11

 なんてことはない、どこにでもある川。

 それなのに、何度来ても途中で足が竦む。

 もうすぐ川沿いに作られた土手が見えてくるところで、祈の足が止まってしまう。


「ほら、がんばれ。もうすぐだ」

「いや、分かってるっす。けど……」

「う~ん。スズ君さぁ、怯えるならもっとこう……分かりやすくしてくれないかい? ほら、よくあるじゃないか、生まれたての子鹿みたいに足をプルプルさせるとか~。そんな、ムスッとした顔で腕組みして立ち止まられても、いまいち面白みに欠け……いや、失敬」


 面白さを求めるなと祈が睨んでも、獏間はどこ吹く風だ。

 しかし、これ以上馬鹿にされるのもしゃくなので、祈は足に力を入れる。


「よ、よし。行きましょう」

「……いや、待てよ? これはこれで意外におもしろ……くはないな、やっぱり」

「人の行動を面白さ基準で測るのやめてもらえるっすか? 真剣なんで」

「軽妙洒脱なところが、僕のチャームポイントだから」

「はぁ?」


 祈がうさんくさげな声を上げると、獏間はケタケタと笑う。


「きみの気が変わる前に、急ごうか」

「…………」


 これはもしかして、冗談を言って和ませようとしてくれたんだろうか。

 余裕をなくし噛みついてしまった自分の懐の狭さを反省した祈は、礼を言おうと口を開いた。


「あの……ありが――」

「キャァァッ! 誰かっ、誰か来てぇっ!」


 ちょうどその時。まるで見計らったかのようなタイミングで、空気を引き裂くような甲高い音が響く。


 ――助けを求める女性の悲鳴。

 祈はハッと顔を強ばらせ、先ほどとは打って変わった素早さで飛び出す。

 聞こえた悲鳴は、祈がよく知る人物の声に似ていたからだ。


「誰か、誰か!」


 土手を駆け上ると、切羽詰まった声が近くなる。


(やっぱりだ!)


 響いた悲鳴は、珠緒の声と酷似していた。

 恐怖も忘れて、祈は河岸を見下ろすがそれらしき人物は見あたらない。


「スズ君、向こうだ。――あの、橋の下」


 そこは、祈たちが立つ土手からは影になっていて見えない――いわば死角だった。


 川は綺麗に使いましょうという、河川敷ではよく見る類の看板を素通りし、土手を滑り降りる。

 水の流れが身近に感じられる岸辺で、橋の下へ目をやると、そこには二つの人影があった。


 ひとりは男で、もうひとりは女。

 どちらも、祈にとっては見覚えのある人たち。

 だが、その雰囲気は異常。

 男が女を押さえつけて、川に顔を沈めていたのだ。


「人は、僅かばかりの水でも溺死できるというから――この川の水量なら楽勝かな」


 獏間はこんな時でも、のらりくらりと変わらない。

 変わらない態度で、恐ろしいことを口にしているが、それは正しい。


 このままでは、女の方が殺される。

 祈は、ふたりの方へ走った。

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