそう告げると、獏間は静かに笑った。
「きみが気に入った。それと、言っただろう? 君の依頼には、アフターケアが必要だって」
「……は?」
「今は分からないだろうけど。その時になったら気が付くさ。……転ばぬ先の杖というだろう。以前あげた、名刺みたいなものだ」
たしかに、祈は珠緒が行方不明になった時、獏間の名刺に救われた。
あれがきっかけで、刑事である笹ヶ峰が連絡を取り――獏間は解決に力を貸してくれた。
「……お守り、みたいなもんすか?」
思わず祈が呟くと、意外そうに獏間が瞬きをする。
それから、子どもを見守る年配者のような、優しい笑みを浮かべ彼は言う。
「まいったな……そういう表現をされるとは思わなかった。――そうか、僕は、きみにとってはそういうモノになるのか。――はは、おもしろいな」
「??」
「僕はきみに興味がある。だから、一緒に仕事をしたい。当面の理由はこれでいいだろう? それで、きみは? ――分かっていて、僕の思惑に乗ってくれた理由はなんだい?」
「それは――……」
祈が考えながら口を開くと、どんどんと事務所のドアが叩かれた。
『いつまで待たせる気だ、選り好み野郎! お前、まさかほら吹いたんじゃないだろうな!』
――しびれを切らした、笹ヶ峰だ。
「やれやれ。笹ヶ峰刑事は、本当に短気だな。……仕方ない、行こうかスズ君」
「っす」
頷いて、祈は事務所を出た。
渋面の笹ヶ峰は遅いと獏間に文句を付けて、獏間はそれを右から左へ聞き流している。
――どうして、自分は獏間の思惑の乗ったか。
その理由は、今はまだ分からない祈だったが……少なくとも、今までやってきたどのバイト初日より、心は明るかった。
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