13

 パトカーのサイレンの音が近く聞こえる。

 祈も見覚えのある、強面の刑事が先陣切って走ってくる。


「やあ、笹ヶ峰刑事」


 獏間が軽く手を上げて挨拶するのは警察署で祈も会った刑事で、彼は放心状態の店長とずぶ濡れの珠緒を見ると片眉を上げ、鼻を鳴らした。


「悪食野郎。てめーがいるってことは、やっぱりそれ系の事件か」

「はっはっはっ、ご想像にお任せするが、そっちの男は殺人未遂だ。君の手柄にするといいよ、笹ヶ峰刑事。証拠映像も提出するから、僕たちもパトカーに乗せてくれないかい」

「……乗り合いバスみたいな扱いするんじゃねーぞ、悪趣味探偵」

「変わり種、だよ。それに、濡れ鼠の被害者をそのまま放置なんて、さすがにないだろう?」


 笹ヶ峰は心底嫌そうに顔をしかめた後で、祈と珠緒をパトカーに乗るよう促した。

 後から駆け付けた警官に「被害者だ」と通達し。


「……獏間さん」


 なんとなく気になって祈が足を止めると、獏間はにこりと笑って手を振る。


「心配しなくても、僕もすぐに行くよ。それより、きみの叔母さんが不安そうだから、そばについててやるといい」

「っす」


 頭を下げて、珠緒に駆け寄る。

 タオルを貸してもらっていた珠緒は、祈が近づくと笑顔を見せた。


「祈、よかった。はやく帰ろう?」

「あー、うん、そうしたいけど、多分話聞かれると思う。あ、じーちゃんたちに連絡するなら、俺のスマホ使っていいから――」

「ううん、大丈夫」

「え? でも、心配してたから……」

「大丈夫だよ、祈。……でも驚いた、祈、いつの間にか立ち直ってたんだね」

「……なに?」

「だって、ここまで来られたじゃない。驚いちゃった」


 微笑む珠緒は、今しがた殺されそうになったとは思えないほど落ち着いている。

 ショックを和らげるための防衛手段として、いつも通りに振る舞おうとしているのかもしれない。


 だから、子ども扱いするように「えらいえらい、すごいね」と言いながら頭に伸びてきた手を、祈は振り払わなかった。


「いや、珠ちゃんが危ないと思って、必死だったから」

「本当? 私のために? ――ありがとう、祈。嬉しい」


 嬉しい。

 浮かぶ文字は、声と心の一致を伝えてくる。

 珠緒は、心から喜んでいる。

 祈が助けに来たことを。祈がトラウマを克服したことを。


 ――それなのに。


 祈は、手を後ろ手にかくし、グッと握った。


(なんだろう。なんで、変な感じがすんだ?)


 この、説明のつかない違和感はなんなのだろう。


「祈、一緒に乗って」


 パトカーの後部座席に乗り込んだ珠緒に頷き、違和感をやり過ごそうとしながらも付きまとう感覚はどうにも拭い去れず……。


 息苦しい――と祈は思った。

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